小泉進次郎環境大臣がニューヨークの国連本部で開かれた環境関連の会合で「政治にはさまざまな問題があって時に退屈だが、気候変動のような大きな問題への取り組みは、楽しく、かっこよく、そしてセクシーでもあるべきだ」と発言したことが話題になっています。
セクシー(sexy)という英語を辞書で引けば「性的魅力のある、セクシーな、性的な、挑発的な」(weblio英和辞典)とあります。日本人政治家が英語でこのような独特の表現を使うことが珍しかったこともあり、ロイター通信が世界に打電したのがきっかけですが、そのニュースを耳にした日本人の間でこの発言が物議をかもすようになったわけです。
コンサルティング業界では多用される英語
そもそもですが、大きな問題への取り組み方法をめぐる議論の際に「セクシー」という英語を使うことはよくあることです。実際、難しい経営課題に取り組むことが多い経営コンサルティング業界では「セクシー」は多用されます。
たとえば私たちコンサルの間では「戦略はセクシーなほうが有効性は高い」という言い方をよくします。具体例を出しましょう。
商品開発戦略において「他社との差異化に力をいれよう」という言い方はダサいので組織に浸透しにくいけれど、「商品開発コンセプトはシンクディファレント(think different=違った考え方)でいこう」というとよりセクシーな言い回しなので、関係者にも何をすればいいのかがピンときます。ちなみに「シンクディファレント」はアップルの開発コンセプトです。
これは特に経営トップを相手にする経営コンサルティングの現場では至言です。アイデアは実行されてこそ意味がある。難しいことばかり口にしたり、たくさんの問題を一つひとつ取り上げて細かいところを議論させたりするような経営手法は嫌がられます。そうではなくひとことで大組織が動き出すような言葉があればそっちのほうがずっと力があるわけです。ですから「戦略はセクシーなほうが有効性は高い」という考え方は実用性があって、私たちコンサルタントも経営者もこの英語を結構よく使うのです。
似たような言い回しとして「物理法則は数式がシンプルなほうが現実を表している」というものがあります。アインシュタインの「E=mc2」やニュートンの運動方程式「F=ma」は数式として美しい。そしてそういったセクシーな数式は真実であることが後に証明されることが多いという経験則です。哲学の世界にも「オッカムの剃刀」という考え方がありますが、これもよく似た考え方かもしれません。
だから環境問題のような難しい政治課題は「セクシー」な解決策を考えていくべきだという主張自体はここまで炎上するほどの話ではないはずです。ではなぜ今回問題になったのかというと、この「セクシー」という言葉の使い方にはあるテクニックが必要で、そこでスベったのが今回の炎上の理由なのです。
映画『不都合な真実』が話題になった当時のイギリスのトニー・ブレア首相が環境問題についてメディアの前で語るときに、当時はまだ珍しかったLED電球を手にしてこう言ったことがあります。「地球温暖化に関心がある人はこの電球をひとつ買ってほしい」と。
セクシーは具体策があるときに使う英語
こういった言い方が「セクシー」なんです。何もブレア元首相がイケメンだからセクシーなのではなく、セクシーという言葉は具体策があるときに使う英語なのです。
実際、コンサル業界では「セクシー」を多用するといいましたが、セクシーという言葉が出る局面はかならず「ちょっと違う解決アイデアについてどちらがいいかを議論する」ような場合です。狙っていることは似ているし、どちらも同じぐらいの規模の投資を行う施策があって、でもどちらかを選ばなければいけない。そのとき「発案者の顔を立ててこっち」みたいに選ぶのではなく「こっちの案のほうがセクシーだからこちらを選ぼう」というような使い方をする言葉なのです。
つまり具体策ではなく「これからセクシーな政策を考えますよ」というのは「今からおもしろい話をします」というのと同じくらいダサい言い方でマイナスな効果がある。そこが今回、小泉環境相の発言が炎上した一番の理由だと私は思います。
最後にあえて本文では触れませんでしたが環境問題について議論をする世界では「グリーンセクシー」という言葉があります。環境問題というのは政治家も資本家もリップサービスするばかりで何ら具体案を出してくれない。だからレオナルド・ディカプリオのようにいちはやくハイブリッド車に乗るような具体的行動をとる人を「環境にセクシーな人」として持ち上げることが地球環境問題の解決に向けたひとつの戦術になるわけです。
つまり小泉環境相は今後どうすればいいのか? それは具体的にセクシーな行動を示せばいいわけです。ディカプリオのように。
鈴木 貴博(すずき たかひろ)経済評論家、百年コンサルティング代表 東京大学工学部物理工学科卒。ボストンコンサルティンググループ、ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)を経て2003年に独立。人材企業やIT企業の戦略コンサルティングの傍ら、経済評論家として活躍。人工知能が経済に与える影響についての論客としても知られる。近著に『「AI失業」前夜―これから5年、職場で起きること』(PHP)、『仕事消滅 AIの時代を生き抜くために、いま私たちにできること』(講談社)、『戦略思考トレーニングシリーズ』(日経文庫)などがある。BS朝日『モノシリスト』準レギュラーなどテレビ出演も多い。オスカープロモーション所属。