今年4月、「パンが農薬で汚染されている」というショッキングなニュースが流れてきた。市販の食パンの7割から除草剤『グリホサート』が検出されたのだ。
検査結果を発表したのは 農民連食品分析センター。同センターは食パン以外に小麦粉やパスタなども検査。検査した小麦粉17商品中13商品、パスタやシリアルなど7商品中5商品からグリホサートが検出された。食パンの場合、15商品のうち11商品からグリホサートが検出。検査した全39商品中、7割の29商品が汚染されていたことになる。
この結果を見ると、国産小麦を使ったものからは検出されていない。農林水産省の検査では、米国産小麦の97%、カナダ産小麦の100%からグリホサートが検出されているため、輸入小麦が原因と思われる。
グリホサートは除草剤耐性の遺伝子組み換え作物で知られる農薬『ラウンドアップ』の成分として知られる。この20年間で大豆の9割、菜種のほとんどが遺伝子組み換えとなっている。
しかし、小麦は遺伝子組み換えではないのに、なぜ「米国産97%、カナダ産100%」ものグリホサートが検出されるのだろうか。
それはラウンドアップが、小麦や大麦、オーツ麦などの乾燥剤として収穫前に散布されているからだ。収穫前にラウンドアップを散布すると、小麦を枯らし、収穫を容易にするとともに、不ぞろいに熟することが多い小麦の成熟度が均一化されるメリットがある。
グリホサートは、'15年に世界保健機関の専門機関・国際がん研究機関(IARC)が発がん性物質に分類した。その後、アメリカで、ラウンドアップによりがんに罹患(りかん)したと訴えた人が勝訴している。
ラウンドアップはグリホサートに補助成分として非イオン系界面活性剤ポリオキシエチレンアミン(POEA)を添加している。POEAは遺伝子を傷つけるといわれており、グリホサート単独よりもPOEAを添加したラウンドアップのほうが、毒性が強い。そのため専門家からは「補助成分も含めたラウンドアップ製剤の安全性について見直すべき」との指摘もある。
ところが日本では、'18年に、グリホサートの残留基準値を大幅に緩和している。小麦/5→30ppm、ライ麦/0・2→30ppm、/トウモロコシ/1→5ppm、そば/0・2→30ppmといった具合。グリホサートの健康への影響が次第に明らかになり、世界各国が使用を削減・禁止するなかで、いかにも時代錯誤だ。
そんな中、アメリカの母親たちは『マムズ・アクロス・アメリカ』(MAA)を組織。子どもたちの健康のため、遺伝子組み換え食品の表示を求める運動や有機食材の利用を呼びかけた。
MAAは'14年、全米から母乳と子どもの尿、水を集めて検査を実施。その結果、母乳10検体のうち3検体からグリホサートが検出された。母乳から検出されたことで、グリホサートが母体の中に蓄積していることがわかった。
また、子どもの尿の検査では、EUで行われた同様の検査の最大値が0・16μg/リットル~1・82μg/リットルであったのに対し、結果は約8倍だった。
こうした調査結果を受け、「子どもたちの身体に起こっていることの原因が食べ物であるとすれば、“食べ物が私たちの子どもを殺すことがある”というのが新たな常識」と、MAA創設者のゼン・ハニーカットさんは言う。MAAはグリホサートを含まない有機食材に切り替えることで子どもたちの健康を取り戻そうと呼びかけている。
ミツバチの大量死を招くオオニコ農薬
グリホサートと同様に、世界の潮流とは裏腹に日本で規制緩和が進む農薬がある。ネオニコチノイド系農薬(ネオニコ農薬)だ。世界中でミツバチの大量死を引き起こした。
ネオニコ農薬とは、ニコチンと似た働きをする農薬との意味で、その特徴は「浸透性」にある。普通の農薬であれば、表面を洗うことで農薬を除去できるが、浸透性農薬の場合は内部にしみ込んでいるので洗っても落ちない。植物の種子をコーティングしたネオニコ農薬が種子から吸収され、樹液に侵入すると、その植物全体に毒性が回り、樹液を吸った昆虫にも影響がおよぶという。
そのためフランスでは、種子のコーティングによりヒマワリの花粉と蜜にネオニコ農薬が含まれ、それがミツバチの巣の崩壊を起こしたとして種子のコーティング処理を禁止している。
日本で初めてネオニコ農薬の危険性を指摘したのは群馬県の青山美子医師たちだ。松くい虫防除のために無人ヘリで農薬散布をしたあと、多くの人がめまいや震え、一時的な物忘れなどの中毒症状を示した。また、果物をたくさん食べた人なども同様の症状で同医師の病院を訪れた。
青山医師とともにネオニコ農薬による中毒症状について研究していた東京女子医科大学東医療センターの平久美子医師は、国産果物や茶を多めに摂取すると中毒症状に達し、手の震えや物忘れ、不整脈、食中毒を起こすと指摘、「日本の食品残留基準値が欧米に比べ“ケタはずれに高い”ことが問題」であるとした。
さらに東京都神経科学総合研究所の木村―黒田氏は、ネオニコ農薬が「胎児や小児などヒト発達期の脳の正常な発達に影響を与える」との研究論文を科学雑誌に発表している。
EUでは'04年ごろに、ミツバチの巣の崩壊がネオニコ農薬による種子コーティングが原因と特定され、種子のコーティング処理が禁止されるなどしてきたが、ミツバチの巣の崩壊は世界各地に広がっていった。日本でも'06年ごろから各地でミツバチの大量死が起こった。日本の場合、田んぼのカメムシ対策でネオニコ農薬が使われることが大きな原因だ。
'11年には国連環境計画(UNEP)が「世界の農産物の6割以上がハチによって受粉されている」「ミツバチなどの花粉媒介昆虫に有害な浸透性殺虫剤の使用を続ければ、花粉媒介生物に依存する推定2000種の花咲く植物が今後、数10年で絶滅する」との報告書を発表している。
日本では国立研究開発法人・森林総合研究所がUNEPの報告書を受けて「花粉を運ぶ昆虫などが日本の農業にもたらしている利益は、日本の農業産出額の8・3%、およそ4700億円に相当する」として、花粉媒介生物の減少は農業生産の減少や生産コストの増加に結びつくとの報告書をまとめている。
またEUは'13年、ネオニコ農薬3種の使用を2年間凍結するとともに、木村―黒田氏の論文を根拠にヒトへの影響を認めた。
アメリカでは「ミツバチは動植物への広範な影響の早期警戒指標である」との考えから、'14年に当時のオバマ大統領が花粉媒介生物保護のための特別委員会を設立、「国家花粉保健戦略」をまとめるとした。またアメリカ環境保護庁はネオニコ農薬に「ハチなどの昆虫に有害」との表示を義務づけた。
このように、世界が花粉媒介生物の保護のために、ネオニコ農薬の凍結などの対策を行っているのに対し、農林水産省は「ネオニコ農薬はイネのカメムシ防除には重要」「人や水生動物に対する毒性は弱い」との見解を変えていない。
イネのカメムシ対策は、カメムシが吸汁した米粒には黒い斑点が残り、この「斑点米」が1000粒に1粒まじると1等米、2粒以上だと2等米になり、60キログラムあたりの買い取り価格に1000円近い差がつくため、生産者は行政が発する「カメムシ注意報」に合わせて農薬をまく。しかし斑点米は「色彩選別機」で簡単に除去できるので「わざわざ農薬をまく必要はない」と、米の生産者は言う。
さらに農水省は、'13年にネオニコ農薬の基準を大幅に緩和、3ppmだったホウレンソウの残留基準値を40ppmに、0・02ppmだったカブの葉を40ppmに変えた。
基準値緩和に反対していた市民団体は「体重16キログラムの子どもがホウレンソウ40gを食べただけで急性中毒になる」と抗議したが、農水省は「農薬を使う以上、効果がないと意味がない」との考えを示している。
食べる側の意見を聞こうとしない。その姿勢を国が変えない限り、「食の安全」は脅かされるままだろう。
(執筆/上林裕子)
上林裕子 ◎フリージャーナリスト。北海道生まれ。業界専門誌を経て現在、ニュースサイト「ハーバービジネスオンライン」、「日刊ベリタ」などで執筆。食の安全をテーマに、生活者の視点から取材を続ける