「消費税は恐怖でしかない。子どもの塾代だって上がるわけでしょう?」(40代=派遣)
「母を連れて病院通い。バス代が結構かさむので10%は痛いです」(50代=パート)
「いまだって生活が苦しいのに、老後資金なんて無理無理無理……」(30代=契約社員)
ちまたの女性たちは戦々恐々! 厚生労働省による'18年の国民生活基礎調査で「生活が苦しい」と答えた人が57・7%と、4年ぶりに増加したのもうなずける。そんな中、ついに近づいてきた消費税の増税。安倍首相は「リーマンショック級の出来事でもない限り増税を実施する」としていて、10月1日から消費税は10%に引き上げられる可能性が高い。その影響は家計の負担増だけにとどまらず広範囲にわたりそうだ。さっそく、項目別に見てみよう。
最悪のタイミングで引き上げ
消費税10%は過去に2度、見送られている。税率8%となった2014年、駆け込み需要の反動で消費が落ち込んだ結果、増税の延期を発表。
'16年6月には、「世界経済は不透明感が増している」として2度目の延期になった。
では、'19年の視界はどうか。見通しが悪く「危機的状況にある」と指摘するのは経済アナリスト・森永卓郎さんだ。
「アメリカと中国による貿易摩擦の激化で世界経済が悪化しています。'08年のリーマンショックのあと、世界経済は5年にわたって低迷しました。その間の平均成長率は3・03%でしたが、世界銀行による今年の『世界経済見通し』では2・6%。リーマン後よりも下がっているんです。
加えて、今年に入って日本の景気は落ち込み、実質賃金が前年比で1%前後のマイナスという状況が続いています。給料が下がってきているわけです。五輪需要もピークを超えた。インバウンドも、日韓関係の悪化によって、西日本、とりわけ韓国からの訪日客が多い九州で激減しています」
経済評論家の加谷珪一さんは、いまの日本経済は増税に耐えられないかもしれないと危惧する。
「みなさんが肌で実感しているとおり、いまの日本はかなり景気が悪い。政府はアベノミクスで経済はうまくいっているとアピールしますが、ここ5年、10年、日本の経済成長率は諸外国に比べて非常に低い。
GDP(国内総生産)でみると、日本の成長率が年0・5%なのに対し、アメリカなどは2%。欧米人の収入がこの10~15年で1・5~2倍くらいになっているのに、日本人の収入は全然上がっていません。輸入品の値段が上がり、それを組み込んだ製品の値段も上がるのに収入は変わらないから、じわじわ生活が苦しくなっています」
経済はさらに弱体化
アベノミクス3本の矢は、(1)日銀が日本株式や国債を大量購入して市場にお金をばらまく量的緩和を行い、(2)デフレ脱却を目指して公共投資などの財政出動で景気を保ちつつ、その間に、(3)経済構造の改革を行うとの計画だった。
「痛みを伴う構造改革への批判が大きくなると、いつしか安倍総理は、構造改革自体を言わなくなってしまった。さらに財務省が、これ以上お金は出せないと強く言い出して、財政出動もなくなった。結局やったのは量的緩和だけで、あとは実現できないまま。すべて実行していれば、それなりの効果はあったかもしれませんが、いまとなっては手遅れです」(加谷さん)
マイナス要素ばかりが並ぶいま、ここで消費税10%をぶつけたら、何が起きるのか。
加谷さんは「消費者心理が冷え込んで買い控えが起きます。経済がさらに弱体化するのは、ほぼ確実。GDPの数字は来年前半でかなり悪くなるでしょう」と見通す。
増税を待つまでもなく庶民の財布のヒモは固い。経済アナリストのあんびるえつこさんは「消費税が上がると何度もアナウンスした効果が大きい」と話し、こう続ける。
「エコノミストの間で、明治安田生命の夏休みに関するアンケートが話題になりました。夏休みに使うお金が前年比1万5743円減と調査開始以来、最低で、節約志向が極まった内容だったからです。今回の増税は2%で、軽減税率もあるし、たいしたインパクトを与えないんじゃないかと言われていますが実際は消費者心理に影響が出ています」
実際、過去2度の増税後、経済成長率はいずれもマイナスとなっていた。森永さんは大不況への懸念を隠さない。
「'14年には消費税率を3%引き上げて、消費がきれいに3%落ちました。今回も同様に落ち込むと思います。すると、ほぼ間違いなくマイナス成長になる。日本の景気は急速に悪化していくでしょう。世界経済も影響して、リーマン級や、それを超えるような不況も十分、起こりうる」
リーマンショックのあと、景気悪化から非正規労働者のクビ切りが相次ぎ、年越し派遣村がつくられたことを覚えている人も多いだろう。
「不況で庶民にいちばん影響が大きいのは雇用です。人手不足だと言われているのに、わずかとはいえ、すでに大卒の求人倍率は昨年を下回っています。転職したい人は早めに決めたほうがいいし、非正規の人は、正社員の口があるならできるだけ早くなっておいたほうがいい。安倍政権になってから非正規の割合は上がり続けていますが、その傾向に、さらに拍車がかかるでしょう」(森永さん)
消費税=不公平税のからくり
元静岡大学教授で税理士の湖東京至さんは「消費税には致命的な欠陥がある」と言ってはばからない。庶民や中小零細企業ばかりを直撃する「不公平な税」だからだ。
事業者の立場からみると、消費税の本質的な危険性がよくわかると湖東さんは言う。
「みなさんが物を買うときに“払う”消費税を税務署へ“納める”のは事業者です。事業者が納める消費税の金額は、年間の売り上げ高から、年間の仕入れ高などを引いて計算します。仕入れ高には、商品の仕入れ費用のほかに光熱費や交通費、家賃、通信費、広告宣伝費、外注費、派遣会社への支払いなどが含まれます。ただし、正社員へ支払う給料は入っていません。給料が多い企業ほど消費税を納める負担も大きくなるのです」
消費税は物にかかる税金だと思っている人は少なくない。だが、実態はまるで違うと湖東さんは強調する。
「事業者視点でみれば、消費税とは年間の売り上げと人件費(給料)にかかる税金と言えます。消費税の納税額を減らしたければ、正社員を雇わないで派遣や外注を増やせばいい。仕入れ高に計上できますから。消費税には非正規労働者を増やしてしまうからくりが仕組まれているのです」
非正規だけでなく働く人全体の賃金にも影響がおよぶ。
「非正規が増えれば、それに引きずられる形で正社員の賃金も上がらなくなります。使えるお金が減るわけですから、消費が落ち込むのは当たり前。さらに消費税には、低所得者ほど負担が重くなる逆進性の問題も指摘されています」
消費税の原形は1954年、フランスで導入された。「その際、納税義務のある事業者が直接納める直接税なのに、消費者が負担する間接税であるかのように無理やり仕立てたのです」
日本でも1989年に消費税がスタートするとき、物にかかる間接税を装うフランスの考え方を取り入れた。
「消費税は原材料やメーカー、卸、小売りへと転嫁され、最終的に消費者が払う税金だと信じられてきました。消費者は、自分で消費税を負担しているように錯覚しています」
消費税の仕組みが裁判になったことがある。1990年、原告である消費者側は、当時3%だったコンビニのレシートを示し、消費者が払った消費税がそのまま税務署に納められないのはおかしいとして、東京地裁へ訴えた。
「判決は、消費者は消費税を負担していないという内容でした。消費者の納税者はあくまで事業者であって、消費者が負担しているのは消費税ではなく、商品やサービスの提供に対する“価格の一部”であると裁判所は述べたのです。消費税が間接税ではないことを証明しています」
では、なぜ消費税の導入にあたり、わざわざ間接税を装うようなまねをしたのか。
「輸出企業が消費税の還付金を受けられるようにするため。『輸出戻し税』や『輸出還付金』と呼ばれる制度です。これを使えば、消費税を1度も納めたことがなくても、消費税が税務署から還付されます」
企業が輸出するとき、海外で販売される商品に日本の消費税をかけることはできない。輸出品に消費税をかけないという国際的な決まりがあるからだ。消費税非課税で販売することになるが、それでは国内で販売したときに受け取れるはずの消費税分を企業が負担することになる。そのため輸出還付金として消費税分が企業に還付されるわけだ。
輸出品への消費税の課税は国際ルールで禁じられているが、間接税であれば消費税分の還付が認められるという。
「さらに、輸出品には“ゼロ税率”を適用する。例えば、ある輸出企業の売上高が国内500億円、輸出500億円だったとします。国内分には8%の税率が適用されるから500億円×8%=40億円が税金となりますが、輸出分は0%をかけるので0円。
一方、仕入れ額が年間800億円とすれば、税額64億円。売上高にかかる税額40億円から仕入れ高にかかる税額64億円を引いて、マイナス24億円となります。これが輸出企業に還付されるのです」
この制度を利用して、添付の表にあるとおり、名だたる企業が巨額の還付金を受けている。
「売上高から仕入れ高を引いた粗利益に課税される消費税は、赤字企業であっても納税義務が生じます。苦しいフトコロから消費税を納める中小零細起業がある一方、輸出大企業への還付金は国内事業者が納めた消費税額の1/4にもなります。しかも下請けに対し、納品の際に消費税分を安くしろと買い叩く大企業も少なくないのです」
今年5月に日本商工会議所が実施した調査では、税率10%への引き上げの一部または全部を価格に転嫁できないと答えた中小企業の割合は、32・1%にのぼっている。
「能力に応じて納めるというのが税制の原則。それに反する消費税は不公平税なのです」
増税しても社会保障費が削られるワケ
施政方針演説で「全世代型社会保障制度を築き上げるために、消費税率の引き上げによる安定的な財源がどうしても必要」と、増税の必要性を力説した安倍首相。5%から8%に引き上げた2014年も同様に、増税は社会保障のためとしていた。
「消費税が上がって社会保障が充実するどころか、反対に削減され続けています」
そう指摘するのは鹿児島大学の伊藤周平教授だ。
「8%増税の使い道をみていくと、国民年金の国庫負担財源に回したのが3・2兆円、負担のつけ回しの軽減、つまり借金の穴埋めに使ったのが3・4兆円。社会保障の充実に回されたのは16%だけでした。充実分は大半が子育て支援に回り、医療や介護分野は逆に削られています」
とりわけ介護分野で削減・給付の抑制が目立つ。
「要支援1・2の訪問・通所介護サービスを介護保険の給付からはずし、特別養護老人ホームの入所基準を要介護3以上に厳格化。要介護1・2の生活援助を介護保険からはずすことも検討され始めています。介護保険の利用者負担もすべての利用者について1割から2割に引き上げることが計画されています」
こうした利用者負担や窓口負担の増大により、必要な医療や介護が受けられない人も出てきている。
さらに、社会保険料の負担も増している。
「医療や介護などの社会保険料は、所得の低い人・所得のない人にも負担がかかる。消費税と同じように、弱い立場の人ほど負担が重くなる逆進性が強い点が問題です」
少子高齢化が加速して社会保障費が財政を圧迫しているのだから、負担はしかたがないと消費税を必要悪のようにとらえる人も珍しくない。だが、それは違うと伊藤教授。
「なぜ社会保障が削られるのか。保育も介護も家族がやればいい、誰でもできると低く見られているからでしょう。その証拠に、国は保育士の配置基準を緩和して、無資格の人にやらせています。介護も同じで、痰の吸引などの医療行為を、研修を受けたヘルパーなどにもやらせています。専門性の軽視が著しい。
そもそも社会保障は命にかかわること。必要な予算である以上、優先されるべきで削ってはならないはずです」
一方、消費増税に合わせるかのように行われてきたのが、法人税の減税だ。
「消費税を社会保障の財源にすると、これまで社会保障に充ててきた法人税収や所得税収の部分が浮きます。東日本大震災の復興特別法人税は予定より1年前倒しで'14年に廃止、1・2兆円が減収に。'12年には30%だった法人税が'18年に23・2%にまで引き下げられました。法人実効税率も20%台にまで下げられた。
所得税も同じです。かつては最高税率が住民税特例水準あわせて70%でしたが、'15年以降は55%が上限になりました。
こうして見ていくと、消費税の増税分は、法人税や所得税の減税による穴埋めに消えたと言えます。そして、逆進性の強い消費税を社会保障の財源としてひもづける限り、貧困や格差に対応するため、この先も消費税の税率を上げ続けなければならないでしょう」
消費税をアップせずとも財源は作れる
「税金はあるところから取るのが大原則。赤字でも納税義務がある消費税を上げるより、減収に減収を重ねてきた法人税を見直さなくてはなりません。それも、より多くの利益を上げている大企業には高い税率で、小さい企業には少ない税率という累進課税を適用させるのです」
とは、前出の湖東さん。そうすれば、消費税を廃止しても財源は作れると断言する。
「予算も組んでいるので、いきなり廃止するのは難しい。2度にわたり引き下げたカナダのように、段階的に税率を下げていくべきでしょう。
また、法人税を上げるというと、大企業が海外に逃げてしまうのでは? と心配する人がいますが、その心配はいりません。日本の大企業は諸外国と比べて法人税の実際の負担が極めて低い。試験研究費の税額控除や法人株主の受取配当金など、さまざまな特別措置があるからです。 それに大企業のほとんどは上場企業です。日本での上場をやめてまで海外へ行くのか疑問です」(湖東さん、以下同)
消費税廃止と言えば山本太郎代表率いる『れいわ新選組』。8月の世論調査では支持率を4・3%に伸ばし、共産党と並んだ。その山本代表が最近、立憲民主党の若手議員らとともに、昨年に消費税を廃止したマレーシアへ視察に出向いて話題を集めている。
「マレーシアで昨年5月、国政選挙がありました。当時92歳だったマハティール元首相の野党連合が公約のトップに、消費税の廃止を掲げたのです。マレーシアの消費税は税率6%で'15年4月に導入、その後は物価が大幅に上がり、国民の不満は大きくなっていました。
選挙前、当時の与党は財源がなくなると廃止に反対しましたが、ふたを開けてみれば野党連合の大勝利。マハティール氏は選挙が終わったすぐあと、6月1日に消費税を廃止しました。
財源は、中国との合弁で進めていた新幹線などの無駄な公共事業をやめたり、かつての税制を復活させたりして充てたそうです。その結果、景気が向上し、法人税の税収が大幅に上がり個人消費も伸びたといいます。消費税を廃止すると景気がよくなり、法人税や所得税の税収も増える。日本でも同じことが言えると思います」
自営業を狙い撃ち!「インボイス」って何?
軽減税率の導入によって、10%と8%という2つの税率が登場すると、請求書やレシートの書き方も複雑になる。ただでさえ面倒なのに、さらに厄介な制度が待ちかまえている。今回の増税に合わせて、2023年10月から「日本版インボイス」という制度が導入されるのだ。
「インボイスとは適格請求書と呼ばれるもの。取引品目ごとの税率や税額を詳しく記す経理書類の発行が義務化されるのです。税務署から事業者登録番号を発行してもらい、それにひもづけて税金を納める仕組みのことを言います」
と、教えてくれたのは前出・湖東さん。そのターゲットは、日本に現在500万人はいるという売り上げ1000万円以下の零細事業者たちだ。
「インボイス方式になると、税務署に事業者登録をして番号を発行してもらい、その番号が記載された請求書・領収書が消費税の控除を受ける際の要件となります。そうしなければ消費税が高くなるなど計算上、不利になるほか、取引の輪からはずされるおそれがあります」(湖東さん)
売り上げ1000万円以下の免税事業者は2023年以降、事業者登録をして課税業者にならなければ消費税の還付を受けられるインボイスが発行できない。取引から排除されるおそれがあるため、多くの人々が課税業者への転換を強いられ、事実上、免税業者がいなくなるかもしれない。
前出の森永さんは、「軽減税率によって企業は二重に帳簿をつけなくてはならず、むちゃくちゃ負担が大きくなった。そこへインボイスが直撃する。1円でも多く税金を取りたい財務省の中小零細いじめです」
インボイスによって、財務省は取引の流れやその全貌が手に入るようになり、ガラス張りにされる。そればかりか、軽減税率による税収減を穴埋めしたいという思惑もあるようだ。財務省はインボイスの導入で2000億円程度の税収を見込んでいるという。
「インボイスへの完全移行までに4年の猶予期間があるとはいえ、品目ごとの税率や税金合計などを記載した帳票類の提出が求められるなど、事務作業に手間がかかるようになります。特に、中小零細の経理にとって負担は大きいでしょう。地方経済はそうした人たちが支えているので、個人商店の廃業が増え、シャッター商店街が加速するかもしれません」(森永さん)
ほかにどんな影響が考えられるか?
「インボイスの導入後、事務作業の煩雑さから、ヨーロッパでは起業する人が減ったといいます」(森永さん)
今後の動きに注視していく必要がありそうだ。