新海誠監督最新作『天気の子』が7月19日に公開され、初日からわずか3日間で興行収入16・4億円を記録した。スタートダッシュは『君の名は。』を超える数字だという。今や日本を代表するアニメ映画監督の1人になったが、多くのファンに支持されるようになった背景とは?
「普段はなんとも思わない人の雑踏や東京の街並みが実はものすごくキラキラしていてまぶしい場所なんじゃないかって思えて、いま私たちが生活している場所も思ったほど悪くないんじゃないかなって思えました」(20代女性)
「個人的に『君の名は。』のほうが面白かったですが、映像の美しさや音楽の壮大さは本当にすごかったです」(10代男性)
と新海誠監督(46)の新作映画『天気の子』を見終えた人々がさまざまな感想を口にする。
これまでの国内邦画興行収入ランキングでは、トップのスタジオ・ジブリ作品『千と千尋の神隠し』に次いで同監督の前作『君の名は。』が2位にランクイン。興行収入250・3億円、観客動員数1928万人を記録した。
「日本のエンターテイメントの中で、アニメーション映画はいちばん攻めているジャンルだと思います。アニメならではのスケールとテーマ性、作家性がせめぎあっていて面白いゾーンになっています。新海監督は今、それを代表するような人になっている」(アニメ評論家・藤津亮太さん)
前作から3年、『天気の子』が7月19日に公開されてからもうすぐ2か月になる。
「公開52日経過時点で観客動員数は900万人、興行収入は120億円です」
と東宝の宣伝担当者。全国359館・448スクリーンで公開する大規模な展開をみせ、いまだ勢いは衰えていない。ヒットの理由について、
「公式に発表しているものはありませんが、運命に立ち向かう少年少女の姿、新海監督が世界へ投げかけたセンセーショナルなメッセージ、そして圧倒的な映像美と心震わす音楽が紡ぎ出す“新海ワールド”が話題になり、幅広い世代が劇場に来場しています」
と大ヒットの様子を伝えた。
『天気の子』公開から3日間での興行収入は前作を上回る数字を記録した。今回の大ヒットの背景には、前作『君の名は。』の効果と3つの要素を藤津さんは指摘する。
「新海監督のファンやアニメファンはそこまで多くない。せいぜい数億円の規模でした。ただ、『君の名は。』を見て、アニメを普段見ない一般の人たちにも“新海監督の作品は面白いんだね”という認知がされたことは大きな要因ですね」
と『君の名は。』効果を指摘。そして1つ目の要素は、
「『天気の子』の予告にもポイントがあります。それは限りなく『君の名は。』に近いという点です。男女の高校生が登場して、SFチックなスペクタクルな出来事が起こりそうで、そして美しい映像とともにRADWIMPSの音楽がかかる。『君の名は。』を初めて見て面白いと思った人が、また見て面白そうと思えるフックがすべてそろっています」
次に劇場公開時期も関係しているようで、
「世間の夏休みが始まる7月19日に公開したことは大ヒットの要因だと思います」
『君の名は。』は公開が8月26日と夏休み終盤だったが、口コミでじわじわと右肩上がりに観客動員数を増やしていった。
3つ目の要素としてストーリーやターゲット層も大切なようで、
「中・高生向けのテレビドラマは今では少なくなっています。そんな中、中・高生の視点で自分の理想を投影できるものは深夜アニメや映画が多い。そういった時代背景もあげられると思います。
劇中では少子高齢化で、景気が悪いというしょぼくれた雰囲気の中で若い人にエールを送るようなメッセージも含まれています。現代の日本を正面から描いてエンターテイメントにするという点は、『君の名は。』を超えていると思います」(前出・藤津さん)
今回もまた中・高生の口コミから幅広い世代に刺さり、『君の名は。』同様、劇場に複数回、足を運ぶリピーターが続出しているという。
「日本映画で興行収入100億円を突破したのは、同じく新海監督の『君の名は。』以来3年ぶりで、『天気の子』も日本映画を代表する1本になりました」(前出・東宝宣伝担当者)
'02年、ひとりで作ったデビュー作『ほしのこえ』から現在に至るまで、新海監督自身にどのような変化があったのだろうか。
「新海監督自身がさまざまなインタビューで、“自分は作家ではないのでやりたいことが次から次に出てくるわけではない”と語っています。そして、初長編作『雲のむこう、約束の場所』('04年)以降どうやったら面白い映画になるのか、多くの人に楽しんでもらうためにどうしたらいいのかを常に考えています」(藤津さん)
デビュー作からモノローグが印象的な作品が多く、男女のすれ違いから生まれる儚さを描く作品が多かった新海監督だったが、
「新海監督が初めて自らの作品をノベライズしたのが『言の葉の庭』('13年)です。この経験でストーリーを作るための手ごたえを感じたと言っていました。
作品自体は50分程度で、小説1冊にするほどのエピソードはないので、作中にちょこっと出てきたキャラクターの視点で主人公たちの話を眺めるという構成になっています。いろんな視点でそれぞれの人生があるということを学んだのかもしれません」(藤津さん)
『天気の子』が公開され、『君の名は。』以上に賛否両論が巷では起きているようだが、
「新海監督が“『君の名は。』を見て怒った人たちにもっと怒ってほしい”と言っていました。『君の名は。』は、いろんな人が楽しめるようなポピュラリティーを意識して作られた映画でしたが、『天気の子』は描きたいものを描くぞ! という強い意志を感じました。描きたいことが明確になって、それを表現する技が身についてきたのだと思います」(藤津さん)
意外と幅広い世代にアニメファンが
普段アニメを見ない人が、新海監督の作品を見に行くことがはたしてあるのか。
「コアアニメファンの上限年齢は60歳なんです。第一世代は1960年代の人たちで、『新世紀エヴァンゲリオン』の監督で有名な庵野秀明さん(59)がちょうどその世代。中学生で『宇宙戦艦ヤマト』、大学生で『機動戦士ガンダム』が放送されていました。
1980年前後にちょうどアニメブームが起こり、そのムーブメントを経験している。当時はゴールデンタイムにアニメがたくさん放送されていて、身近な存在で受け入れやすい」(藤津さん)
意外と幅広いアニメファン層だが、60歳以上の人たちはアニメがようやく台頭してきたころで、なじみが少ないのかもしれない。
世間では夏休みが終わり、映画館もようやく落ち着きをみせ始めるころだが、はたして『君の名は。』を超えることはできるのか。
「『天気の子』は現在も多くのお客様に見ていただいているため、秋も公開は続く予定です」(前出・東宝宣伝担当者)
本作は公開前から140の国と地域では配給が決まり、前作を大きく上回る。
新海監督の知名度は、今や日本だけにとどまらなくなった。順次、海外で公開され、『君の名は。』以上に世界の人々は“新海ワールド”に魅了されることになるだろう。
藤津亮太(ふじつ・りょうた)アニメ評論家。'68年生まれ。新聞記者、週刊誌編集を経て、2000年よりフリー。近著に『プロフェッショナル13人が語る わたしの声優道』(河出書房新社)、『ぼくらがアニメを見る理由 2010年代アニメ時評』(フィルムアート社)がある。