最近、目はかすんでよく見えないし、人の名前も覚えられない……困っているけど、「トシだからしかたない」と後ろ向きになっている人に朗報です。
“身体の衰え=劣化”だと思っていた「老化あるある」のほとんどは、実は“身体の正しい変化”。変化と上手に付き合って、100歳までアクティブに楽しく暮らす知恵を紹介します。
身体の正常な「変化」と向き合う
ある年齢を越えると、病気ではないのに、ちょっとした身体の不調や、記憶力の低下を感じることが増えてきます。
「トシだからしかたない」とあきらめがちですが、それ、本当に「トシのせい」でしょうか。
眼科専門医の平松類先生は、加齢で感じる悩みの多くは、身体の正常な「変化」だと言います。
「老化は劣化と思われがちですが、年齢とともに身体が変化しているだけ。身体の変化に合った工夫をすれば、何歳になっても快適な生活が望めます」(平松先生)
平松先生は延べ10万人以上のお年寄りを診察した経験から、「目の能力を使いきれていない人」や「耳の能力を使いきれていない人」がとても多いと感じているそうです。一方、充実した老後を送るコツも患者さんから学びました。
「たとえ、視力が衰えても、幸せに暮らしているお年寄りはたくさんいます。認知症を発症しても、世のため人のために尽力し続ける人もいます」(平松先生)
頑張らない&発想の転換が重要
トシをとることを「正常な変化」と考えると気が楽になりますが、中年の域に入ってから、急激に衰えを感じるのも事実です。
「そこが問題なのです。私たちの身体の細胞は、20歳ごろをピークに徐々に減少してきています。それにともない、肌の保湿力や筋肉の弾力、内臓や脳の機能も少しずつ変化してきています。
ただ、若いときはエネルギーにあふれているので、変化に気づかないのです。ところが家族や仕事で肉体的・精神的にストレスフルな中年期になると、急に身体の変化に気づいて焦り始めるのです」(平松先生)
先生の専門である目の話でいえば、「老眼」も、実際には10代から症状が現れる人もいるのだとか。
「ポイントは変化に気づいたら、今までどおりのやり方で頑張ろうとしないこと。便利な道具を使う、作業の方法を変えるなど発想の転換が重要です」(平松先生)
「老化だからしかたない」という前に、変化する身体との付き合いかたを、次ページ以降のQ&Aを読んで身につけましょう。
気になる身体の不具合、これは老化でしょ!?
病気的な変化でなく、心身の正常変化。正しく対応すればいいんです。
段差のないところでコケてしまうのですが…
A.視力に合ったメガネやコンタクトが必要です。
太ももとつま先が十分に上がっていないと、つまずくことがあります。でも、それで転ぶわけではありません。人は歩くときに一瞬、片足立ちになり、身体のバランスをわざと崩します。着地時に崩れた体勢を立て直せればよいのですが、バランス感覚が悪くなると、転んだりするのです。
その第一の原因は視力です。視覚で私たちはバランスを補正しているのです。まずは、遠くも近くも見えるメガネやコンタクトレンズをつけること。無理に筋力をつけるよりも、よっぽど効果があります。
トレーニングをしたいなら、目をつぶって片足立ちを15秒。これを毎日続けるだけで、バランス感覚は蘇ってきます。
スマホを見続けるとピントが合わなくなります
A.20代でも起きること。じんわりピントが合えば問題なし
ピント合わせに必要な筋力の変化が原因です。若い人でも同じようなことが起こりえますから「老化」ではなく「変化」と、とらえましょう。
予防策としては、目から30センチ先、1m先、2m以上先の3点を、順に見るトレーニングを10回繰り返すのがおすすめ。スマホや読書で疲れたときに試してみてください。
プリントなど軽いものをすぐに落としてしまう
A.皮膚の感覚が薄くなっています。手袋やクリームで保護を
重いものを落とすのであれば筋力の問題ですが、プリントや新聞紙などを無意識に落としてしまうのは皮膚の感覚が薄い証拠。その感覚は皮膚が潤ってピーンと張っているほど敏感。
最近は食器用洗剤などの威力が高まったぶん、家事をする人の皮膚には刺激が強すぎる場合があります。洗剤使用時はゴム手袋で皮膚を守り、クリームで保湿を。冬の外出時は手袋を常用しましょう。
近くのものが見えづらい。でも老眼鏡はかけたくない……
A.「近くを見るためのレンズ」であって、老眼鏡とは考えないで
本格的にトシをとったような気がするので老眼鏡は使いたくないという患者さんは多いのですが、今はスマホ老眼という言葉もあるほどで、20代であっても「近くを見るためのメガネ」を使うようにすすめています。
特に近視のある人は、遠近両用のメガネやコンタクトを早めに作ってください。早い段階であれば、遠くも近くも見やすく、目の負担も減らせます。症状が進むと、手元用と遠く用に、メガネを分けざるをえなくなり不便です。メガネをかけ替える動作は年寄りくさく見えますから、ぜひ早めの対処を。
家族や周囲とトラブル急増。これはトシのせいでしょ!?
自分と家族の意識のすれ違いだから、すり合わせていきましょう。
家族の話が聞き取れずケンカばかり
A.相手の話し方に原因があります
「エッ!?」「ナニ?」と聞き返すと、「もう、いいよ。どうせ聞いていないんだから!」とケンカになるパターンですね。
耳鼻科で検査しても問題がなければ、たいていは「話す側」に原因があります。家族だからわかるだろうと、主語を抜いて話したりボソボソした話し方をされると、聞き取れないのは当然です。久しぶりに帰省した娘や息子が、親が話を聞かないと怒るのはよくある話ですが、話す側が話し方や言葉をかえりみる必要があります。また、娘さんの声のような高音が聞き取りづらくなるのも確かです。
もし家族に「聞いてない」と叱られたら「わかるようにゆっくり話して」と堂々と言ってよいのです。
「よっこらしょ」がつい出てしまい子どもに嫌悪される
A.筋肉や体幹に力が入りやすくなるので、声に出して正解
アスリートが力を出すときに「ウォー」などと叫びますが、あれと同じです。声を出すことでアドレナリンが分泌され、心拍数や血圧が上がります。また、筋肉と体幹にもよい効果が生まれ、力が入りやすくなるのです。
特に大腿四頭筋という太ももの前面についている筋肉を使うときに「よっこらしょ」は出がちです。もし、減らしたいなら軽いスクワットで鍛えるとよいでしょう。気になるなら、「よし!」とか「頑張るぞ!」に言葉を変えるのも手です。
おならが勝手にプーッ。恥ずかしい……
A.我慢は禁物。家では家族で理解し合いましょう
食事や飲み物と一緒に飲み込んだ空気はげっぷになりますが、うまく出し切れないとおならとなって排出されます。ですから友人と話しながら食事をした後は特に頻繁に出るかもしれません。我慢せず出したほうがよいので、家族同士では許し合いましょう。
ただ、外出先では困ります。おならを我慢するには肛門括約筋の力が必要なのですが、便を出すとき以外には使わない筋肉。若い人でも弱い人はいます。
簡単なトレーニングで鍛えられるので試しては。お尻の穴と、女性は膣も一緒にグッと締めるだけ。10秒締めて力を抜く。1日数回やるだけで、おならのコントロールがしやすくなります。
病院でもコールセンターでも待たされるとイライラする
A.待つことが難しくなるのは、時間を大切にしているから
病院やコールセンターの対応で長時間待たされたときのイライラが、若いときより激しくなったら、人生を有意義に過ごしたいと前向きに思っている証拠。残りの人生が短くなったと自覚すると、「待つ時間」が長く感じるようになるのです。決して悪いことではありません。
ただ、イライラするだけではもったいないので、読書やラジオを聴くなど、上手に時間をつぶす道具を準備しましょう。
なんだっけ? 誰だっけ? 私、やばくないですか?
長く生きているぶん記憶が膨大で、うまく引き出せないだけです。
映画のタイトルも俳優の名前も思い出せない
A.記憶のストックが増えたから、探し出せないだけ
記憶した事柄は、ある一定期間、脳の取り出しやすい場所にありますが、時間がたつと重要度の低いものは記憶の奥のほうへと自動的に振り分けられます。だから、とっさに探せないだけです。
映画評論家でもない限り、タイトルも俳優の名前もさして重要ではありませんから、思い出せなくてもいいのです。
悲しくもないのに涙が出てしまうのですが……
A.脳の問題よりは、「ドライアイ」を疑いましょう
脳の問題の可能性は低いと思われます。まずは目を疑ってみてください。さて、ドライアイと聞くと、目が乾いていると思われがちですが、涙は十分作れているのに、すぐ失ってしまうために、ドライアイになっている人が圧倒的です。
悲しくもないのに涙があふれてしまう人は、涙に油分が少なく、瞳に張りついていられない状態です。涙は目を守る大切な役割があるので、身体はどんどん涙を作りますが、作るそばから流れてしまう。だから目が乾くのです。
予防の第一は目を温めること。蒸しタオルを目の上にのせるとか、手をこすって温めて、目の上に当てるだけでも涙の質を改善し、ドライアイを防ぐ効果があります。
パソコンやスマホを使うときには意識してまばたきを。部屋の湿度を保つことも大切です。
くしゃみがおっさんぽくなった。女性ホルモン減少のせい?
A.トシのせいより、筋力の問題。マナーを守れば豪快に! が正解
中年女性が豪快なくしゃみをする姿、病院の待合室でも結構見かけます。
くしゃみは上半身全体の力を使って、鼻に入った異物を排出する動作です。ある程度、筋力があれば、それほど豪快なくしゃみをしなくても異物を出せます。筋力が不足すると、大きく息を吸って、思い切り出さないといけないのです。
若いころより運動量が減っていれば筋力が低下するのは当たり前。ですから、気持ちよくくしゃみをするために大きな音を立てるのはよしとしましょう。ただし、ハンカチで口を押さえるとか、マナーは守ってください。
何しに来たんだっけ?自分の行動が意味不明!
A.2つのことを同時にしようとしていませんか?
ハンカチを取りに2階に来たはずが、部屋についた途端、何しに来たか忘れてしまう。そんなとき「認知症?」と疑いたくなります。もとの場所に戻って、バッグやティッシュケースを見て「ハンカチ」と思い出せれば問題ありません。
たいていは2階に上がるときに違うことを考えている、つまり2つのことを同時にしようとするから忘れるのです。「どの柄にしようか?」とハンカチのことだけを考えていれば忘れません。
脳にある記憶の量は、年齢が高くなるほど増えていきます。今から許容量を増やすのは困難ですから、記憶で何とかせず、ひとつのことに集中すればいいのです。
(構成・文/鹿住真弓)
眼科専門医。医学博士。二本松眼科病院、三友堂病院に勤務。高齢者の診療経験が豊富。著書に『老化って言うな!』(PHP新書)『ガボール・アイ』(SBクリエイティブ)『老人の取扱説明書』(SB新書)など多数。健康をテーマにしたテレビ出演多数。