「ながらスマホ運転によって、家庭が壊されました。(加害者は)危ないこと、やっちゃいけないとわかっていてやっています。これは殺人に近い状態、悪質性が非常に高いと思っています」
今年9月、ながらスマホ運転の事故で死亡した被害者遺族らとともに『ながらスマホ運転被害者遺族の会』を立ち上げた井口貴之さん(47)は、悔しさをにじませながら、そう無念さを語る。
昨年9月、スマホで漫画を読みながらワゴン車を運転していた運送会社の男(当時51)に追突され、何ひとつ落ち度のない妻の百合子さん(当時39)は命を落とした。
スマホで漫画を読んでいた
事故現場となったのは、新潟県南魚沼市の関越自動車道。夏休みを利用しツーリングへ出かけた帰り、あと10分で無事、帰宅できる場所で、幸せな人生が一瞬で破壊された。
「事故直後、(収監中の受刑者は)妻を安全な場所に移動させるでもなく、後続車に事故が起きたことを知らせることもせず、私に言ったのは“ぶつけてしまいました”だけ。その翌日、事故原因を尋ねると“対向車線を見ていて気がついたらぶつかっていた”と言ったんです。妻の葬儀でも“すみません”と言っただけで、謝罪の気持ちや誠意は感じられませんでした」
そう振り返る井口さんをさらに驚かせたのが、男がながらスマホ運転をしていたという事実だ。当初、事故はわき見運転と処理され、男は逮捕されなかった。新潟県警が自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致死)で男を逮捕したのは、事故から1週間後のことだったという。
「警察に“スマホで漫画を読んでいた”と告げられたときは非常にショックを受けました。妻の葬儀のとき、すでに受刑者は警察に事故原因を認めていました。なのに、葬儀の際に渡してきた手紙には“自分の不注意で命を奪ってしまってすみません”と、“不注意”と書いていたのです」
裁判で明らかになったのは、男がハンドルの上に置いたスマホで漫画を読み、前を見ずに下を向き運転していたこと、3秒以上よそ見をすると鳴る警告音も無視していたことなどの悪質性。
今年8月、懲役3年の有罪判決が確定し、男は今、収監されている。
「私は事故の後、うつ病を発症し現在も治療中です。同居していた私の父は、妻が亡くなったショックで認知症を発症しました。私たちの人生設計は、ながらスマホ運転で狂わされました……苦しいです」
時折、声を詰まらせ、言葉の端々ににじむのは深い悲しみと悔しさだ。
ながらスマホは死亡事故につながりやすい
「警察庁のデータによると、ながらスマホ、携帯電話の使用による事故は、10年前に比べ約2倍。ながらスマホの場合、死亡事故につながりやすい。通常の事故は、事前に気づいて急ブレーキをかけたりハンドルを切ったりしますが、ながらスマホ運転の場合は、(対象に気づかず)ノーブレーキの場合も多いからです」
と、JAF(日本自動車連盟)メディアワークスITメディア部部長の鳥塚俊洋氏は、ながらスマホ特有の危険性を指摘。さらに、
「警察庁の資料には、一般的に2秒以上(スマホを)注視すると危険だとあります。時速60キロで約33メートル、高速道路で時速100キロを出していたら2秒で50メートル以上進みます」
と危険性を訴える。
今年5月、ながら運転の罰則化などを盛り込んだ改正道交法が成立した。12月1日から施行される。運転中に携帯電話やスマホを手にしながら通話をする・ナビを凝視するなどの使用等(保持)も、交通の危険を生じさせること(交通の危険)も、現行より大幅に厳罰化される。
「違反点数が、保持が1点から3点、交通の危険が2点から6点になり、一発で免許停止になります。反則金も保持で普通車は6000円から1万8000円に。交通の危険は反則金の対象外となり、1年以下の懲役または30万円以下の罰金という罰則が科せられます」
交通事故の問題に詳しい弁護士の高山俊吉氏が、そう解説する。そのうえで、
「交通の危険で違反すると前科になります。完全に超厳罰の方針に警察庁が舵(かじ)を取った」
と、法改正の狙いを読み解く。
何度も事故を起こしていても「ながら運転」を続ける理由
冒頭の受刑者は、裁判で「いつか事故を起こすと思っていた」と証言している。実際、
「スマホが原因か定かではありませんが、受刑者は何度も事故を起こしているんです」(前出・井口さん)
それでも続けてしまうながらスマホ運転。なぜなのか?
九州大学教授で、交通心理学が専門の日本交通心理学会の志堂寺和則氏は、
「運転に慣れた人にとっては、運転がそんなに大変な作業ではないからなんです」
と根本理由を前置きし、
「運転が簡単な作業に思えるため、ながら運転をしている人は多い。音楽を聴きながら、同乗者と話しながら、何か食べながら、考えごとをしながらなどです。これが運転の実態です。ながらスマホの場合は画面を注視してしまうことで、周囲への注意力がスマホに奪われてしまいます。これまでスマホを見ながら運転して大丈夫だったという人も、たまたま事故にならなかっただけなんです」
罰則の厳罰化によって一定の歯止めになると見るが、
「ルールを多少守らなくても、事故さえ起こさなければいい、というのが交通に関してはある。法律の強化で、ながらスマホをやらなくなる人は増えると思いますが、だんだんとルーズになって守らなくなる人もいると思います」
と志堂寺教授は案じる。
前出・鳥塚部長も、
「飲酒運転も厳罰化してから減りましたが、慣れてきて徐々に増える。ルールを厳しくするとだいたいその流れ」
と危惧し、
「加害者も人生を失うことを自覚してほしい。運転中はカバンに入れ、手に届かないところに置けば諦めもつく。ハンズフリーは規則的にOKでも、会話に引き込まれるのでやめたほうがいい。カーナビとして見る場合も、チラ見を意識したほうがいいですね」
厳罰化によってひき逃げが起こる可能性
厳罰化による不幸な副産物を恐れるのは、前出・高山弁護士だ。
「ひき逃げです。重い処罰になるなら、逃げてしまおうとなる。飲酒運転でもありますが、現場から逃げることによって被害者の救出が遅れることもあります」
と最悪の事態も想定し、
「ペナルティーが重いからやめる、ではなく、危険だからやめようとなってほしい。スマホのながら運転ができない構造を、技術的にも考えていく必要があると言いたい」
と車を運転するすべての人の意識改革と、車やスマホの開発者へも対策を呼びかける。
妻が犠牲になった前出・井口さんは、厳罰化に期待を寄せる一方、
「現在の刑法では、ながらスマホ運転で人をはねても基本的に『過失運転致死傷』にしかならない。『危険運転致死罪』(最高刑懲役20年)が適用できるよう法改正も訴えていきたい」
妻の無念さを代弁できる夫として、自分を奮い立たせるかのようにそう誓った。