「神奈川県川崎市の『武蔵小杉』駅近くにある48階建てのタワーマンションが、台風19号による大雨で停電しました。地下にある電気設備が冠水して故障したのが原因です。エアコンやテレビが使えないのはもちろん、トイレも流せません。エレベーターも止まりました」(社会部記者)
『武蔵小杉』といえば、“住みたい街ランキング”で常に上位になる人気のエリア。タワーマンションが立ち並ぶ憧れの街として知られる。
「JRの横須賀線、東急電鉄の東横線と目黒線という東京都心に向かう路線が3系統あり、しかも急行停車駅。交通の便がいいんです。商業施設も充実し、多摩川が近くにある環境も人気の理由です。被害に遭ったのは、シアタールームやキッズルーム、温泉やサウナまで備えた高級マンション。上層階は1億円を超える物件もあります」(不動産業界関係者)
毎日、40階近くまで階段を上り下り
ここ数年で人気が急上昇していた街だが、古くから住んでいる人は、この事態を予見していた。
「もともと工場が多かった場所で、それ以前は田園地帯。水はけが悪いとは言われていました。地盤が弱いことを知っている人は住もうと思いませんよ。JRの『湘南新宿ライン』ができた10年前にマンションの建設ラッシュがありましたけれど、いつか何かが起きるとは思っていました。坂も多く、被災したマンションは水が流れ込むような場所に立っていました」(近くの戸建てに住む男性)
被災から数日後に48階建てのタワマンを訪ねると、業者が設備の修理中。1階のエントランスホールに掲げられていたホワイトボードには、共用部分にあるトイレの使用法に関する注意事項が記されていた。
厳しい表情で下を向いて通り過ぎる住人に声をかけ続けると、ようやく答えてくれる人が見つかった。
「半分くらいの住人はマンションから出てしまい、身内の家やすぐ前にある『リッチモンドホテル』に泊まっています。私は行くところもないし、毎日40階近くまで階段を上り下りしています。20分かかりますけど、趣味で登山をやる気持ちで上っていますよ。仮設トイレは各階に1つずつ、1階の共用部分には3つあり、譲り合って使っています。周りにたくさんある商業施設まで行く人もいますね」(60代の女性)
『武蔵小杉』駅近くにあるもう1棟、22階建てのタワマンも停電。部屋では電気も水道も使えないが、10月16日に2台あるエレベーターのうち1台が復旧した。
「前の週にあった地震はまったく揺れなかったけど、マンション前の道路が50cm以上浸水して、翌日は泥だらけに。駅前だから価値が下がらないと思い、11年前の新築時に買いました。でも今回のことがあって、地盤が硬いところに移ろうかと考えています」(70代の女性)
10月16日には、冒頭48階建てタワマンの説明会が近くの小学校体育館で開かれ、数百人が参加。住人代表の防災防犯委員に話を聞いた。
住民は意外にも冷静な対応
──原因や復旧の見通しは?
「原因はわかりません。いつ復旧するかもわからない。仮復旧でもいいから、一刻も早く普段の生活を取り戻せるようにお願いしています」
意外にも怒りの声は聞かれず、冷静な対応だった。便利な街に住み続けたいという気持ちの表れだろうか。被害の少なかった近くのマンション住人も心配する様子はない。
「台風の日は夜に停電しましたが、翌朝10時には復旧しました。やや高いところに立っているし、今のところ特に困ったことはないですね。7年前から住んでいて、便利だからほかに移りたいとは思いません。泥水が乾いて砂ぼこりが舞うのがちょっと気になりますが、噂されているような汚水ではなく、ただの泥ですよ」(40代の女性)
しかし、被害はマンションだけではない。JR武蔵小杉駅自体も機能が麻痺(まひ)した。
「1メートル弱くらいまで駅の改札が水没したので改札機が故障し、他駅から改札機を運んできました。エレベーターと自動販売機は故障したままです(編注:10月18日時点)」(新南口改札の駅員)
被災マンションは価値が下がるのか?
水害に対する弱さが明らかになったことで、武蔵小杉にあるタワマンの資産価値が下がることはないのか。
株式会社スタイル・エッジREALTYの 不動産コンサルタント・玉井諒氏に話を聞いた。
「下がる可能性は高いですね。武蔵小杉に住むことを希望する人には、再開発されたきれいな街というイメージを抱き、興味を持っている人が多い。今回の台風による被害を見て、ハザードマップの重要性やマンションのマイナス点などを検討するきっかけになる可能性があります」
不動産鑑定士・洲浜(すはま)拓志氏も同じ意見だ。
「配水などがきちんと整備されていなかったことが、今回の台風で露呈しました。川が逆流するなどの想定ができていなかったように思えます。 “台風で問題になった物件だ”と思ってしまうと、誰も買いたがりませんよね」
マンションの維持費が増加する可能性もある。
「修繕積立金を使って被害箇所を修理することになります。屋上や外壁の修理など、将来のメンテナンスのために積み立てていたお金をここで使ってしまうと、10~20年後に修繕積立金が必要になったときに、お金が足りなくなるかもしれません。“修繕積立金を2倍にする”と告げられても困りますよね」(洲浜氏)
マンション売り主の責任が問われれば、損害が補償されることもあるのではないか。48階建てタワマンの場合、水害対策の止水板が設置されていなかったことが被害につながったとも言われている。
「今回は、これまで生活していて問題なかったのに、こうした事態になって初めてわかったと考えられます。以前に台風被害があったにもかかわらず放置していたのであれば、責任が問われる可能性は高いです。ただ、今回のような被害が出ることを事前に想定していなかった場合、改めて落ち度を問うのは難しいと思います」(洲浜氏)
48階建てタワマンの売り主の三井不動産に停電の原因について問い合わせると、
「分譲をしたのは私どもですが、お客様の資産に関することなので答えられません」
とのことだった。
安全が保障されれば、資産価値が元に戻る可能性
下がってしまった資産価値が回復するには、どのくらいの期間がかかるのだろう。
「また台風で被害に遭えば、悪いイメージが定着してしまいます。各マンションが早々に対策し、自治体の治水事業と連携して安心安全をアピールすれば、4〜5年かけて需要は回復するでしょう」(玉井氏)
'11年3月に起きた東日本大震災で『新浦安』や『幕張エリア』は地盤が液状化したことで不安を招いたが、現在では需要が戻っているという。住人の対応も重要だ。
「管理会社や管理組合が今の状況を放置せず、いかに速やかに対応していくかが大切です。“こういうふうにお金をかけて直した”と説明しなければなりません。売り主である不動産会社にかけ合うなどして、安全が保障されれば、資産価値が元に戻る可能性が出てくるでしょう」(洲浜氏)
セレブなタワーマンションの輝きが戻るのは、いつになるのか……。