一家の単位で、檀家制度に従って「先祖代々」のお墓がある。結婚した女性は婚家のお墓に入る。独身の女性は、兄や弟が継いだ実家のお墓に遠慮がちに入る──。かつて当たり前だったそんな習俗に、立ち止まる女性が増えている。
結婚している・していないにかかわらず、「旧習に縛られなくていいんじゃない」とばかりに旧来のお墓から飛び出て、「わが家らしい」あるいは「自分らしい」お墓を求める女性が増加の一途だ。
私は、新しいお墓に関する動きを追いかけ、昨年『いまどきの納骨堂──新しい供養とお墓のカタチ』(小学館)を著し、そんな感想を持った。
納骨堂、共同墓、永代供養墓、樹木葬、海洋散骨など、近年、弔い方の選択肢が増えた。ほとんどが「宗教・宗派不問」だ。元のお墓を改葬(遺骨の引っ越し)するにせよ、新規に求めるにせよ、お墓を「選べる」時代が到来していることが、背景にある。
じめじめした土のお墓より、ずっといい
最も注目を集めているのが、納骨堂だろう。
「最初に、そういうところがあると知ったときは、うちのお墓を移すなんて『ありえない』と思いました。ところが、娘に誘われて『見るくらいなら』と見学に行ったら、ひと目で気に入っちゃったんです」
こう話すのは、世田谷区に住む岡田朋子さん(仮名=85歳)。4年前、神奈川県内にあった代々のお墓をたたみ、5人分の遺骨を新宿駅近くにある自動搬送式の納骨堂に改葬した。「家から近くて便利。しかもハイグレードで、亡くなった夫の美的センスに合う。いずれ自分が入るにも、じめじめした土のお墓より、こちらのほうがずっといい。大正解でした」と手放しで気に入っている。
自動搬送式の納骨堂というのは、立体駐車場と倉庫を組み合わせたような形式で、遺族が参拝ブースに来ると、骨壷の入った箱(「厨子(ずし)」と呼ばれる)がベルトコンベアーで運ばれてきて、共用の墓石にセットされる仕組みだ。経営は寺院で、僧侶が常駐するが、外観・内観ともまるでホテルかミュージアム。高級感が漂うところが多く、かつての墓地につきものだった暗さなど皆無だ。
「父が五男で、うちにお墓がなかったので、母が亡くなったときに買いました」と言うのは、10年前から文京区内の自動搬送式納骨堂を所有する、板橋区の北口佳恵さん(仮名=41歳)。
霊園や寺院内の墓地にお墓を建てるより、価格が安かったのが最大の魅力だったそうだが、「父は“土の上のお墓”にこだわりました。でも、将来、私がお墓を継ぐことを考えると、お参りのしやすさを優先しようよ、と納得してもらいました」。
北口さんはひとりっ子だ。すでに父親は高齢だったため、北口さんが自分でローンを組んで購入した。以来、月イチ、仕事帰りに、喫茶店で亡き母が好きだったコーヒーを買ってお参りに行っている。そのコーヒーを参拝ブース内の墓前に供えた後、自分で飲み、まるでカフェでのひとときのように、「コーヒーを媒介に母と会話する時間」を過ごしているという。こうしたお参りの仕方もできるのだ。
嫁ぎ先のお墓に入りたい女なんていない
首都圏では、自動搬送式の納骨堂が、建設中も含め約30か所を数え、完売すれば12万〜15万人が使用することになる。むろん、夫婦や家族ではじめから意見が一致して購入を決めるケースもあろうが、先に気に入るのは、圧倒的に女性だ。「カジュアルすぎる」「抵抗がある」と反対する夫を妻が説き伏せた例も少なくなかった。
「『郊外の一戸建てから、都心のマンションへ』『大家族から核家族へ』という、何十年も前に起きた住まい方の変化が、今、お墓にも起きているのです」と、納骨堂の販売担当者が説明する。
納骨堂は、草引きや掃除といった面倒なことが必要なく、楽だ。マンション住まいが多い中、お墓も「戸建て」でなくていい。核家族で暮らしているのに、お墓で「顔も知らない先祖」まで引き受けたくない。とりわけ女性が、そう考えるのは自然の流れだろう。
中野区の吉田恭子さん(仮名=75歳)は、田舎のお墓を、いわく「お寺さんにお任せし、残したまま」で、このほど都心の納骨堂に自分たち夫婦用のお墓を買った。「舅(しゅうと)、姑(しゅうとめ)と同じお墓に入るのは勘弁して。お墓に入ってまで『嫁』は、失礼させていただきます、って気持ちなので」と言い、「嫁ぎ先のお墓に入りたい女なんて、私の周りにはひとりもいないんじゃないかしら」と付け加えた。吉田さんには、夫の母を晩年に引き取り、8年間、介護した経験があった。
樹木葬や海洋散骨の人気も女性が牽引
樹木葬や海への散骨の人気を牽引(けんいん)しているのも女性だ。
樹木葬は、個々に樹木を墓標とするものや、シンボルツリーの周辺を広く納骨場所とするものなどさまざまな形態があるが、「なんだか自然っぽい」というイメージが人気上昇の理由のようだ。とりわけ近年、注目されているのが、四季折々の花を植え、ヨーロッパの庭園さながらにガーデニングされた樹木葬墓地。郊外の霊園ばかりか都心の境内墓地にも続々出現し、ひとり用、夫婦用、家族用と多様化するニーズに応える仕組みが整ってきている。
海への散骨は、「故人の意思を尊重して」というケースが圧倒的に多いが、私が乗った横浜港から出航した散骨船には、「“人は死ぬと窒素、リン酸、カリウムに戻る。戒名もお墓も線香もいらない”と口すっぱく言っていた夫の望みをこれで叶えられる」という60代の女性がいた。亡き夫の希望とはいえ、実行に移したのは彼女だ。散骨をすませると「花びらとともに夫が海の中に消えていき、自然に還っていった気がします。これでよかった」ときっぱり。同行していた子どもたち(30代)に、「私のときも同じように散骨して」と話すのが聞こえた。
夫に内緒で女性専用のお墓を購入
知る人ぞ知る存在なのが、首都圏と関西に設けられている「女性専用」のお墓だ。
4年前に埼玉県鳩山町の見晴らしのよい高台にできた、樹木葬・共同墓形式の女性専用墓『なでしこ』は、離婚してシングルになった人ばかりか、普通に結婚している人も購入している。
そのひとり、茨城県に住む岸由香里さん(仮名=61歳)は、「40代から、ひとりでお墓に入りたいと思っていた」と言った。夫は長男で、先祖代々のお墓を継ぐことになる。夫婦仲は悪くない。「私も、当然そのお墓に入ると思われているんでしょうが、義父母とは前々からウマが合わず、死んでまで一緒はイヤなんです」。
息子に打ち明けると、「めんどくさい人だなあ」と言いながらもネット検索して見つけてくれたのが『なでしこ』だった。約10万円と安く、「2か月間生活費を切り詰めて捻出し、契約しました」。夫にはまだ内緒で、打ち明けるタイミングを計っているという。岸さんは女子校育ちで、元保育士。「女ばかりの環境が居心地よかったから」とほほ笑んだ。
ひとり身の女性が感じる“引け目”
府中市の霊園には、ずばり『女性のための共同墓』という名のお墓が20年前に建てられ、すでに約40人が入り、450人が生前契約していた。運営はNPO法人『SSSネットワーク』で、「ネットワークをつくって充実したシニアライフを」とお花見会、食事会、終活講演会などの活動をしている。40代から90代まで約900人の会員がいて、『女性たちの共同墓』は活動の中から生まれた。
生前契約をした国分寺市に住むフリーランスのデザイナーの津村いつきさん(仮名=62歳)がこう言った。
「好きな仕事をしっかりしてきたと自負していますが、どこかに引け目を感じるんです。もし、弟が継ぐ実家のお墓に入ったら引け目が大きくなります。私はひとりで自由に生きてきたんだから、お墓も自由に選んでいいでしょう?」
お墓は、「今」の時代を映す鑑(かがみ)だ。
家族形態も価値観も多様化が進むなか、女性を取り巻くお墓事情は、ここまで進んでいる。キーワードは、「脱家」と「個人化」だろう。「最後に自分が眠る場所を自分で決めて、確保できた安心感が大きいです」という言葉を幾人もから聞いた。
【文/井上理津子(ノンフィクションライター)】
井上理津子(いのうえ・りつこ)
1955年奈良県生まれ。タウン誌記者を経てフリーに。著書に『葬送の仕事師たち』(新潮社)、『親を送る』(集英社)、『さいごの色街 飛田』(新潮社)、『遊廓の産院から』(河出書房新社)、『大阪 下町酒場列伝』(筑摩書房)、『すごい古書店 変な図書館』(祥伝社)、『夢の猫本屋ができるまで』(ホーム社)などがある。