世の中にはがんに関するさまざまな情報があふれていますが、中には、患者の負担になる間違った情報も少なくありません。例えば「簡単な血液検査でがんの早期発見ができる」とうたわれることがある「腫瘍マーカー検査」もその1つ。そこにはどんな重大な誤解があるのでしょうか? 正しい医療情報をわかりやすく発信する医師として注目を集める山本健人さん。その最新刊『医者が教える 正しい病院のかかり方』からお届けします。
がんがあっても異常値が出ないという大きな欠点
がんに関わる検査の中で、「腫瘍マーカー」ほど、その目的を誤解している人が多いものはないと思います。
私が外来診療をしていてよく患者さんから言われるのが、「がんかどうかを調べてほしいので腫瘍マーカーを検査してください」というセリフです。
患者さんの発想は、「腫瘍マーカーが高いとがんの可能性がある。低ければがんではないと考えて安心できる」というものでしょう。しかし、残念ながら腫瘍マーカーを「がん早期発見のためのツール」として使うことは、一般的には不可能です。
ここであらためて、「腫瘍マーカーとは何か」ということに関して簡単に解説します。
腫瘍マーカーは、がんから分泌される、あるいはがんがあるときに周囲の組織などから分泌される物質のことです。こうした物質は血流に乗って全身を巡っているため、血液検査でその値(濃度)を調べることができます。現時点で、腫瘍マーカーは50種類以上あります。がんがあれば、この値が高くなることがある。これは事実です。
ところが、腫瘍マーカーには大きな欠点があります。
1つは、たとえがんが体内にあっても、初期の段階で腫瘍マーカーの数字が異常値になることはほとんどない、ということです。
一方で、がんが原因でその数値が上昇しているのであれば、それは「それなりに進行したがんが体内にあること」を意味します。「早期発見」には使えない、ということです。
それどころか、進行したがんがある場合ですら、腫瘍マーカーが上昇しないケースは多々あります。これは、「偽陰性」と呼ばれるケースです。
腫瘍マーカーとしてよく用いられる「CA19-9」という検査項目があります。この陽性率(異常値となる割合)を見ると、胆道がんや胃がん、大腸がんではとくに、病期(ステージ)が低い方が(早期である方が)陽性率が低く、最も進行したステージ4であったとしても、陽性率は60~80%程度。
つまり、10人に2~4人は、進行したがんがあっても腫瘍マーカーは基準範囲にとどまることがわかります。乳がんの各種の腫瘍マーカーの陽性率についても、同じような結果が出ています(「臨床検査のガイドライン2005/2006」日本臨床検査医学会より)。
つまり、血液検査で腫瘍マーカーを測定して基準範囲に入っていたとしても、がんではないとは言い切れない以上、まったくもって安心できないのです。早期発見に役立たないだけでなく、進行していてもなお発見が難しいのであれば、やはり「がんかどうかを調べるツール」としては不十分です。
がんがなくても異常値が出ることのデメリット
もちろん、ここまで読んで、「腫瘍マーカーが正常ならともかく、もし異常値が出て進行したがんが見つかるなら、早期発見でなかったとしても、それだけで意味はある」と思った方がいるかもしれません。
残念ながら、腫瘍マーカーにはもう1つの大きな欠点があります。「偽陽性」という問題です。
腫瘍マーカーは、がんに関連して血液中に流出する物質ですが、「がんであるときにしか産生されない物質」ではありません。がん以外の病気でも上昇することは多々あります。がんではないのに検査の結果が「陽性」になってしまう、ということです。
例えば、前述の「CA19-9」は、胆のう炎や膵炎、肺の病気など、がん以外の多数の病気で上昇することがあります。
同様に、消化器がんや、肺がん、乳がんなどで上昇することがある「CEA」も、肝臓や膵臓の良性の病気で上昇することがあります。またCEAは、喫煙者であるというだけで高い値を示すことも多い腫瘍マーカーです(福田一郎ほか「人間ドック受診者のCEA値に及ぼす喫煙の影響」日本人間ドック学会誌1996,11:2,137-140より)。
実際私たちも、「腫瘍マーカー高値」という検診の結果を持って患者さんが病院にやってこられ、精密検査をして「何も異常が見つからない」という事態を数え切れないほど経験しています。「腫瘍マーカー」という言葉でありながら、「がんだけで上昇する項目ではない」という点に注意が必要なのです。
偽陽性の場合、患者さんは本来必要がなかったはずの精密検査を受け、その検査費用と度重なる通院の手間、体への負担、検査のリスクを負うことになります。
また、「腫瘍マーカーが高かったのに、精密検査では結局何も異常が見つからない」という結果を手にしてもなお、「本当に自分はがんではないのか?」という不安感がぬぐえないまま病院を後にする方はたくさんいます。これが患者さんにとって日々の生活を脅かす、大きな心理的負担となってしまうこともあります。
中には、前立腺がんの「PSA」のように早期の段階で上昇するものもありますが、検診において使用すべきかどうか、という点においてはまだ議論の余地があり、市区町村の対策型検診への導入は推奨されていません(独自に実施している自治体はあります)。
以上のことから、腫瘍マーカーを検診で測定することで私たちが幸せになれる可能性は低い、と私は考えます。少なくとも、腫瘍マーカーを検診で測定したい、と考える方は、ここに挙げた多数のデメリットを、検診を受ける前に十分に理解しておく必要があるでしょう。
役に立つケースはごく限定的
では、そもそも腫瘍マーカーは、一体どういう目的で使用されているのでしょうか?
これはがんの種類によってさまざまですが、大きく分けると、「進行・再発がんに対する治療効果の判定」「がんの術後再発の発見」の2つがあります。
手術で切除ができないレベルまで進行したがんや、術後に再発したがんに対して抗がん剤治療(化学療法)などを行うと、当初上がっていた腫瘍マーカーの値が下がってきます。この変化を見ることで、抗がん剤の効果を推測することができます。これが、「治療効果の判定」です。
抗がん剤を使用しても腫瘍マーカーの数値が上がり続けるなら、「抗がん剤の効果が薄れているのではないか」と予想することができます。逆に低い値のままなら、「抗がん剤の効果が維持できているのではないか」と考えることができます。
もちろん、こうした治療効果の判定をする場合でも、身体診察やCT、MRI、PET等の画像検査を併用する必要があります。腫瘍マーカーの変化は「1つの目安」にすぎない、ということに注意が必要です。
また、がんの種類によっては、術後再発の発見に使用することも可能です。例えば胃がんや大腸がんは、術後再発の検索を目的として、腫瘍マーカーの「CEA」と「CA19-9」を、3カ月に1回といった比較的高頻度で測定することが推奨されています(「大腸癌治療ガイドライン2019年版」金原出版、「胃癌治療ガイドライン第5版」金原出版より)。
大腸がんの術後、定期的に血液検査で腫瘍マーカーを測定し、基準範囲を外れて上昇していれば、再発を疑って精密検査を行う、といったことが可能です(もちろん偽陽性、すなわち精密検査を行っても再発が確認されないケースもあります)。
一方、乳がんは、術後に定期的に腫瘍マーカーを測定することの意義に関して議論の余地があり、必ずしも推奨されてはいません。
腫瘍マーカーは、がんの種類によっても、患者さんの病状によっても、その扱いがまったく異なるということです。数値が上昇していたときの解釈にも、専門的な知識が必要です。
いずれにしても、腫瘍マーカーは、専門家の指示に従って「必要なシチュエーションでのみ測定すべきもの」と考えておくのがよいでしょう。
山本 健人(やまもと たけひと)◎医師 2010年京都大学医学部医学科卒業。神戸市立医療センター中央市民病院初期研修医、外科専攻医、田附興風会医学研究所北野病院消化器外科を経て、現在、京都大学大学院医学研究科博士課程在籍。専門は消化管外科。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。「医師と患者の垣根をなくしたい」をモットーに、「外科医けいゆう」のペンネームで17年に医療情報サイト「外科医の視点」を開設。時事メディカル、看護roo!、ケアネットなどのウェブメディアで連載。Yahoo!ニュース個人オーサー。Twitter、Facebook、Instagramでも情報発信。各地で一般向けボランティア講演なども精力的に行っている。著書に『もう迷わない! 外科医けいゆう先生が贈る初期研修の知恵』(シービーアール)がある。