吉本興業の闇営業問題で謹慎していたレイザーラモンHGの妻で実業家・タレントの住谷杏奈さん。あれから4カ月、HGは単独ライブ、ボディビル大会での入賞、9年ぶりの本格プロレス復帰と、完全復活に向けて前進し続いている。だが、その背景には何があったのか。この事件に、その周囲の動向に杏奈さんは何を思ったのか。知られざる当時の夫婦間の模様を激白した──。
夫の怪我をきっかけに始めたビジネス
夫婦の出会いは15年前に遡る。当時の杏奈さんは21歳。HGがハードゲイのキャラクターが大ブレイクを中のころで、子どもがHGのマネをすることが社会問題になるほどの人気を誇っていた。
「主人とは付き合いたてのころから、外で普通にデートをしていました。芸能界でよくあるのですがコソコソお付き合いしている男性芸能人って、私的には少し自意識過剰だと思って苦手なタイプでした。その点、主人はそういうのを隠さない人だったので、とても惹かれました」
そして、交際8カ月で2人は結婚する。当時、HGは結婚願望が全くなかったタイプだそうだが、「私は誰も知らない売れてないグラビアアイドルでしたので、すぐにでも芸能界を辞めて、憧れの専業主婦になりたかったんです」と素直な気持ちを吐露した。
「でもある日、西麻布の焼肉店で大喧嘩をしてしまって……」
“今はもう覚えていない”というくらいの些細なきっかけではじまった喧嘩に杏奈さんはHGにもらった指輪を外して七輪のなかに投げ込み、外へ走り出た。慌てて追いかけたHGに杏奈さんが西麻布の交差点で「結婚するか別れるか今すぐ決めて!」と詰め寄ると、通行人が見守るなか覚悟を決めた彼は「結婚します!」と応えたのだという。「西麻布中が拍手に包まれました」と笑いながら話す住谷さん。その足で深夜の区役所へ向かい婚姻届を。結婚生活が始まった。
「夫は当時、月に2000万円ほど収入があったのですが、('09年のプロレス出演中に左足かかとを粉砕骨折する)怪我を。それを転機に私もビジネスをはじめました」
自身のコスメブランドを展開し、実業家として成功をする。やがてHGの収入も超えるようになった。料理教室に通い、苦手な料理も克服した。
しかし、結婚当初はネットで叩かれることもしばしばあったそうで、
「ブログに載せたマンションの写真から住んでいる場所を特定され、ポストにカラスの死骸を投げ込まれたこともありました」
だが性格的にそういった嫌がらせもとくに気にしないという杏奈さんは、我が道を歩み続けた。順風満帆な日々を送っていた。しかし、今年の6月に夫・HGに闇営業問題が発覚し、謹慎に追い込まれてしまった。
「(こういった記事が出たら)結局こうなるよな、とは思いました。しっかり反省して自分のしたことを見つめ直す機会になればいいなと思いました。余談ですが、私のテレビのレギュラーがなくなってしまったり、収録がなくなってしまうこともありました(笑)」
闇営業で夫が痛感した、RGへの謝罪の念
HGは当然のように反省し、落ち込んでいた。杏奈さんに対しても「ごめんなさい」と真摯に謝っていたというが、それ以上に彼が心配していたのは相方・RGへの負担だったようで、“迷惑がかかる。ご家族にも謝りにに行きたい”と話していたそうだ。
「RGさんとも連絡をとっていたようです。そんなRGさんもいろんな取材や舞台で夫のコスプレをして出演されていたり。それを見た夫はリビングで『すごく有り難いな』『感謝やな』っていってましたね」
杏奈さんはどうやって夫を支えたのか──。結論からいえば、何もしなかった。
「よく周りから“よく支えたね”と言われましたが、私としては別段主人を支えていたという気持ちはありません。機嫌をとったり慰めたりということではなく、いつも通り接していました。反省し落ち込むのは当然だと思っているので。
だから私も、この件に関しては主人に特に何もしていません。ただ本当にはじめのころは家に閉じこもってばかりだったので、『別に自宅謹慎じゃないんだからランチに行くよ』と連れ出したり『ジムに行ってきな』と送り出したりしていました」
事務所を通さない“直営業”は事務所が認めていたものの、相手先を見極められなかったHGにも非があると話す杏奈さん。夫が反省するに任せ、普段どおりに過ごすことで結果的に夫を支えていた。そんななか、テレビ番組で杏奈さんがHGに向かって「芸人を辞めたら?」と発言したことがネットニュースに取り上げられた。それについても、事実とは少し異なっているようで……。
「あれは『もう芸人をやめてもいいんじゃない?』というよりも『お金のことなら大丈夫』って意味で言ったんです。男の人って、生活があるから家族を養わなきゃっていう考えに囚われがちじゃないですか。
だから私は、主人にはのびのび好きなことをやってほしくて……。今の時代、お笑いだって路上でもできるし、YouTubeでも発信できる。視野を広げたらいろんな選択肢があるんじゃないかな? って伝えたかったんです。“吉本の芸人”にこだわって謹慎し続けなくとも、好きなことをやれるよって意味だったんです」
続けて「夫婦の、やれるほうがやって稼げるほうが稼げばいい」と杏奈さん。
「子どもがいるお母さんが夜、子どもを置いて友達と食事に行くだけでも負い目を感じたりしますが、やっていることは同じでも、男であるか女であるかで批判の度合いが違いますよね。主人や家族が子どもを見ていてくれるんだったら、外出してもいいと思いますし、夫婦だけでご飯を食べに行くのも私は賛成派です。自立して生きる女性も多くなったなか、仕事の息抜きも必要。男女や夫婦というより、結局は“人と人”じゃないですか?
“芸能人”というくくりもそうですよね。“税金の申告漏れ”の件や“タピオカ騒動”のときもそうですが、責任ある仕事をされていると、何かトラブルが報じられてしまうと人生に関わるような大ごとに発展してしまいすよね。芸能人が生きづらい時代になったなと思います。
私は芸能界という華やかな世界は大好きですが、それ1つを軸に活動してくのは怖すぎる時代なので自分でビジネスを手広くやっていきたいと思っています。例えばCMも積極的にオファーが欲しいとは思わない。……まぁ、もちろん、もともと来やしないんですけど(笑)。些細なきっかけがあるだけでも賠償金とか大変なことになりそうですよね(笑)」
夫の復帰よりも“YOSHIKIのディナーショー”
お互いが望む生活スタイルを、ということで、杏奈さんは現在のHGの仕事内容もあまり知らない。8月の終わりにHGの復帰ライブが『ルミネtheよしもと』で行われたのだが、
「復帰なので見に行こうかなとは思ってたんですけど、日程がカブったYOSHIKIさんのディナーショーのほうに行ってしまったんです(笑)。私、昔からYOSHIKIさんのことが大好きで。それには勝てなかったですね」と笑う。この程よい距離感、干渉しすぎない関係が夫婦円満の秘訣だろう。
「主人には、このままで好きなことを続けて生きていってほしいですね、ずっと元気で」と杏奈さん。これが彼女なりの“愛の形”だ。
そんな杏奈さんは新たな事業として、トリートメントとヘッドスパの髪質改善サロンをオープンさせた。これまでも“店内の半分がキッズスペース”のカフェを開店してすぐ閉店に追い込まれてしまったりと、失敗も数多く重ねてきたという彼女だが、彼女は過去を一切、振り返らない。全部自分のお金でやっているのだから「いい勉強代だ」というスタンスだ。
「みなさんカットやカラーをするときの行きつけの美容室ってもうあると思うんですよ。それとは別に“髪の毛のエステ”みたいなかたちで気軽に通えるトリートメントサロンがあったらいいな、と自分が思い、はじめることにしたんです。いきなり“パンッ!”とアイデアが浮かんだので、そのまますぐに物件を契約しましたね。流行らなくても“こういうのを待っていた”と言ってくれる人がいればいいな、と!」
“我が道をゆく”住谷さんの挑戦はこれからも続く。
(構成・文/衣輪晋一)