「犯人を許せない気持ちはあります。でも、モコオは帰ってきません。家族の怒りはおさまりませんが、明日に進んでいかなければ……」
富山県西部に住む上田義之さん=仮名=は声を震わせた。
モコオは上田さん一家が家族の一員として飼っていた猫でオスのアメリカンカール。今年5月、モコオが盗まれたことで、富山県内で発生していた猫虐待事件が明るみになった。
モコオを連れ去り、のちに殺害し、遺体を用水路に捨てたのは富山市に住む無職のA元被告(52)。富山県警は6月、窃盗の疑いで逮捕していた。
鉄製の檻に入れて虐待し、死なせる
7月、富山地検が器物破損と動物愛護法違反の罪に切り替え、起訴した。8月の初公判ではモコオの殺害方法も明らかになった。
「浴室に置かれた鉄製の檻に入れられ、エサも与えられず、金属の棒で腹部を突かれるなどの虐待をされた。盗んでから5日ほどで死なせたとのことでした」(全国紙記者)
裁判で検察は懲役6か月、弁護側は罰金刑を求め即日結審。
9月17日、富山地裁高岡支部(梅沢利昭裁判官)は懲役8か月、執行猶予4年を言い渡した。求刑より重い判決が言い渡されることは異例だという。
動物関係の法律に詳しい渋谷総合法律事務所(東京都)の渋谷寛弁護士は、
「今回のようなケースはほとんどない、相当珍しいです」
と驚いた。その背景として、
「裁判官の言うように動物愛護の精神の高まりでしょう。罪の重さは殺された猫の数や残虐性にもよるところがありますが“検察の求刑は低すぎる”という批判が込められているのでしょう」
と推測する。
「すみません」と頭を下げていたが…
A元被告は18日に控訴したが、翌日に一転、取り下げる考えを示し、20日取り下げた。前出・動物保護団体の関係者によると、
「判決後、弁護士から“控訴しませんか”と電話がかかってきたそうです。A元被告は“控訴してせめて保護観察が取れればいい。控訴審はメディアや誰にも知られないし、費用も掛からないと説明されて……”と話していて、言われるがまま、控訴を決めたようだった」
しかし、関係者が控訴審について、実際はそうではないことを説明すると、
「“思っていたことと違う”と驚いており、“やめてもいいんじゃないですか?”と尋ねると“そうしたいです”と話し、取り下げる旨を弁護士に申し伝えていました」
そして、その直後、A元被告は上田さんにも謝罪した。
「“すみません”と頭を下げていましたが本当に申し訳ないという気持ちがあるのか……。“(謝罪する)気持ちはあるのか?”と尋ねると、うなずいていましたが……。確かに私たち家族に会うのは怖かったかもしれないが……オドオドしていて……」
上田さんは怒りとも諦めともが混ざる心境だったことを明かした。
さらにA元被告の関与が疑われる案件も
一方で、複雑な思いで裁判を見守っていた人がいる。
中古車販売業を営む坂本肇さん=仮名=だ。飼い猫5匹が行方不明になっており、A元被告の関与が疑われている。
「警察に相談しましたが、証拠が乏しく“立件できる状況ではない”と言われ捜査は終わりました。今回の裁判はモコオくんの1件。うちの猫のことはわからないままです。Aが事実を話し、詫びでも入れてもらえたら……。今は宙ぶらりんな情況です」
と苦しい胸の内を明かした。
保護観察は付いているとはいえ、猫虐殺男は世に放たれた。前出・関係者。
「Aから“月2回ほど、家の中を見てほしい”と申し出がありました。孤独が元で猫を虐待する方向に進んでしまった。地域にも協力を依頼、見守りを頼みました」
今後は保護司らと連携し、団体関係者が月数回ほど訪問し、目を光らせるという。
A元被告はモコオくんのほか十数匹の連れ去り、虐殺は認めており、共犯者の存在も否定できない。猫への贖罪と更生の日々はまだ始まったばかりだ。