中村隼人 撮影/山田智絵

 30年ほど前、当時の三代目市川猿之助(現・市川猿翁)さんが「現代のお客様がもっと楽しめる歌舞伎を」と、ダイナミックな演出で創りあげた新ジャンル、それがスーパー歌舞伎。その意志を四代目猿之助さんが引き継いだスーパー歌舞伎II〈セカンド〉で、スーパー歌舞伎の代表作『オグリ』が刷新上演される。

 主役の小栗判官役を猿之助さんと分け合うのが、中村隼人さん。端正な美貌と芸で、当代きっての若手二枚目として人気を集める逸材だ。

憧れの猿之助との共演

「おととしくらいから猿之助兄さんに“一緒にやりたい、あなたに合う役だから、交互出演でできたらいいね”と言っていただいていたんです。でも、まさか実現するとは思いませんでした。僕にとって憧れであり、おそれている先輩で、大好きな人でもある猿之助兄さんとの交互ですから、俳優人生の中でも大事件だと思います」

『新版 オグリ』の小栗判官(オグリ)は何不自由なく育ち、できないことなんて何もないという美丈夫(つまりイケメン)。出だしの彼は、かなり思い上がった若者だ。

「冒頭の彼は完全に調子に乗っています。やんちゃ盛りですし、腕っぷしは強く頭もキレて容姿もいい、望むものは何でも手に入ってしまう。でも、恋をして仲間と徒党を組んだオグリは地獄に送られて、醜い容姿と不自由な身体の〈餓鬼病〉という状態になって現世に戻されます。

 いままで当たり前にできたことができなくなって。そこから人とのつながりの大切さや、生きていく中で大切なものを知っていくというストーリーですので、とても成長するんですよ。現代の人にもすごく共感してもらえる話だと思います

弱ることで増す人間味

 今回の『新版』では、現代人の共感ポイントがより増しているのだそう。

オグリは恵まれているからこそ、何か人生に物足りなさを感じている。彼の周りも、挫折して悩んでいる人ばかり。周りの仲間と地獄に落ちたら、今度は閻魔大王まで地獄のあり方に悩んでいる。

 “人間をこうして拷問するだけでいいのだろうか”って。誰もが“自分もこのままでいいのかな?”と考えさせられる作品だと思います」

 オグリは試練を受けて、どんどん人間味を増していく。

中村隼人 撮影/山田智絵

「弱るということは人間的にはつらいことです。でも猿之助兄さんもスーパー歌舞伎II『ワンピース』の公演中に腕をケガされて、当たり前にできていたことができなくなったことで “考え方が変わった”とおっしゃっていました。

 僕自身も高校生くらいのときに体調を崩したことがあって、“健康で生活するという当たり前のことが、こんなにうれしいものなんだな”と気づけましたから。そういう経験で得たものをぶつけていきたいと思っています」

 スーパー歌舞伎といえば、ケレン味たっぷりの演出やアクションも楽しみ。

「今回は、新橋演舞場史上初のダブル宙乗りがあります。劇場の上下(かみしも=左右)でふたりが同時に飛ぶので、そこは見どころになると思います。

 しかもそのときに乗る馬が、少し『ターミネーター』に出てきそうな馬なんです。衣装も“現代の荒くれ者たち”という感じになっていますし、最新技術を駆使した映像も見ごたえがあるはずです。それに、本水を使った“血の池地獄”では、びしょ濡れになって暴れますよ(笑)」

『ワンピース』や『NARUTO-ナルト-』など、新しい歌舞伎に縁のある隼人さんだが、実は古典が大好きだそう。隼人さんにとって“歌舞伎”の魅力は?

例えば、歌舞伎には演じ方の“型”があって、歩き方なら立役と女方で方法が違うんです。立役はどんな職業かによっていろいろな歩き方があります。職人、武士、町人の歩き方、全部ノウハウがあって違う。

 演技法の確立の仕方がひとつひとつ理にかなっていて、それを作ってきた先人たちはすごいなと感じますね。日本人が好む古典のストーリーや色のセンス、様式美的な魅力にも惹かれます

周囲に助けてもらってきた

 とはいえ新しい歌舞伎も、テレビドラマへの挑戦も、隼人さんにとっては大事な道。

「今年はNHKの時代劇ドラマ『大富豪同心』に、ダメな同心の卯之吉役で主演させていただきましたが、初めてのことばかりで苦労もありました。歌舞伎なら慣れた土俵でおなじみのメンバーですから、僕がやることもだいたい酌んでいただけます。

 しかし映像では完全にみんな一個人。真剣に悩みました。でも結果的には周りの俳優さん、みなさんに助けていただいたんです。よかったなと思うことは、普通の時代劇なら主演がバッタバッタ斬って、事件を解決していきますが、今回は周囲の人が卯之吉を助けてくれるという設定で(笑)。

 それが楽屋でも反映されていたおかげで、みなさん可愛がって、いろいろ教えてくださいました。僕の中ではあの経験は、一生の宝物ですね

 俳優には「経験が何より大事」だという隼人さん。『新版 オグリ』の経験で、どんなステップアップを見せてくれるか楽しみだ。

「今回は僕がいま、オグリと同じ25歳でやらせていただくことに意味があると思うんです。若い人には思わずうなずくくらい共感していただきたいし、もっと年上の方々にも“あんなころがあったな、いまもああいう気持ちはわかるな”と思っていただけたらうれしいです」

(取材・文/若林ゆり)


《PROFILE》
なかむら・はやと 1993年11月30日、東京都出身。歌舞伎俳優、二代目中村錦之助の長男。2002年に歌舞伎座『寺子屋』で初舞台を踏み、初代・中村隼人を名乗る。屋号は萬屋。
 若手俳優が古典の大役に挑む『新春浅草歌舞伎』をはじめスーパー歌舞伎II『ワンピース』のサンジ、イナズマ役、新作歌舞伎『NARUTO-ナルト-』のうちはサスケ役などで人気急上昇。テレビではTBS『せいせいするほど、愛してる』などのドラマやLaLa TV『メンズキッチン』のMCにも挑戦。今年はNHK-BSの土曜時代ドラマ『大富豪同心』の卯之吉役で主演を果たし、10月からはNHK総合での放送が決定している。 

スーパー歌舞伎II〈セカンド〉『新版 オグリ』

スーパー歌舞伎II〈セカンド〉『新版オグリ』 (c)松竹

 梅原猛の原作をベースに、市川猿翁が創りだしたスーパー歌舞伎の代表作『オグリ』。この作品を、当代の市川猿之助がスーパー歌舞伎II〈セカンド〉としてブラッシュアップ。横内謙介の脚本、猿之助と杉原邦生の演出、スーパーバイザー猿翁のもと『新版 オグリ』として世に送る。市川猿之助と中村隼人は小栗判官を交互に主演。
 オグリを演じない回にはキーパーソン・遊行上人としてオグリと同時宙乗りを務める。ラストには感動と歓喜の渦が巻き起こる、エンターテイメント性あふれる超大作活劇。10月6日~11月25日 新橋演舞場で上演。問い合わせ:チケットWeb松竹 TEL:0570-000-489。詳しい情報は公式HP(https://www.kabuki-bito.jp/theaters/shinbashi/play/622)へ。