「郡山市内は被害が大きかったので台風の話題でもちきり。事件は災害関連ニュースの陰で報じられましたが、この夫婦を知る人は、なぜこんな結末になってしまったのか、詳しい背景にすごく関心がある。それくらい仲のよいご夫婦でした」
と近所の40代女性は話す。
とても社交的な夫だった
福島県郡山市神明町で10月27日午前3時すぎ、自宅で夫に首を絞められた深谷ヒデさん(88)が死亡する事件があった。自ら110番通報して殺人未遂の疑いで現行犯逮捕されたのは無職・深谷文幸容疑者(63)。腰などを悪くして約10年前から車イス生活を送るヒデさんを見守り、かいがいしく世話してくれた自慢の夫だった。
「深谷容疑者は“介護に疲れて、寝ている妻の首を絞めて殺した”と犯行を認めている。警察官が駆け付けたとき、ヒデさんは寝室のベッドに横たわり呼びかけにも応じない状態で、搬送先の病院で死亡が確認された。電気コードを使ったといい、“自分も死のうとしたが死にきれなかった”とも供述しているようだ」
と地元記者。
司法解剖で死因は窒息死と判明し、県警郡山署は同28日、容疑を殺人に切り替えて福島地検郡山支部に送検。犯行に至る詳しい経緯などを調べている。
容疑者宅は築45年の6階建て賃貸マンションの1階。郡山市内は10月13日未明に上陸した台風19号による豪雨で阿武隈川が氾濫するなど甚大な被害を受けたが、高台にある容疑者宅周辺はほぼ無事だったという。
同じマンションの女性住人はこう話す。
「でも、このマンションは老朽化などを理由に以前から取り壊しが決まっており、来年2月までに退去しなければいけないんです。旦那さん(深谷容疑者)は“うちはまだ転居先が決まっていないんだけれど、少しずつ片付けしているんだ。こんな広い部屋はいらないから、2部屋ぐらいのところにしようと思って”と話していました。自分からいろんな人に話しかけるなど、とても社交的な方ですよ」
住人や不動産関係者らによると、容疑者宅は2LDKで、家賃は推定月4万~5万円台ではないかという。
既に転居先が決まっている別の女性住人は、容疑者が「うちは年内には出られないと思う」と話していたことを覚えている。
「ひとりで引っ越しの準備をしなきゃいけないから大変なんだって。大家さんが全住人の転居先を熱心に探してくれているので、見つからないことはないと思うんですが」(同女性)
この女性は一度、深谷容疑者に助けを求められたことがある。自宅トイレで用を足したヒデさんが車イスに戻るときに転倒したため、抱き起こしてあげたという。
周囲と積極的に交流し、困ったときは「助けて」と言える容疑者は、なぜ最悪の道を選んだのか。そこには25歳差カップルならではといえそうな事情があった。
年の差夫婦の馴れ初め
時計の針を少し戻そう。
ヒデさんと長年親交のある郡山駅前の洋服店店主が「ヒデさん本人から聞いた話」として年の差夫婦の馴れ初めを打ち明ける。
「ある日、店に来て“私、結婚したんだぁ”って嬉しそうに言うんです。だから“あらそう、おめでとう! お相手はどんな方? どこで知り合ったの?”などと質問攻めしたら、“出会いは飲み屋さんで……”と教えてくれて」
ヒデさんは女優に似た美形。店主の話によると、店の常連だったヒデさんがひとりで飲んでいると、おとなしくまじめそうな男性客が入ってきた。朗らかな性格というヒデさんのほうから話しかけると、男性客は地元で有名な大企業の工場で働いているといい、「独身です。彼女は募集中です」と笑ったという。
当時、ヒデさんは60代後半。その男性客が深谷容疑者で40代だった。年齢差のほか、ヒデさんには前夫とのあいだに息子がいて他県で暮らしており、「じゃあ、いい子がいたら紹介してあげなくちゃね」などと盛り上がった。ヒデさんが先に会計を済ませて店を出ると、あとから慌てて会計した深谷容疑者がトコトコと付いてきた。
雪の降る寒い夜だった。
おしゃべりしながら歩くうち、ヒデさんが暮らすアパートが近づいてきた。
「寒いでしょ。うちに上がってコーヒーでも飲んでいく?」
深谷容疑者はうなずき、翌日も、翌々日もヒデさん宅に来るようになり、やがて同棲するようになったという。
再び店主の話。
「同棲は数年続き、ヒデさんが“私も70歳を過ぎどんどん歳をとる。はっきりしてほしい。一緒になるのか、ならないのか”と迫ったらしいんです」
深谷容疑者は「結婚する。一緒になりたい」と答え、ヒデさんを故郷の母親に紹介すると約束した。山間部で暮らす姑に挨拶に行くと、ヒデさんより年下だったが、「息子をよろしくお願いします」と頭を下げられた。ヒデさんは72歳だった。2人で現在のマンションに引っ越し、新婚生活が始まった。
「旦那さん(深谷容疑者)はとにかくヒデさんが大好きで、店に来たときは“ヒデちゃん、なんでも好きな物を買いな。いくつでもいいから”と言っていました。でも、やがてヒデさんのパーキンソン病が悪化し、手をつないで歩かないと転んでしまうようになった。約10年前から車イスが必要になった。旦那さんは早期退職してヒデさんの介護を始めたんです」(前出の店主)
近所の住民らの話によると、ヒデさんがデイサービスを利用するのは週2回。深谷容疑者は午前8時半ごろ、マンション前に立って送迎車が来るのを待ち、夕方になると早めに道路端に立って出迎えた。
ほかの日は車イスを押して散歩することも多く、深谷容疑者が「花がきれいだね」とヒデさんに話しかけるなど仲睦まじい様子だった。坂道の多い街で車イスを押して歩くのは重労働だったはず。
夫婦と話したことがない近隣住民からは「親孝行な息子さんだと勘違いしていた」(70代男性)という声もちらほら。周囲にはそれほど献身的に見えたのだろう。
認知症のはじまりか
しかし、病状が悪化するにつれ、ヒデさんの内面に変化が……。前出の店主が言う。
「旦那さんの浮気を妄信するようになったんです。“看護師といい関係になって私を毒殺しようとしている”とか、“訪問介護士とデキてて私の洋服をあげちゃう”“介護士が私の指輪を盗んだ”などと、つじつまの合わない話を繰り返すようになってしまって。おそらく認知症が始まったのでしょう」
ヒデさんを知る人は「おしゃれな女性だった」と口を揃える。たまご肌で実年齢よりずっと若く見え、ウイッグをつけていた。ピンクや薄紫色のレースのついた洋服が好きだったが、介護を受けるようになってから「着替えさせてもらいやすいようにゴムつきの服にする」と実用性をとるようになった。それでも最初は、深谷容疑者の前では悪口を言うことはなかったという。
ところが……。
「ついに“あの介護士とデキてるんでしょ!”と長いほうきでバンと叩いてやったと言うんです。“あんなに一途な旦那さんをそんなふうに言ったらかわいそうよ”となだめたんですが、嫉妬は止まりませんでした。浮気なんて絶対ないのに。認知症が進んでいたのかもしれませんが、年をとってからの恋愛で、旦那さんを奪われることを心配したのかもしれません」(同店主)
愛する妻に献身的に尽くしながら、そう罵られるのは辛かったろう。
年金生活は楽ではなかったとみられる。近所の自転車店の店長によると、深谷容疑者は約5年前、買い出しに使う電動機付き自転車を中古で購入した。総額8万円のうち頭金を3万円入れ、月1万円ずつ分割払いしたという。
こうした生活の中、引っ越し期限は迫り、ひとりでその準備に追われていたことは前述した通り。転居先の条件としては家賃のほか、車イスで生活しやすいよう現在と同じ1階で玄関にスロープがある物件が望ましかった。仮に希望がかなったとしても、周囲との人間関係はまた一から構築しなければならない。
行政支援や地域の民生委員が相談に乗ることはなかったのか。郡山市に聞くと、
「市の相談窓口に来訪したかどうかや、民生委員がタッチしたかどうかは、個人情報のため答えられない」(市保健福祉総務課)との回答。
ドラマチックな熟年愛はどうすればハッピーエンドにできたのだろうか。