昨年、『日経エンタテインメント!』(日経BP社)の「好きな芸人・嫌いな芸人2018」ランキングで異変が起こった。「好きな芸人」部門で、調査開始以来、不動の首位を保ってきた明石家さんまが敗れて、新たにサンドウィッチマンが1位に輝いたのだ。さんまを上回る次世代の好感度No.1芸人の誕生は、大きな話題になった。
しかし、今年はさらに驚くべきことが起きた。『日経エンタテインメント!』2019年8月号で発表された「好きな芸人・嫌いな芸人2019」で、さんまが初めて「嫌いな芸人」で1位になってしまったのだ。もちろん「嫌い」と思うほど感情が動くのは、それだけ認知されている証拠でもある。いわば、嫌いな芸人として名前が挙がるのは人気者の宿命でもあるのだ。
それでも、あのさんまが1位になるというのは衝撃的だ。40年以上にわたって幅広い世代に愛され続けてきたさんまに、いま逆風が吹いている。そんな空前の事態が起こったのはなぜなのか、改めて考えてみたい。
なぜ好感度が下がっているのか
記事の中でさんまを嫌いだと思う理由として挙げられているのは、「価値観の押し付けは目に余る」(57歳男性)、「なんでも自分の話にしてしまい、MCとして機能していない」(57歳女性)といった意見である。さんまを根強く支持していたはずの熟年世代からも、このような批判が出てくるようになっているのだ。ここで挙がった「価値観の押し付け」「何でも自分の話にする」という2つの問題について順番に検討していこう。
まず、1つ目の問題について。
確かにここ数年、さんまのテレビやラジオでの発言が世間の非難を浴びるケースが増えている。「いい彼氏ができたら仕事を辞めるのが女の幸せ」といった旧来の価値観の押し付けに思えるような発言や、「カトパン(加藤綾子)を抱きたい」というセクハラまがいの発言、さらには剛力彩芽などの若い女性タレントを本気で狙っていると公言したりするところが、バッシングの対象になっている。
つい最近も、8月20日放送の『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)で、性別非公表のものまねタレントのりんごちゃんに対して「りんごちゃんなんかは男やろ?」と詰め寄った。空気を察してヒロミがすかさず「りんごちゃんはね、そういうのないの、性別がないの」とフォローを入れると、さんまはそれでも納得せず「おっさんやないか、アホ、お前」と声を荒げた。
りんごちゃん自身は場を収めようと「人それぞれの捉え方でいいんです」と答えていたが、ネットではLGBTに関してあからさまに無理解であるように見えるさんまに対する批判が相次いでいた。
セクハラやパワハラに対する世の中の意識が変わり、それに伴ってテレビの世界でも、露骨にセクハラ・パワハラ的な言動を見せるタレントは少なくなっている。そんな時代に、さんまだけが旧態依然とした価値観にとらわれ、世の中の空気にそぐわない発言を連発している。それに違和感を抱く人が年々増えているのだろう。
「教養がない」という弱点
2つ目の「何でも自分の話にする」ということに関しては、ビートたけしによるさんま評が参考になるだろう。たけしはさんまを「しゃべりの天才」と評価していて、反射神経と言葉の選択のセンスに関しては右に出る者はいないと絶賛している。だが、そんなさんまにも欠点があるという。それは「教養がない」ということだ。
バラエティ番組の中で、素人でも誰でもどんな相手だろうときちんと面白くする。けれど、相手が科学者や専門家の場合、結局自分の得意なゾーンに引き込んでいくことはできるし、そこで笑いは取れる。でも、相手の土俵には立たないというか、アカデミックな話はほとんどできない。男と女が好いた惚れたとか、飯がウマいマズいとか、実生活に基づいた話はバツグンにうまいけど。
(ビートたけし著『バカ論』新潮新書)
要するに、さんまには教養がないので、相手の話を同じレベルできちんと受け止めたうえで、それに対して何か返すということができない。だから、話の中身ではなく、話し方や態度や言葉尻などの細部を捉えて、自分の土俵に持ち込んでそれを笑いにする。もちろんそれ自体がさんまの芸人としての卓越した技術なのだが、それが人によっては「話を聞いていない」という不誠実な態度に見えるということだろう。
これに関しては、今に始まったことではなく、さんまは若手の頃から一貫してこのようなトークスタイルを貫いている。さんまは、あらゆる事象を笑いを取るための素材として平等に扱う。目の前にいる相手が話していることも、それ自体が重要なのではなく、それで笑いが取れるかどうかだけが重要だと考えている。笑いの職人としてのさんまの高すぎるプロ意識が、ここでは裏目に出ている。
さんまの何でも笑いに変える話術はすばらしいものであり、彼自身が何も持たない若手の頃にはそれがとくに魅力的に見えていた。だが、さんまは現在64歳である。共演するほとんどのタレントが自分より年下だ。年配の人間が、一回りも二回りも年下の相手に対して、一切聞く耳を持たないという頑固な態度を取っていれば、印象が悪く見えるのも無理はない。
ただ、テレビタレントとしてプロ中のプロであるさんま自身は、ここで述べたようなことは百も承知だろう。これまでにも、時代の変化に合わせて自分の見せ方を微調整したり、新しいものを貪欲に取り入れてきたからこそ、いつまでも古びないで最前線に立っていられるのだ。しかし、そんな「超人」にも限界はある。
さんま本人も「限界」を自覚か
さんま自身も、近いうちに逆風が来ることを見越していたような節もある。というのも、さんまは60歳になる前の一時期に「60歳で引退したい」とほのめかしていたことがあったのだ。結局、前言を撤回して、それ以降も芸能活動を続けることになった。実はさんまはその時点で「このまま続けていれば限界が来る」ということを何となく悟っていたのかもしれない。
とはいえ、いまだに「好きな芸人」部門で2位をキープしていて、冠番組を多数抱えているさんまの勢いは、すぐに衰えるようなものではない。本稿で述べたようなことすべてが、さんまというお笑い界の巨人の前には言いがかりに近い些末な指摘にすぎないのかもしれない。
ただ、「お笑い怪獣」の異名を取るさんまにも、いつか確実に終わりの日は来るのだ。さんまが「嫌いな芸人」部門で1位になったという事実は、後から振り返ってみれば彼にとっての「終わりの始まり」になるのかもしれない。
ラリー遠田(らりーとおだ)◎作家・ライター、お笑い評論家 主にお笑いに関する評論、執筆、インタビュー取材、コメント提供、講演、イベント企画・出演などを手がける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)など著書多数。