2019年11月3日、ついに嵐がジャニーズ事務所では初となる「全シングルの音楽配信」に踏み切った。この発表以降、各音楽配信サイトのチャート上位には今日に至るまでなお、嵐の作品が多数ランクインしている。
このニュースについて、櫻井翔はのちに「決断に至った2つの理由」を出演番組で明かしていた。ひとつは「世界中のファン、そして日本のファンと、インターネットを通じてみんなで一緒に大きな夢を描くため」。そしてもうひとつは「嵐からの後輩への置き土産」であるのだという。
令和元年のアイドルソングとその現状
「インターネット(音楽配信)を通じてファンと一緒に描く」「嵐からの後輩への置き土産」。この言葉の意味をより深く抑えるためには、嵐が現在トップランナーとして牽引している令和アイドルシーン、特に音楽作品における現状を知ることが必要かもしれない。
まずためしに、令和が始まった2019年上半期のオリコンCD&デジタルシングルランキング、そして2019年発売曲のみで構成されたJOYSOUND上半期カラオケランキングをそれぞれ見比べてみよう。
【オリコン】2019年 上半期シングルランキング/トップ5
1位 AKB48『ジワるDAYS』
2位 乃木坂46『Sing Out!』
3位 欅坂46『黒い羊』
4位 日向坂46『キュン』
5位 King&Prince『君を待ってる』
【オリコン】2019年 上半期デジタルシングルランキング/トップ5
1位 米津玄師『Lemon』
2位 back number『HAPPY BIRTHDAY』
3位 あいみょん『マリーゴールド』
4位 米津玄師『Flamingo』
5位 菅田将暉『まちがいさがし』
【JOYSOUND】2019年発売曲 上半期カラオケランキング/トップ5
1位 back number『HAPPY BIRTHDAY』
2位 King Gnu『白日』
3位 市川由紀乃『雪恋華』
4位 椎名佐千子『漁火街道』
5位 Aimer『I beg you』
「ファンからの支持」が直結しているCDシングル売上を見れば、令和に突入した2019年においてもなお、アイドルソングは音楽作品を通じてたくさんの支持を集めることに成功しているといえる。
しかし指標がデジタル市場や、アイドルファン以外の興味関心が多分に含まれたカラオケランキングになると、状況は一変。CD売上で圧倒的な存在感を見せているはずのアイドルソングたちは、もれなく圏外へと落ちていってしまうのが実情だ。
ちなみに、オリコン売上&JOYSOUNDのカラオケランキングでアイドルソングが同時期にトップ5入りを果たしていたのは、現時点で2013年リリースのAKB48『恋するフォーチュンクッキー』(2013年オリコン年間シングルランキング2位/2014年JOYSOUNDカラオケ年間ランキング2位)が最後の記録にもなっている。
ということはランキングの二極化、つまりアイドルの音楽作品と世の関心の間にできてしまった「距離」は、もう6年も、そして令和の今この瞬間も、止まらずにずっと広がり続けているということになる。
なぜ“国民的アイドルソング”は誕生しなくなったのか
平成の後半から令和のはじまりにかけて、なぜ日本のアイドルソングは世間一般の関心から離れていったのか。
かつて人々の共通の話題として、圧倒的な力を持っていたテレビコンテンツの衰退。ほかにもさまざまな要因はあるものの、その疑問を探るには、やはり国内で広がっていった「デジタル音源のダウンロード購入や定額制音楽配信サービス(サブスクリプションサービス、以下サブスク)」の話題を避けては通れないだろう。
総務省の令和元年版・情報通信白書によれば、ちょうど日本でスマートフォンの世帯保有率が50%を突破したのは、『恋するフォーチュンクッキー』がヒットしていたのと同じ2013年になる。
そのころからスマホアプリでの音楽再生が普及し、さらに2015年ごろからApple MusicやSpotify、LINE MUSICといった大手サブスクが一斉に登場したことで、日本国内のデジタル音楽市場は、急速に成長を遂げていくことになった。
しかしスマホ時代到来の直前に、ファン向けの購入特典という“発明”でCDチャートを制覇していた日本の大手アイドル運営は、一度、手にしてしまった成功の記録を手放せず、結果として音楽配信の分野ではかなり後れを取ってしまう。
例えば『恋するフォーチュンクッキー』のあとも、オリコンのシングル年間売上1位記録を伸ばし続けているAKB48は、音源のダウンロード販売自体は行っていたものの、サブスクについてはしばらくの間、CD発売から半年が経過しないと最新音源を聴くことができなかった。
そして男性アイドルでいえば、日本国内でトップのCD売上を誇るジャニーズ事務所のアイドルたちが、これまでデジタルフル音源の販売や、Youtubeでのミュージックビデオ配信をほとんど行ってこなかったという事実がある。
気になった音楽があれば、その場で調べて気軽に楽しむ。そんなスマホのある生活と完全に結びついた世の関心は、大手で有名であるほどCDの世界に閉じこもりがちだったアイドルからはどんどん遠ざかっていった。その結果「日本アイドルシーンの閉塞化」がいよいよ極まってきてしまったのだ。
しかし、ここでついに嵐が動いたのである。いや、これまで頑(かたく)なにネット進出をしてこなかった所属事務所のマネジメント方針を思えば、「やっと動くことができた」と言ったほうが正しいのかもしれない。
活動休止直前のアイドルによる挑戦と願い
11月3日に始まった嵐のデジタル配信解禁は、もちろん過去作の再評価や最新作のさらなる認知など、グループ自身に還元されるものもたくさんあるだろう。
しかしそれ以上に大きかったのは、この決断がトップアイドルグループの音楽作品をもう一度、日本の日常に結び付けていこうという、世間への「挑戦」
この先に見据えられているのはおそらく「世間と切り離されてしまったアイドルシーンの再集約」。そして、2020年末での活動休止もすでに公表している嵐の先導によって、アイドルが世間の関心と重なる大動脈がもう一度、確立できた場合そこには一体何が生まれるのか。
それはおそらく、2020年12月31日以降のアイドルシーンにおける「新たな国民的アイドルの誕生」。これまでのテレビ、CD、コンサートというルートだけでは決して生まれなかった、アイドルシーンの新しい未来、その可能性なのである。
《世界中に放て Turning up with the J-pop!》(嵐『Turning up』より)
あくまでも自分らしさ、日本のアイドルが歌い繋いできた“J-POP”のよさを貫いて、制作されたという彼らの初デジタルシングル『Turning up』。その“挑戦”の歌声を聴いていると、同時代に生まれ育ってきた、いちアイドルファンとしても大きなエールと感謝の言葉を送りたくなる。
乗田綾子(のりた・あやこ)◎フリーライター。1983年生まれ。神奈川県横浜市出身、15歳から北海道に移住。筆名・小娘で、2012年にブログ『小娘のつれづれ』をスタートし、アイドルや音楽を中心に執筆。現在はフリーライターとして著書『SMAPと、とあるファンの物語』(双葉社)を出版しているほか、雑誌『月刊エンタメ』『EX大衆』『CDジャーナル』などでも執筆。Twitter/ @drifter_2181