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地方で暮らすKさんはめまいがあり、地元の耳鼻科に通っています。Kさんの地元は人口10万人、それなりの人口はいるものの都会とはいえず医者不足です。そのため耳鼻科の医者も開業医が1人と、病院へパートで来ている医者が少しいるだけです。開業医に診てもらいましたが、
「大丈夫だから心配しないで」
と薬を渡されました。薬を使ってもさっぱり症状はよくなりません。
さすがに他の医者に診てもらおうかと思うものの、「パートの医者に診てもらうのもな……」と思います。そこで、隣町の耳鼻科の医者に診てもらうことにしました。
「これは大丈夫ですよ。このままの薬でいいですよ」
と言われ、詳しい説明もありません。
やっぱり地方だとダメなのかなと、都会に出て治療を受けることを検討しています。
医者の数の多さは西高東低の傾向がある
自分が住んでいる地域、医療は充実しているでしょうか。都市部であると医者が多いというイメージがありますが、一定の人口当たりの医者の数となると、例えば関東では平均以上なのは東京都だけです(※1)。
全国的に見ると西高東低の傾向があり、関西圏のほうが医療は充実しています。医者の数を見ると、東北はすべて平均以下、北海道がかろうじて平均以下です。中部では石川、富山、福井は平均以上ですが、それ以外はすべて平均以下。関西では兵庫、奈良はほぼ平均。三重、滋賀だけが平均以下です。九州(宮崎以外は)・四国・中国地方と沖縄はすべて平均以上です。関西以西では、平均以下なのは三重と滋賀だけなのです。
ここで少し意外なのは、愛知は人口が比較的多いのに、平均以下であること。秋田、山形よりも少ない。まず自分の都道府県(以下では「県」で統一)の医者の数が、平均以下なのか平均以上なのかを知っておくべきです。平均以下であれば、他県にて治療を受けるというのも選択肢に入れるべきです。
大学病院の影響力が強い県と弱い県がある
大学病院の力も、どこの地域かによって注意が必要です。大学病院の力が強い県と弱い県があります。
関東でいうと、大学病院が強い県は群馬県です。大学病院が強い県ですと、県内どこに行っても大学病院の息がかかっています。だから他の医者に意見を聞こうと思って他の病院に行ったのに、意味がないということがあります。
大学病院の力が弱い県ですと埼玉県です。例えば私が勤務していた大宮では、埼玉医科大学病院など埼玉県の大学病院によって支えられている病院はわずかです。東京大学や東京女子医大、帝京大学など多くの大学病院から医者が来ています。そういう場合は、同じ県内の他の医者に意見を聞いても意味があります。
実際に、大学病院の影響が強い県で、病院にかかっていた患者さんがこう言いました。「他の病院に相談に行っても全員、同じ大学を卒業した先生だから、前の先生の意見と同じことしか言わない」。
もちろん、医者同士がかばい合っているということもありますが、それ以上に「ずっと同じ釜の飯を食って教育を受けていたので、考え方が同じ」ということが多いです。私は出身大学以外の大学病院の先生にいろいろと指導を受ける機会がたまたまありました。すると同じ病気でも、治療方針が前に聞いたのと違うことが多かったのです。
「そんなことがあるなんて、とんでもない」「ガイドラインはないの?」と思うかもしれませんが、ガイドラインに載るような基本的なことはどこの病院でも変わらない一方で、ちょっとしたことが病院によって違うのです。手術ひとつにしても、A大学は傷口を縦につくるけど、B大学は傷口を横につくるというようにやり方が違います。ですから、どこに行っても同じ大学病院出身の先生がいる場合は、県をまたいで他の大学医局の先生に一度、意見を聞いてみたほうがいいのです。
都市部に比べて地方は「総合力が劣る」
地方では残念ながら、医療が遅れていますから、他の県に意見を聞きに行ったほうがいいです。「地方も遅れていない」という医者もいますが、実際に地方に住んでみると満足な治療を受けられないことはよくあります。なぜでしょうか? 地方には情報が入ってこない、ということではありません。今の時代、ネットがありますし、論文もどこでも見られますから。
そうではなく、総合力の問題なのです。現在は治療が細分化しています。すると専門というのが各大学でまちまちなのです。例えば眼科でいうと「〇〇県の大学病院は緑内障が専門だ」となると、目の腫瘍、網膜剥離(もうまくはくり)などは得意ではありません。とはいっても地元の患者さんをどうにかしなければいけない。だから得意ではないけれども、誰かが治療をします。
一方で東京や大阪のような都市部だと、「自分の大学病院は緑内障が専門だから、目の腫瘍は他の大学病院にお願いしよう」ということができます。近くの大学病院まで30分で行けたりするからです。ですから、「一人一人の医者の能力が、地方では低い」のではなく、「医者が少ないから総合力が劣る」となるのです。
それから、地方の場合は医者が偉そうにしているということが増えます。医者の数が少ないために、相対的に医者が偉そうにしやすいのです。とっても腹が立ちますが、なぜかというと「態度が悪くても患者は減らない」と思っているからです。忙しすぎて、「態度が悪くて患者が減るなら、むしろ好都合」とまで考える医者もいます。
一方、都会の場合はすぐ近くに病院があるため、態度が悪くなるとすぐつぶれます。ですから「接遇が大切」という精神が根づいています(とはいっても総合病院に勤めている医者の場合は、「病院がつぶれようがどうでもいい」という考えの医者も多いので、態度が悪い人は多いです)。ですから、大学病院のほうが総合病院より、総合病院のほうが診療所より医者は態度が悪くなりがちです。
地方のよい点は「たらい回しにされない」
しかし、地方にいることで医療のいい点もあります。最大のいい点は、たらい回しがないこと。地方になると、たらい回す先がないからです。
医者は自分が断れば、次にどの先生に救急車が行くのかがわかります。山形で私が救急を担当したとき、私が断れば「平松のやつ、断ったな」ということがすぐに他の医者に伝わります。「今は学会でいない」「単身赴任で、週末は家に帰っている」という詳しい個人情報まで知られています。
ですから、自分の病院に空きのベッドがなかろうが、忙しくて大変だろうが、寝てなかろうが、自分が診るしかないと思います。山形にいたときは3日に1回は救急当番をしていましたが、断ることはありませんでした。
一方で都会ですと、自分が診なくても誰かが診てくれます。「ベッドがいっぱいだったらもういいか」「もうすでに緊急患者が来ているから、もし引き受けて手いっぱいになったらよくないな」と思い、断ることへの抵抗感が小さくなります。
ですから都会は、たらい回しがありえます。特に宮城、茨城、栃木、埼玉、千葉、東京、三重、大阪、兵庫、奈良は要注意(※2)です。特に気をつけないといけないのは、妊娠していたり、持病がずっとあったりする(例えば、精神的な病気、脳疾患、心臓疾患、透析などの腎臓系の病気)場合です。
なぜならば、新しく生じた病気を診る専門医だけでなく、もとの疾患を診られる専門医も必要になるからです。だから、大きな病院でかかりつけをつくっておく必要があります。
例えば、もともと腎臓の状態がかなり悪く、新たに脳出血の疑いがあったとします。都会でしたら、脳出血の有無を診られる病院は多いでしょう。緊急手術が必要なら、脳神経外科の先生が対応してくれることもある。しかし腎臓が悪いとなると、「腎臓が悪いとどの薬を使えるのか難しいな。腎臓の先生は今日お休みだし。だったら腎臓の専門の先生もいるところに行ってもらったほうがいいかも」と思って断ることもあります。
ただ、「あなたの病院のかかりつけの患者です」となると、「腎臓の先生は今日はお休みだけど、もともと診ていた患者さんか。なら夜に電話して、相談しても対応してくれるかもな。じゃあ、受けようかな」となります。
地方では主治医をきっちりつくることが大切
それから地方の医者は、地元に対する思いがすごく強いです。職員もそうです。ふまじめになりにくいです。例えば、さぼってパチンコやゴルフに行っていたら、地元のみんなにバレてしまいますから。本を買って勉強していたら、それもみんなに知れ渡ります。
また、患者さんはみんな近所の人なので、偉そうにしていても冷たいわけではありません。一生診ていくという気持ちが強いです。職員も都会だと、家に帰ったら患者さんは周りにいない。だから医療の現場と普段の生活が分離しています。でも患者さんが隣の家の人だったら、態度がよくなるというのがわかると思います。
ですから地方にいるのであれば、主治医をきっちりとつくると、本当にしっかりやってくれます。家族ぐるみで心配してくれますし、生活習慣も考えてくれます。
以上のように都会と地方には、それぞれメリット・デメリットがあります。自分が住んでいる都道府県では医者の数が多いのか、少ないのか。救急患者の受け入れ体制はどうか。状況を調べておくことが安心して医療を受けるために必要なことと言えます。
※1)平成28年(2016年)医師・歯科医師・薬剤師調査の概況 厚生労働省
※2)平成28年中の救急搬送における医療機関の受入れ状況等実態調査の結果 厚生労働省 平成26年のデータを使用
平松類(ひらまつ・るい)
医師/医学博士/昭和大学兼任講師。愛知県田原市生まれ、東京の多摩地区育ち。昭和大学医学部卒業。全国を渡り歩き、大学病院から町の小さな診療所まで、全国各地の病院に勤務し、病院の裏側も膨大に見てきている。現在は、二本松眼科病院、彩の国東大宮メディカルセンター、三友堂病院で眼科医として勤務。専門知識がなくてもわかる歯切れのよい解説が好評で、テレビ、雑誌など連日メディア出演が絶えない。著書は、15万部突破の『老人の取扱説明書』『認知症の取扱説明書』『1日3分見るだけでぐんぐん目がよくなる! ガボール・アイ』(SBクリエイティブ)、『老眼のウソ』『その白内障手術、待った!』『緑内障の最新治療』(時事通信社)など多数。