2019年も、そろそろ終わり。吉本やジャニーズの騒動など、今年は日本の芸能界の問題に焦点が当たった年だったと思う。そんな中、最近、「赤西仁が米国で3億円超え生活。エキストラで人並み報酬のハリウッド」(東スポweb)という記事を目にし、やや違和感を覚えた。
記事には、「ジャニーズ事務所から独立後、活躍の舞台をアメリカなどに広げ、年収が3億円超えというセレブな生活をしている様子を、先日、写真週刊誌が報じた」とあり、ハリウッドの仕事環境のすばらしさが強調されている。
「赤西仁報道」に対するモヤモヤ
俳優が自分の正確な出演料を知らされていなかったり、解散したくてもグループを解散できなかったり、ほかの事務所になかなか移籍できなかったりといった、日本の芸能事務所の支配力の強さについて、筆者は過去に批判的なことも書いてきた。
しかし、ハリウッドがいいことだらけの天国というわけではない。筆者は赤西氏にインタビューしたこともないし、彼がハリウッドでどんな仕事をしているのかも知らないのだが、それでも、この記事は一面的だと感じた。前にも使った例えだが、日本の芸能人がサラリーマンなら、ハリウッドの俳優は自営業者。自営業には、会社に守られない苦労がある。経費は自分で払わなければならないし、客が来なければ生活は破綻する。
実際、左うちわな俳優はハリウッドでもごくわずかだ。映画俳優組合(SAG-AFTRA)に所属する俳優のうち、演技だけで食べている人は5%以下とのこと。つまり、ほとんどは何らかの副業をやっているのである。
ハリウッドがあるロサンゼルス市とその近辺のレストランでは、映画スターなみにルックスに優れたウエイターを多く見かけるが、そういう人たちはたいてい、職業を聞かれると「アクター」と答える。『ラ・ラ・ランド』にも、エマ・ストーン演じる主人公が、コーヒーショップに勤めながら、せっせとオーディションに通う姿が出てきた。
彼ら彼女らが挑むオーディションもまた、厳しい。先に挙げた東スポwebの記事には、「ハリウッドはどんな小さな役でも、セリフがひと言の役でも、キャスティングを通してオーディションが行われ、本当にその役柄に見える人が選ばれます。日本のようにバーターで出演ということはまずないです」というコメントが紹介されていたが、これは事実である。大手の事務所に入っているから、キャリアが長いからといって、必ずしも有利になるわけではない。
『アリータ:バトル・エンジェル』の主演女優ローサ・サラザールも、「最初のオーディションに行ったとき、待合室には、誰もが顔も名前も知っている女優さんが、たくさんいた」と言っていた。『ターミネーター/ニュー・フェイト』のヒロイン役を手に入れたメキシコ人女優ナタリア・レイエスも、映画のタイトルさえ知らされないままオーディションを受けて、見事、役を手にしている。そういったシンデレラ物語は、ハリウッドにたくさんある。
だが、何回もオーディションを受けたから次は通ると限らないのも、過酷な現実だ。落ちれば否定されたようでつらいし、収入のあてが遠のく。サラザールも、『アリータ:バトル・エンジェル』に受かる以前のことを、「ある日、コーヒーとベーグルを買おうと思って、カウチをひっくり返したりして小銭を探したけれども、全部合わせて1ドルにもならなかった。自分は今、1ドルすら持っていないんだと思うと、笑えてきた」と振り返っている。
もっとも、無名のままであれ、コマーシャルなりドラマなり、地道に出演作が増えていけば、「レジデュアル」と呼ばれる再使用料が細々ながら入り、多少なりとも生活の助けになる。これ自体、仕事があるときはあるけれどもないときはない、俳優、脚本家、監督たちの要望を受けて生まれたシステムである。
有色人種の役者はまだまだ不利
また、オーディションで役を取れるかどうか以前に、自分がやれる役がどれだけ存在するかどうかの問題もある。近年の「#OscarsSoWhite」「#TimesUp」運動で焦点が当たったように、ハリウッドはつねに白人男性を優遇してきた。女性は花を添える役割で、ある程度の年齢になると役がなくなり、有色人種にもおいしい役は非常に少ない。
昨年、主演俳優をアジア人俳優だけで固めた『クレイジー・リッチ!』がアメリカで大ヒットしたとはいえ、アジア人俳優、しかも母国語が英語でない人が受けられるオーディションは、アメリカ生まれの若い白人男性に比べれば、今も限られる。最近は人種を問わずに募集するケースが増えているようなので、門戸は広いように見えるが、実際にオーディションに通るかどうかは別問題だ。実写版『アラジン』の主役に抜擢されたメナ・マスードですら、あの映画が大ヒットした後も、「次のチャンスを何ももらえない」と言っているのが現実なのである。
オーディションもない、当面の仕事も決まっていないという間は、エキストラをやって日銭を稼ぐ手もある。しかし、エキストラの仕事だって、そう都合よくあるわけではない。それに、映画俳優組合の枠で入れば報酬が多少は上がるとはいえ、エキストラの時給は基本的に最低賃金だ。
東スポwebの記事にあったように、「エキストラだけで人並みの報酬を得ている人」もいることはいるのかもしれないが、多数派とは思えない。
いざ、役が取れ、一見高額なギャラをもらえたとしても、先も述べたように、彼らは自営業なので、そこから経費、すなわちエージェントやマネジャーのコミッションや、弁護士代、そしてもちろん、税金を払うことになる。
広報を雇っていれば彼らへの支払いもあり、ちょっとビッグになって個人秘書やボディーガードをつけるようになったら、その給料も払わなければならない。そうした収支のバランスを見ないから、ジョニー・デップやニコラス・ケイジのような大物スターが借金まみれになったりするのである。
そんなケイジは、この9年ほど、とにかくお金を稼ぐため、ほとんどのアメリカ人が存在すら知らないB級映画にひたすら出続けている。昔のように、1本で10億円以上稼げ、しかも世界中の人が見に来てくれる映画を選んでいられる立場ではなくなったのだ。だが、それは恥ずかしいことではない。
ベテラン俳優でさえ仕事は選べない
そもそも、選り好みは、ハリウッドにおいて特権中の特権なのだ。「オファーはうるさいくらい来るけれども、どれもいまいちな感じだから、今はのんびりするか」などと言っていられるのは、レオナルド・ディカプリオやトム・ハンクスなど、ほんのひとにぎり。
それ以外は、かなり名の知れた、尊敬されるベテランであっても、住宅ローンや子育てがあるから、与えられた中から演じられる役を選んでいる。
アカデミー賞主演女優賞を受賞した73歳のダイアン・キートンでさえも、昨年、筆者とのインタビューで、「作品選び? そんなに複雑じゃないわよ。私のところには山のように脚本が送られてきたりはしないんだから。ちょっとしか来ないの。よっぽどひどいならともかく、可能性があるなと思ったら、受けるわ。仕事をしないわけにはいかないんだもの」と正直に語ってくれた。
ハリウッド映画は、夢を与えてくれるもの。だが、それを作るのは人であり、その人にとっては、仕事なのだ。楽してがっぽり稼げる仕事など世の中にないのは、われわれ庶民がよく知っていること。それは、1度は楽してがっぽり稼いだことのあるハリウッドの住人にだってずっとついて回る、非情な現実なのである。
猿渡 由紀(さるわたり ゆき)L.A.在住映画ジャーナリスト 神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒業。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場リポート記事、ハリウッド事情のコラムを、『シュプール』『ハーパース バザー日本版』『バイラ』『週刊SPA!』『Movie ぴあ』『キネマ旬報』のほか、雑誌や新聞、Yahoo、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。