ナイツの塙さん

新書『言い訳~関東芸人はなぜM-1で勝てないのか~』が、お笑い関連書籍では、異例のヒットを飛ばしているナイツの塙宣之さんのインタビュー後編。2018年の『M-1グランプリ』で、話題を集めた「上沼恵美子さんに対する暴言騒動」を塙さんはどう見たのか? 塙さんが目指す「理想のお笑い」と併せてうかがいました。

ナイツ塙は「昨年の騒動」をどう見た?

――昨年の『M-1』では、上沼恵美子さんに対する芸人の暴言騒動が話題になっていましたが、塙さんは審査員の1人としてあの件をどういうふうに見ていたんでしょうか?

 なるほど。まあ、何個かあるんですけど、1つはSNSっていうのが芸人とは相性があまりよくないのかな、とは思いますよね。別にカメラさえ回ってなかったらああいうことはみんな言うだろうし、本人はそんなに悪気もないし、たぶんちょっとボケみたいな感じだったと思うから。

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 あと、今のお笑いを作ってくれた上沼さん、島田紳助さん、オール阪神・巨人師匠、中田カウス・ボタン師匠などの方々と、最近の芸人の違いは師匠がいるかどうかだと思うんです。だから、もしかしたらその緊張感がないのかもしれないですよね。それってお笑いの学校ができたことの弊害なのかなと。

 学校ではお笑いの理論だけは教えることはできるけど、人としてこうしなきゃいけないっていうこととかを教える人がいなくなっているんでしょうね。

――師匠がいたらああいう事態にはならなかったかもしれない、ということですか。

 というか、もし師匠がいたら、師匠がめっちゃキレたりして終わりの話なんですよ。師匠がいないから事務所が謝んなきゃいけなかったりするんですよね。昔はそこに師匠がいて、最後にケツを拭く人がいたわけじゃないですか。それが今はもうない、っていうのがちょっとあるのかもしれないですよね。

――若い芸人も師匠を持ったほうがいいかもしれない、ということですね。

 いいのかもしれないですね。格好いい言い方をすれば、昔はロマンみたいなことがもっとあったんですよ。売れたい、みたいな。だけど今の若いやつに話を聞いていると「売れたい」っていうよりも「こうやったらお金が儲かる」とか「YouTubeやろう」とか「オンラインサロンやろう」とか、そういうのばっかりだから。お笑い芸人ってそんなこと考えてたっけ、と思って。俺はそういうのにまったく興味がなくて。携帯もガラケーですし。

――塙さん自身は内海桂子師匠に弟子入りしたことでいろいろ学んだんでしょうか?

 内海桂子師匠がいて、漫才協会の師匠がいて、ということになって、初めはバカにしていましたけど、割と厳しい人もいるし、いろいろ教えてくれるので、芸人としてこうしなきゃいけないっていうのを学びました。上座・下座がわかるとか、おごってもらった次の日には電話するとか。

内海桂子師匠には芸人としてのあり方などを教わったという

 

 師弟には生産性とかそういうのじゃないものってあるんですよ。それが俺は結構大事じゃないかなと思うんですよね。3日あれば寿司職人になれるっていう話があったじゃないですか。それは別に寿司は作れるけど、そうじゃないんじゃないのかな、とは思う。3年間その師匠の下で修業したことが、後になって役立つっていうのがあるんじゃないかなとは思うんですよね。昔は師匠からめちゃくちゃ呼び出されたりしたっていうのが、結局はおいしいわけじゃないですか。

――ネタになるんですね。

そういう経験ってお金を払ってもできないじゃないですか。今はお金を払ったらできちゃう経験しかないから、お金で買えない経験をするべきじゃないかなと思いますよね。

テレビに向いていないのかもしれない

――ナイツの漫才は王道のしっかりした漫才だというふうに思われがちですが、塙さんがバラエティー番組に出たりするときには、割とその場の空気とか関係なく下ネタとか毒舌ネタをぶつけてくるようなイメージがあります。そういうことが塙さんが本当にやりたいことなのかなと思ったんですが、いかがでしょうか?

 そうですね。場の空気に合うようなことが言えないというか、言いたくないんですよね。やっぱり嘘になっちゃうんでね。嘘をつけないんだと思います。長い人生を生きてきて、たぶん150勝149敗くらいで、嘘をつかないでいるほうが勝ち星では上回っているんですよ。嘘をついちゃって「嘘つけ」って言われたことのほうが多いから。だから、そこはそんなに作ってないんですよ。でも、もしかしたらテレビとか向いてないのかもしれないですね。それはすごい思います。

――「向いてない」とまで思っているんですね。

『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)っていう番組に出たときに、あれってダウンタウンさんと坂上忍さんが酔っ払ってくるじゃないですか。それでテレビとしての大正解は、僕もベロベロに酔っ払って、松本(人志)さんに「松本さん、最近なんで漫才やってくれないんですか」って絡むことだと思うんですよ。だけど、その発想までいかなくて、普通に緊張して酒を1滴も飲まないで、ずっとシーンとしちゃったんですよ。

 それで坂上さんに「なんでそんなにテンション低いの? テレビってわかってる?」って言われて。あとから考えたら坂上さんの言うとおりなんですよね。でも、そんなことがわからないんだと思って、自分にショックだったんですよ。こういう能力って本当にないんだな、って。

 それはたぶんひねくれているからだと思います。内村(光良)さんからもすごい怒られましたからね。「お前はもうダメだ。ひねくれてるんだ」って。

――ナイツは漫才だと本当に優等生みたいな印象ですけど、テレビとなるとまた全然違うんですね。

 違うと思いますよ。この前もスーパー・ササダンゴ・マシンさんがラジオのゲストで来たときに「これからのナイツに必要なこと」っていうプレゼンをしてくれたんですよ。

 そこで指摘されて愕然としたのが、僕らって好きな芸人ランキング8位とかなのに、ゴールデンのレギュラー番組が1本もないんですよ。「それはナイツさんだけです」って言われて、確かにそうだなと思って。だから全然テレビに向いていないんだろうな。華がないっていうのはもちろんあるんですけど、それ以上に何か欠落してるんだなと思いますけどね。とくに俺に。だからもうしょうがないなって思いました。

――塙さんはもともと電気グルーヴが好きで、ラジオとかも聴いていたんですよね。だから、ああいう笑いの感覚が染み付いているというところもあるんでしょうか。あれって今のテレビのゴールデンタイムの番組のノリとは全然違いますよね。

 違いますね。昔、電気グルーヴが『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系)に出たことがあったんですよ。そのときにダチョウ倶楽部さんも出ていて「聞いてないよ!」がめちゃくちゃ流行っていた時期だったのに、(ピエール)瀧さんがずっと「聞いてるよ!」って言っていて(笑)。

 浜田(雅功)さんに「お前、そういうこと言うなよ」って叩かれていたんですけど。それってもう芸人よりも面白いわけじゃないですか。そういうことをずっと言うんですよ、あの人。それが面白いと思って見ちゃっていたから。やっぱり「電気グルーヴ」イズムというか、破壊するのが面白いというのがあるのかもしれないですね。だから、僕らが今ラジオをやれているのもうれしいんですよ。もともと電気グルーヴのラジオを聴いていて、ラジオに興味を持っていたから。

――電気グルーヴのテクノの音楽性がナイツの漫才に影響を与えたという話も聞いたことがあるんですが、そっちだけじゃなくて純粋にお笑いというかエンタメとしても影響があったんですね。

 電気グルーヴに関しては、お笑いとしての影響も相当受けています。

今は「ツッコミが強すぎる時代」

――塙さんがご著書で書かれていて興味深かったのが、今はツッコミが強い時代だから、もっと強いボケの芸人にも出てきてほしい、ということです。

 そうなんですよね。ボケが潰されちゃうんです。

――そこはもどかしいところがありますか?

 ボケを潰す言葉が多すぎますね。ツッコミのほうが絶対勝つだろう、っていう。野球で言うと投高打低ですね。ツッコミの球種が増えすぎちゃって、それはもう打てないだろうっていうことですね。

 今まではストレートとカーブぐらいしかなかったのに、カットボールとか手元で曲がる球が増えていて。もう怖くてボケられないんですよ。だって、ボケたら「こいつトガってる」「空気読めない」とか言われちゃうわけです。それはボケにとってはなかなか不利ですよ。

――確かに、テレビを見ていても、場の空気にそぐわないようなボケを言うと、ツッコまれるというより、潰されちゃいますよね。

 潰されるんですよ。あと、バラエティー番組だったら、もうVTRがボケているわけですよ。だから芸人がボケられないんです。『水曜日のダウンタウン』(TBS系)がいい例で、あれってVTRが一番面白いわけですよ。それに対してのボケってないじゃないですか。

 だから、ツッコミしか必要ないわけですよ。要するに、作家とかディレクターとか作る人のほうが面白くなっちゃってる。だからたぶん、ボケの人が作る側に回るほうがいいんじゃないかなと思うんですよ。

――なるほど。

 演者としてはもうボケは必要とされてないんだと思いますよ。俺なんかも結局そうじゃないですか。考えるのは好きだけど、やるほうはあまり好きじゃないから。

――そうなんですね。

 だって、やるときにうまみがないじゃないですか。ボケってどっちかって言うとやらせるほうでしょ? だから、藤井健太郎さん(『水曜日のダウンタウン』などを手がけるTBSの演出・プロデューサー)が一番のボケじゃないですか。あの人の作るものが面白いから、それ以上にもうボケられないでしょ。でも、松本さんはそこでさらに面白いことを言って終わるからすごいと思いますけどね。

ナイツ塙の野望

――ボケ不遇のこの状況は今後変わる可能性はあると思いますか?

 あまりないと思います。だから、僕みたいなタイプはもうずっと漫才をやるのがいいのか、あとは自分でなんかそういうちょっと訳わからない番組をできればいいんじゃないですかね。そういうのも松本さんが全部やってきているんですよね。『働くおっさん劇場』(フジテレビ系)ってあったじゃないですか。5人くらいの訳わからないおじさんがいて、松本さんがずっとインタビューするやつです。

――はい、あれは面白いですね。めちゃくちゃ好きでした。

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 僕はああいうのをやりたいんです。僕が向いているのはああいうのでしょうね。だから今、それに近いことを浅草の師匠でやっているんですよ。(内海)桂子師匠に「おい、ババア」って言ったりとか、そういうのは僕にしかできないじゃないですか。

――なるほど。おぼん・こぼん師匠の不仲をネタにしたりするのもそうですよね。

 ああいう切り口とかはあるかもしれないですね。

――じゃあ、塙さんとしては、自分のボケとしての体質を生かせる番組や企画をやりたいという野望はあるわけですね。

 そうですね、もちろんあります。今も別に割と幸せに生きているので、なんかあったらいいな、っていうくらいですけど。ちょっと下ネタとか、エロい番組でもいいし、自分が面白いと思うことをやりたいですね。


ラリー遠田(らりーとおだ)作家・ライター、お笑い評論家 主にお笑いに関する評論、執筆、インタビュー取材、コメント提供、講演、イベント企画・出演などを手がける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)など著書多数。

ナイツ塙 芸人。1978年、千葉県生まれ。漫才協会副会長。2001年、お笑いコンビ「ナイツ」を土屋伸之と結成。2008年以降、3年連続でM‐1グランプリ決勝進出、2018年、同審査員。THE MANZAI2011準優勝。漫才新人大賞、第68回文化庁芸術祭大衆芸能部門優秀賞、第67回芸術選奨大衆芸能部門文部科学大臣新人賞など、受賞多数。