京成線柴又駅前には、映画のワンシーンのような寅さんとさくらが 撮影/齋藤周造

「寅さんは今もいるんです。彼は死なないんです」

新作発表で寅さんの人気が復活

 12月27日に公開される映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』。22年ぶりの新作お披露目を前に、11月に葛飾区柴又で開催された『寅さんサミット2019』の特別座談会で、山田洋次監督が力強く話すと、会場から割れんばかりの拍手が沸き起こった。

 その場を後にした山田監督と出演者の倍賞千恵子、前田吟、佐藤蛾次郎ら座談会メンバーご一行がそろって訪れたのが『寅さん記念館』だ。

「当館は'97年のオープン以来3年ごとにリニューアルを実施しており、展示物は山田監督及び松竹が監修しています。監督をはじめ出演者の方も、記念イベント時など何かとお顔を見せてくださいます」

 とは、この日ガイドしてくれた同館広報の井上月乃さん。『男はつらいよ』のすべてが詰まった、また“寅さん”こと渥美清さんへの思いが込められた『寅さん記念館』から、寅さん三昧の旅を始めたい。

セットは撮影所から丸ごと移転

 入館口にはさっそく、看板文字の取りつけ作業中の寅さん像がお出迎え。でも、下を見るとアララ、雪駄落ちているよ! どちらの足にはいていたものかよ~く見ておくと、後々にいいことがあるかも!?

「寅さん記念館」で看板を取りつける寅さん像 撮影/齋藤周造

 15のテーマごとに展示される館内で、数々の名シーンを生んだ『くるまや』のセットは必見。だんご屋の店構えから内装、客席、茶の間など、劇中に入り込んだかのようなリアルさ。それもそのはず。

「実際に、シリーズの撮影で使用していたセットを、大船撮影所からそのまま移築した本物です」(井上さん)

 画面にほとんど映らない調理場なども細部まで作りこまれているあたりは、山田監督の映画製作へのこだわりだ。

 ほかにも貴重な衣装や台本を展示する資料館の役割を担う一方で、寅さんと「記念撮影コーナー」や、名場面集、クイズなどのエンタメ要素も充実。

 昭和30年代の帝釈天参道を再現したジオラマや、帝釈人車鉄道に乗車体験できるコーナーは、小学校の社会科見学にも使われるそう。実際、親子3代で来館する姿も見かけるなど、世代を超えて楽しめる記念館だ。

昭和30年代の「帝釈天参道」をイメージしたジオラマ。細部まで作りこまれている 撮影/齋藤周造

《私生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い》

 渥美清さんが歌う主題歌でもおなじみの、“聖地”巡礼に欠かせない『柴又帝釈天』。広報担当の須山保さんは「この50年間、観光のお客様が増えた」と振り返る。新作公開で、さらに参拝客が増えるだろう帝釈天の、お参り作法をあらためて伺った。

「まず門をくぐる前に合掌します。境内は、左側通行が一般的で敷石をたどればご神水で手水をして、正しい順路で参拝できます。お帰りの際は、門を出る前に(帝釈堂に向かって)再度、合掌するのがマナーになっています」

 この帝釈天から柴又駅方面まで続く、劇中でもおなじみの参道をしばらく歩くと見えてくるのが、木造瓦葺きの風情残る『高木屋老舗』。柴又名物草だんごなどの甘味や食事を提供する同店は、『男はつらいよ』と縁が深い。

映画をを陰で支えてきた柴又の名店

 記念館同様、山田監督らがサミット後に向かったのが、この高木屋老舗。シリーズ撮影の際には出演者やスタッフ、またエキストラの控室や待機所として店舗を貸し出すなど、陰ながらロケを支えてきた。

渥美さんらが「ホッとする味」と食べていた、高木屋老舗の「草だんご」 撮影/齋藤周造

「今回の新作撮影でも山田監督に倍賞さん、吉岡(秀隆)さんたちがいらっしゃいました。2階の部屋や向かい(同店)のお座敷など、撮影の際はもう貸し切りです(笑)。季節と体調に合わせた、私どもにできる限りのお食事を用意させていただいておりました」

 とは、6代目女将の石川雅子さん。渥美さんがいつも座っていた“予約席”に案内してもらうと、こんな人柄を感じさせるエピソードも。

「渥美さんの奥様から伺った話ですが、ご家庭ではお仕事の話はまったくなさらなかったそうです。でも、朝ご飯を召しあがらずに出かけるときは、奥様も“今日は柴又で撮影があるんだな”とわかったそうです。

 先代(の女将)は“食べないと力が出ない”という考えで、朝お見えになったらすぐに食事を出していました。“食べなかったら申し訳ない”という渥美さんのお気遣いだったのかもしれませんね」

 この木屋老舗が並ぶ参道や、柴又の町並みは昨年に都内初の国の重要文化的景観に選定されている。

 かつては各店舗で建て替えの話もあったそうだが毎年、映画の撮影があったからこそ守られ続けた景観だとも。まさに寅さんが残した“財産”と言えよう。

 そして旅の終着点として訪れたのが、京成線柴又駅前に立つ『フーテンの寅像』。『さくら像』に見送られて旅に出ようかという寅さんだが、雪駄をはいた左足だけが妙に光っているのに気づく。と、思ったら観光客がその左足を触っていくではないか!

柴又駅の寅さん像の左足が光るのは… 撮影/齋藤周造

 ここで記念館入り口の寅さん像を思い出してほしい。落ちた雪駄は右足のもので、左足の雪駄は落ちていない。つまり「寅さんの左足を触ると運気が落ちない、ご利益がある」とされたことから、みんなに磨かれて光っているのだ。

 まるで全国各地にある神仏像のよう。そう、葛飾柴又に笑顔をもたらす寅さんは、今も生きる神様仏様なのだ!


取材協力/葛飾柴又寅さん記念館 (c)松竹(株)
柴又神明会、柴又帝釈天(経栄山題経寺)
葛飾区観光フィルムコミッション