水道民営化によって「水の安全」が懸念されている。しかし、施設の老朽化や温暖化などで、すでに差し迫った危機を迎えていることはあまり知られていない。水ジャーナリスト・橋本淳司さんが報告する。
水道には由々しき問題がたくさん
2019年10月1日、改正水道法が施行された。目的は疲弊した水道の「経営基盤強化」。水道の現状は次の3点にまとめられる。
(1)水道事業の収入減
1人あたりの水使用量は減っている。理由は、節水機器が普及したこと。水洗トイレを流すと20年前は13リットルの水が流れたが、現在は5リットル。今後も世界的な水不足に対応するため節水技術は進歩し、使用量は減っていく。同時に人口が減ってくる。1人が使う水の量が減り、人口が減るので全体の水使用量は減少。さらに水道の得意先だった病院やホテルの一部が敷地内に井戸を掘り、地下水を使うようになった。こうして水道事業は大幅に減収した。
(2)施設の老朽化
老朽化した水道管の破裂事故は、毎年1000件超。法定耐用年数40年を経過した管路(経年化管路)は15%あり、法定耐用年数の1・5倍を経過した管路(老朽化管路)も年々増えている。'18年6月18日に発生した大阪府北部地震では水道管が破損し、21万人が一時的に水を使えなくなった。7月4日には東京都北区で老朽化した水道管が破裂、地面が陥没した。厚生労働省は水道事業者に更新を急ぐよう求めるが財政難から追いつかず、すべての更新には130年以上かかる。
(3)水道職員の減少
業務の民間委託が進み水道現場を担う職員の減少が加速した。1980年に全国に7万6000人いた水道職員は、現在は4万5000人ほどに。全国的に水道事業から地域の水環境に関する知見や専門性の高い技術が失われ、多発する災害への対応が懸念される。
こうした問題に対応したのが改正水道法だ。水道事業を隣接するいくつかの自治体と共同して行う広域化、人口減少社会に合わせて水道施設を減らすなどの適正規模化を推進。同時に、自治体が水道施設を所有したまま事業の運営権を民間企業に一定期間、売却する「コンセッション方式」の選択も可能になった。
'16年12月19日に開催された第3回未来投資会議で、水道事業へのコンセッション方式の導入が議論されている。
竹中平蔵議員(当時)は、
「上下水道は全国で数十兆円にのぼる老朽化した資産を抱えている。ヨーロッパでは民間による上下水道の運営がわりと普通になっており、年間売り上げが数兆円にのぼるコンセッションや、非常にダイナミックにIoTを取り入れて、第4次産業革命と一体になって水道事業をやっている」と述べた。
また、大手企業の経営者なども「都内の地下鉄や上下水道、空港をコンセッションにすれば投資金額の合計は数十兆円になり、地盤沈下した金融市場を活性化させるカンフル剤にもなりうる」と発言。
このように、水道をはじめインフラに企業の余剰資金を投資し、リターンを得ようとする構想があった。
動き出した水道民営化
コンセッションはメディアなどで「民営化」「部分的な民営化」と報じられた。「完全民営化」、「業務委託」、「コンセッション」の違いは以下のとおり。
◎完全民営化……民間事業者が自由裁量で運営。最終責任は民間事業者にあり。 ※イギリスなどで実施
◎業務委託……民間事業者が自治体の指示による使用発注書に基づき運営。最終責任は自治体。 ※水道法改正前から可能
◎コンセッション……民間事業者が自由裁量で運営。最終責任は自治体。 ※水道法改正後から可能に
宮城県は、上水道と下水道、工業用水の3つの水道事業の施設を保有したまま、運営権だけを民間企業に売却する「コンセッション方式」の導入を目指していて、実現に向けた条例の改正案をまとめた。早期の導入を目指している。
コンセッションは契約と情報公開が要である。注意してほしい点は、コンセッションとは仕組みの大枠のことで、詳細は自治体と企業と個別契約による。水道事業のどの部分を企業がどう行うか、どちらがどのような責任を負うかなどを詳細に契約する。そして、契約がきちんと遂行されているか企業は情報公開、自治体はモニタリングを行う。
もとの契約に不備があったり、企業の情報公開が不十分だったり、自治体にモニタリング能力がないと、金の流れや業務の質が見えにくくなる。水道料金の上昇やサービス悪化を招きかねない。
さらに関連する問題として、自治体の技術・管理能力の継承がある。コンセッション導入から数年は能力のある職員がいて、企業の業務が適正かを監督できるし、災害時には現場で対応することもできる。
だが、コンセッション導入から一定の年月が経過すると水道事業に精通した職員は減っていき、コンセッション契約の終了時には、そうした職員の多数が退職する。そのため契約を更新せざるをえない状況になり、民間企業に有利な契約内容になる可能性もある。
つまり、契約終了後のビジョンをもつことがとても重要になる。海外でコンセッションした水道が再公営化した事例がある。その割合は少ないが、普通に考えれば、よほど自治体に資金と人材がなければ難しい。
地球温暖化という新たなリスク
昭和時代の水道普及期と現在では、水道の課題が違う。そこを見誤らないことが重要だ。昭和では人口増加、需要増加、水質汚染などへの対応が急務だった。一方、現在は人口減少、需要減少、気候変動が課題。現在の水道事業には、後者に対応する能力が十分にない。これが市民生活を脅かしている。
インフラ更新は、設備老朽化とともに定期的にやってくる。例えば1970年に設備投資のヤマがあれば、2020年、2070年ごろに更新投資のヤマがくる(施設の材質などが同じ場合)。一方、人口減少すれば、過去につくったインフラの稼働率は低くなる。現在の水道施設の利用率は全国平均で6割ほど。人口減少に直面する地方ほど施設のダウンサイジング(小規模化)が急務だ。
水道普及期と違い、現在は地域ごとに最適な水道をつくっていく必要がある。岩手県北上市、花巻市、紫波町の3市町は、水道事業を共同で行う、岩手中部水道企業団を設立した('14 年4月1日)。この3市町では人口減少が進み、今後の給水人口は大幅に減少、水道料金は増加すると予測されていた。
企業団が設立されてから5年。'18年4月までに、34あった浄水場を29に減らし('25年までに21に減らす予定)、取水施設は36から32に減らした(同・23に減らす予定)。その結果、約76億円の経費が削減され、浄水場の稼働率も5割から8割まで上昇した。
エネルギーという視点も大切だ。上下水道には、多くのエネルギーが使用されている。台風15号が直撃し、千葉県では甚大な被害が発生した。電柱が倒れ、電線はズタズタ、電力喪失した。台風による大規模停電は県内で約64万戸、断水は約8万9000戸にのぼった。
水道事業にかかる電気を減らすという発想は、経営的にも災害対策としても重要だ。固定的にかかる電力量を節減できれば、水道経営は効率化できる。低い場所にある水源から取水し高所の浄水場まで導水するのではなく、伏流水やコミュニティー内の地下水などの水源に注目し、高低差を活かして水を運べば、電力は減らせる。
山間にある小さな水道施設は水道行政からはお荷物のように見られているが、小水力発電の拠点として活用することができる。地下水は地域の水源として貴重だが、温度が年間でほぼ一定なので夏は冷熱源、冬は温熱源として利用できる。
水道法では資産台帳整備が義務づけられた。台帳は今後の事業計画策定、広域化計画、ダウンサイジングに欠かせないものだが、はたして、すべての自治体が作成できるのか。前述したとおり、水道現場を担う職員の削減が加速、そのため水道事業から専門性の高い技術が失われつつある。
例えば、水道管からの水漏れをふさぐ技術にもばらつきがある。水道水は浄水場でつくられ水道管を通って各家庭に送られ、水道メーターを通過してはじめてお金になる。ところが、水道管がボロボロの自治体では、浄水場でつくった水の半分以上が水道管から漏れている。これはパン屋が100個パンを焼いたが、店に並べようとしたらいつのまにか50個になっているようなもの。経営改善は無理だ。
北海道羅臼町には、この8年間、水道職員が1人しかいなかった。漏水対応などを地元業者の協力のもと1人で行ってきた。プライベートの旅行などでも道外へは出なかったそうだ。しかし、日々の業務に追われ、台帳を作成する余力はない。
台帳がつくられていない自治体は羅臼町だけではない。厚労省の調査では全国の約4割の自治体が正確な図面をもっておらず、小規模事業者はこの割合が多くなる。民間のコンサルタントの活用が促されているが、事業が赤字で費用の捻出が難しいケースもある。基盤強化の第一歩を踏み出すには人と金の手当てが必要だ。小さな事業者に自助努力を求めるだけでは、基盤強化はかけ声だけになるだろう。
災害に弱い水道がもたらす深刻な被害
今年9月の台風19号は全国各地に甚大な被害をもたらした。国土交通省によると、豪雨で川の堤防が壊れる決壊は7県、71河川、140か所で発生。川の水が堤防を越える越水は16都県の、のべ285河川で発生した。
同時に数多くの浄水場が浸水し、断水が発生した。福島県いわき市では平浄水場の運転停止により4万5400戸が断水。宮城県丸森町では町内の浄水場の取水機能が停止、水道管も各所で破損し、全域で断水となった。完全に断水が解消されたのは10月末である。このとき発覚したのが危ない場所にある浄水場だ。浸水想定地域にある浄水場3152のうち、2552施設で防水対策がなかったのである。
今後も、このクラスの台風がたびたびやってくるだろう。気象研究所のシミュレーションでは、今世紀末に世界の平均気温が3度から4度ほど上がるというシナリオで温暖化が進んだ場合、日本の南の太平洋に限ってみると中心気圧920ヘクトパスカルほどの猛烈な台風の発生・通過は、現在10年間で平均3つ程度なのに対して、今世紀末には10年間で5つほどに増えるとされる。
加えて、海面上昇そのものが指数関数的に上昇するとの予測が現実のものとなれば、被害はさらに拡大する。気候変動という課題にどう向き合うかが急務だ。
今回、冠水した浄水場は流域内で水が集まりやすい場所にあり、今後も冠水する可能性がある。台風19号は「これまでにない」「特別なもの」ではない。地球温暖化で海水温が上がり台風はエネルギーを蓄える。温暖化は大気の流れを緩やかにし台風の移動スピードは遅くなる。それは長期間にわたって豪雨が降り続くことを意味する。つまり、これまで沖縄や九州にやってきていた「強くて遅い台風」が、全国的にやってくると考えたほうがいい。
台風19号の際、治水の面で「流域単位で考えるべき」という意見が出ていたが、水道事業も自然の水を相手にする仕事なので、流域という視点をもったほうが合理的だ。
山に降った雨は、尾根で分かれ、低い所へと流れ、川に集約され、海へ出る。この流域という視点で水道事業を見直すと、さまざまなものが見えてくる。森林が荒廃すれば貯水機能は弱まり、渇水や水害のリスクは高まる。水田の減少は地下水の減少につながる。同じ流域に住む人は同じ水を使い、ときには洪水や渇水、水質汚染などの影響をともに受ける。
現在は水源地の荒廃が問題になっている。森林が放置されたり、皆伐されたりすれば、降水時の原水が濁ってしまう程度も頻度も上がる。想定を超えた雨が降る時代に備え、水源林の整備は大事だ。東京都、横浜市などでは水道事業者が主体的に管理しているが、ほかにも複数の自治体が同様の施策を行おうとしている。土地所有のコストが発生するが、長期スパンで見ると水質の安定化につながると考えられる。
また森林には、地球温暖化につながる二酸化炭素を吸収する能力がある。今後、排出権市場が整備されれば所有する森林が収入源になる可能性がある。このほか洪水抑止の能力もある。
流域という視点で水循環を健全にしていく人材と部署が自治体内に必要だ。「水循環健全部」のようなものだ。もちろん、流域境と自治体境は異なるので、流域単位の管理が理想であるが、そうした組織づくりには時間がかかり、豪雨災害はそれをまたない。だからまずは自治体内に「水循環健全部」をつくり、流域連携が基本であることを理念として掲げる。
水道事業の広域化で人知を集積してダウンサイジングを図り、逆に、数軒しか家がないような集落では独立型の水道を考えるなどして、地域や環境に合ったさまざまな対策を講じていかなければ水道事業は継続できない。さらには多発する豪雨災害への対策、荒廃した森林の保全など、水道の枠を越えて総合的に水行政を担う人材も必要だ。
「水循環健全部」を設立し、その中に水道課、下水道課、林業課などができるとよい。流域固有の水問題を総合的に扱う人材を養成していくことも急務だ。
これらの施策のためには資金が不可欠。拡大する軍事費を防災にあてることが最大の安全保障である。
(執筆/橋本淳司)
橋本淳司 ◎水ジャーナリスト、アクアスフィア・水教育研究所代表。出版社勤務を経て現職。水問題やその解決方法を調査、発信している。『水道民営化で水はどうなるのか』(岩波ブックレット)ほか著書多数