「中学校の成績は、体育とか美術は5段階評価で『5』。それ以外は『2』か『3』、英語は『1』でした(笑)。私、授業態度めっちゃいいんですよ。提出物も必ず出したし、勉強も頑張った。人の10倍勉強しても、なぜかテストが全然できなかったんです」
露木志奈さん(18)は、横浜中華街で生まれ育った。家は街中だが、幼稚園は野外活動を大切にする横浜市の『トトロ幼稚舎』に通い、野山を駆け回り元気に育った。そこを選んだのは母の由美さんだ。
「志奈は4人きょうだいの2番目。1人目の兄がかなりやんちゃで、公園に行っても居場所がなかったんです。その幼稚園は、そんな彼を否定せずに肯定してくれました。いいところを認めてのびのびと伸ばしてくれた。そこにきょうだい全員を通わせました」
昼食を子どもたちが飯ごうで炊き、卒園遠足では箱根を30キロ歩いた。自分で考え人と協力し、工夫してやり遂げる楽しさを生活の中で身につけたと志奈さんは振り返る。
活発で明るく、友達も多かった。地元の公立小学校に通ったが、4〜5年生の2年間、長野県泰阜村の『暮らしの学校 だいだらぼっち』に山村留学をした。そこに至ったのは家庭の事情もあったという。
「シングルマザーで、仕事があって休みの日にもあまりいろいろな体験をさせてあげられなかったんです。3年生の夏休みに『だいだらぼっち』を主催するNPO法人グリーンウッドのキャンプに参加したら気に入って、山村留学に申し込みました」(由美さん)
6年生からは地元に戻り、公立の中学校へ進学。勉強も自分なりに頑張った。
「中学に入ると受験のために知識を詰め込む勉強が嫌いになったけど、ガンジーが“明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい”って言ってたから頑張ったの。
それでも、大好きな英語はどんなに勉強しても文法がわからなくて『1』。学校ってテストで成績をつけるところだからしかたないと思ってたけど、今は、単にテストだけで人の評価を下げたり、下に見たりするのはおかしいと思います」(志奈さん)
プレゼンで資金を調達できる「学校」
頑張っても評価されない。興味もあって好きな教科がどうしてできないのかわからない。志奈さんは日本の教育システムを飛び出す決意をした。
「英語だけが目的の留学は認めない」という母の言葉を受け、まずは日本の公立高校を受験し、合格。
高校入学前、バリ島のグリーンスクールに、家族で短期の体験キャンプに出かけた。
「ジャングルの中にある竹でできた校舎を見て、ここは私の学校だ。ここに行きたい!ってすぐに思った」という志奈さん。英語は全く話せなかったが、入ればなんとかなる自信があったという。
「私はずっと、この子が力を出せるのはなんだろうって考えていました。日本の学校ではこの子の力を十分に発揮できないなとも思っていた。でも、志奈はコミュニケーション能力は抜群なんです。言葉が通じなくてもいつの間にか仲よくなる能力がある。だから大丈夫だろうと思っていました」(由美さん)
日本の公立高校に夏休み前まで通い、その年の8月から単身でグリーンスクールへ。ひとりだけほぼ英語ができないところからのスタートで、「私にはやっぱり英語を習得するのは無理なのか」と思ったこともあったと言うが、寮で同室の子と仲よくなり、つきっきりで英語を教えてもらえるように。3か月で日常会話をマスターした。
「とにかくそれまで通った日本の学校と全然違う。中3から高3まで4学年が学年関係なく自分に合う授業を選択します。テストもほとんどないし、自分で授業を作ることもできる。授業の計画書を作って学校にオファーするんです。F(落第)がついても、先生は“みんな何か長けていることがあるから大丈夫。ほかに好きなことあるんじゃない?”って聞いてくれる。ネガティブなことは言いません」
グリーンスクールには、生徒のやりたい研究や事業を実現するために学校や教師がサポートしてくれるシステムもある。自らプレゼンし、通過すれば資金を調達できる。生徒の役割は自ら考え、やりたいことを実行すること。そして、そのための環境づくりが学校や教師の役割だった。
「みんな同じ教科書で同じスタイルで教えていたら、個性は伸ばせない。グリーンスクールでは先生たちが心から教えたいことを経験に基づいて真剣に教えてくれる。だから、学びたいという気持ちが生まれるんだと思います」
同年代の生徒からも影響を受けた。洋服のブランドを立ち上げて売り上げをインドの子どもたちに寄付した生徒や、環境活動を起こしてバリの法律を変えた同級生もいた。
志奈さんは、妹が化粧品で肌荒れを起こしたという身近な問題をきっかけに、化粧品の成分の勉強を始め、肌の健康に影響のない化粧品を開発。調べれば調べるほど、知識も視野も広がる。最後には環境問題にたどり着いた。
グリーンスクール在学中からオーガニックコスメブランドDARI BARIを立ち上げ、肌にやさしい手作りの化粧品を作りながら、ワークショップを開催。「自然化粧品」という名称のものの多くにも化学物質が使用されており、動物実験が行われていることや、地球上で起こっている環境問題を伝え、持続可能な世界を維持するための知識を共有してきた。卒業後も、日本で定期的にワークショップを開催し、人気を集めている。
「環境に対する負荷を減らす考え方はグリーンスクールでは普通だった。でも、日本に戻ってきて、みんながあまり環境について考えていないことに衝撃を受けました。日本の大学に入ったのは、化粧品を通じて環境問題を広めたいと思ったから。大学で学びながら、会社設立に向けて活動を続けたいと思っています」
9月、志奈さんは慶應義塾大学環境情報学部に入学した。
ワークショップでは、参加者にこんな言葉を届けている。「消費者の選択が地球を変える」─私たちの行動が地球の未来につながっていることを、志奈さんは化粧品を通してしっかりと届けている。その瞳に迷いはない。
「個性」を伸ばす! オルターナティブ教育
汐見稔幸(東京大学名誉教授 教育学)
グリーンスクールが優れている点は、SDGs(持続可能な開発目標)を先駆的に取り入れたところにあります。「君たちこそこれからの社会の担い手だから、持続可能な社会をつくるために考え、行動しよう」としっかりと教育しています。これからの社会を担う子どもたちには、「答えが見つかっていない問い」について自ら考え答えを生み出す力が必要なのです。
日本の学校は、これまでほとんど全員が机に向かってじっと座っていなければならないスタイルでしたが、中には動きながら考えたほうが集中できる子もいます。リーダーシップを取ることが好きな子もいれば、ついていくことが好きな子もいます。
さまざまなタイプの子がそれぞれの個性を伸ばすことこそが教育だということに、日本はこれまで気づきませんでした。しかし、最近では、日本でもようやく、子どもが主体性を発揮し、個性や思考様式、行動様式を大切にして表現することが大事であり、そのほうがより能力を発揮できると考える学校が作られつつあります。本来の教育の姿に近づいているのです。
例えば、「子ども主体の生活」を重要視するフランスのフレネ教育を取り入れた埼玉県のけやの森学園幼稚舎・保育園や都内のジャパンフレネというフリースクール、イギリスの教育家ニイルが設立したサマーヒルを参考にして「自己決定、個性化、体験学習」を基本方針とした福井県のきのくに子どもの村学園など、オルターナティブ教育は注目を浴びています。2020年には軽井沢風越学園が開講しますし、広島県では'22年度から公立イエナプラン教育校をスタートさせることが決まっています。これからの日本の学校教育は、こうしたオルターナティブ教育に先導されて大きく変わっていくことが求められています。
(取材・文/太田美由紀)