《お笑いのショーレースを否定する人もいますが、今宵もお笑いの猛者達が順位をつけてくれと集まってきます。松本了解しました。今夜M1です》
2019年12月22日『M-1グランプリ2019』決勝当日に審査員の松本人志は、そんなツイートをした。
決勝前から波乱が続出
からし蓮根、ミルクボーイ、すゑひろがりず、インディアンス、見取り図、ぺこぱ、オズワルド、ニューヨーク、かまいたち。
5040組という史上最多の出場者の中から、3回の予選と、準々決勝、準決勝を勝ち抜き決勝に進出した9組。うち7組は決勝初進出というフレッシュな顔ぶれ。そのぶん、優勝候補筆頭と目された和牛、バラエティー番組で大活躍中のカミナリやミキを含む決勝進出経験のある5組、そして四千頭身などすでに売れっ子といえる若手芸人も、敗者復活戦にまわるという波乱が起きていた。
決勝が始まる4時間前。決勝の司会を担当する今田耕司が「ゴールデンの番組が作れるぐらい」というほどの豪華メンバー16組による敗者復活戦。たった一枚の決勝への切符をかけて、テレビ朝日前の野外ステージ六本木アリーナで熾烈な戦いが行われた。
例年、番組の冒頭やどこかのコーナーで敗者復活する1組が誰なのか発表されていたが、今年は笑神籤(えみくじ)で出番が決まったときに発表され、アリーナからスタジオに移動し、すぐに決勝漫才をするというシステムに変更。
決勝進出が決まってからネタ合わせをしてる暇はない。敗者復活組にとってはより過酷な状況となった。そのため、敗者復活組は全員、決勝本番でくじがひかれる瞬間までアリーナで待機。気温は10度を切り、雨も降り始めた中、ドキドキが続く。残り1組、誰が決勝に駒を進めるのか。
午後6時34分、決勝のオンエアが始まった。
前年度の勝者である霜降り明星がチャンピオンに決まった瞬間のVTRが流れる。優勝後に出演した番組は450本以上。かくもM-1でチャンピオンになると、仕事が増えるということが紹介される。賞金1000万円というのも高額だが、その向こう側には賞金よりも貴重なチャンピオンの称号と、生活を一変するほどの稼げる仕事が待っている。
審査員の紹介が終わり、いよいよコンテストが始まる。まずは、ファーストステージ。上位3組がファイナルステージに進出。4位以下は敗退となる。
優勝候補が時々刻々と入れ替わる
We can,can,can,can,can……のM-1おなじみの音楽が流れる。Mの文字のセットからトップバッターのニューヨークが登場。
「1分ごとにチャンピオンが変わった」
と、決勝後の、打ち上げ配信で千鳥のノブが言ったように、これでファイナル進出が間違いないというハイレベルな漫才の後に、それを上回る漫才が出てくる、という激しい戦いが始まった。
まず会場の雰囲気をつかんだのは、2番手に登場したかまいたち。
かまいたちは山内健司と濱家隆一が2004年に結成したコンビで、漫才やコント、バラエティー番組もすべてできるハイレベルなオールラウンダーだ。『キングオブコント2017』(TBS系)では優勝を飾っており、史上初のM-1との二冠を狙う。
USJとUFJの言い間違いを相方のせいにおしつけるという、彼らがここ何年もやっている自信のネタ。安定の展開。観客もコンテストであることをしばし忘れ、大きな笑いがおきる。
後半はわけのわからないレトリックを言うという高度なボケに突入しても、会場の笑いはどんどん大きくなる。
結果。660点という高得点がついた。
昨年の決勝で辛口批評をした審査員の立川志らくが95点の高得点をつけ、決勝前のコメントで「志らく師匠に審査員を降りてほしい」とつぶやいていたかまいたちに「15点つけてやる思ってたけれど、今日は参りました」と感服した。
この瞬間、「“かまいたち優勝や!”と思った」(打ち上げ配信で、千鳥・ノブの発言)
ところが、それは戦いの序章にすぎなかった。
敗者復活からの下剋上
大ウケのかまいたちの後はやりにくいだろう、という雰囲気の中、今回、笑神籤を引く役割を担(にな)ったラグビー日本代表が敗者復活の札を引いた。とたんに、空気は一変する。
「敗者復活からあがってくるのは誰か?」
ということに、注目が移った。日が落ちさらに冷え込む六本木アリーナ。決勝会場に入れなかったファンたちが大勢つめかけ、結果を待っている。5位~16位まで発表され、上位4組に、アインシュタイン、和牛、ミキ、四千頭身が残った。
司会の今田が決勝に復活するたった1組を読み上げる。
「4547番、和牛!」
声が響いた瞬間に、アリーナでも決勝スタジオでも歓声が上がった。視聴者投票650095票。2位のミキに20万票近くも差をつけた、文句なしの勝ち上がり。和牛が今年はどんな漫才をやってくれるのか。「待ってました!」そんな空気ができあがった。
敗者となった仲間たちが「行ってこい」「優勝しろよ」と拍手で和牛を送り出し、その声援に背中を押されながら、アリーナから決勝のスタジオに移動。CM明けには即、登場となった。
和牛は水田信二と川西賢志郎が2006年に結成したコンビ。M-1が復活した2015年に決勝進出し、「実力はあるが地味」と言われ続けた彼らがこれをきっかけに注目されるようになる。2016年から3年連続で最終決戦に進出し、抜群の漫才を見せながら、ずっと2位というM-1史上にない成績を続けている。
大きな拍手がおこる中、和牛がステージに登場した。
挨拶後の2度目の拍手に「ありがとうございます」と応える余裕まであり、なめらかに漫才に突入。
不動産屋と部屋探しするネタ。役としてボケて、役としてつっこむという、和牛が得意とするコント漫才。シーンがコロコロと変わるのに、イメージをキチッと構築。後半はツッコミが、狂気に転じていく新しい展開もあった。キャッチーな言葉やポーズも飛び出て、観客を沸かせていく。
結果、652点。
審査員のナイツ・塙宣之がつぶやいた。
「和牛とかまいたちが凄すぎる」
昨年、3位通過の点数は648点。それを上まわる点数をたたき出した。かまいたち、和牛の最終ラウンド進出は間違いないかと思われたが──。
無名の存在が革命を起こす
7番目に登場したミルクボーイがさらなる嵐を巻き起こした。
彼らはこれまでローカルなネタ番組にもほとんど登場したこ
「今、ベルマークをいただきました」
という、牧歌(ぼっか)的なセリフでつかみを成功させ、そこから、おかんが忘れたものが「コーンフレーク」かどうかということだけでネタを展開していく。「コーンフレーク」というワードを30回以上も繰り返しながら、テンポのいいやりとりに、センスのいいツッコミワードが飛び出て、どんどん笑いが大きくなる。
会場が揺れるような、この日いちばんの笑いが起きた。
結果、681点。
M-1史上、最高得点。客席からどよめきが起きる。
「行ったり来たり漫才とでもいうんでしょうかね。揺さぶられたなぁ。これぞ漫才というのを見せてもらった感じがしました」(松本人志)
この時点で1位ミルクボーイ、2位かまいたち、3位和牛。関西で芸歴をスタートしたこの3組がファイナルステージ進出か! と思われた。
ところが、これで終わらないのが今回のM-1の恐ろしいところだった。
最後の出番で大どんでん返し
9番目出場となったインディアンス。
天真爛漫に田渕章裕がボケまくり、メガネのきむが翻弄されるというスタイルはファンも多く、優勝候補の一角と目されていた。
しかし、結果は632点。
実は、あまりの緊張でボケを仕掛ける田渕のほうが「頭が真っ白になって、ネタをとばした」らしく、ツッコミのきむが「途中であやまることになるかも」と心配するほど、切迫した状況だったらしい。それでもやりきり、なんとかまとめたところが、多くの舞台を踏んでいる地肩の強さだ。
この時点で、ファイナルステージ進出候補は変わらず。最後のぺこぱを残すのみとなった。
最後の出番となったぺこぱは結成11年。着物を着たり、ローラースケートを履いたり、いろんな漫才の形を模索。『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ系)の企画・コーナー「おもしろ荘へいらっしゃい!」で優勝したが、そこからも所属していた事務所のお笑い部門が閉鎖されたり
松陰寺太勇はブルーのアイシャドウに目張り、逆立て髪型で、頭を振って登場。M-1にはふさわしくないキャラクター漫才かと思わせておいて、個性あふれる新しい漫才を展開。本当は怒ってツッコミをするところ、相手を受け入れるポジティブな発想転換していく。「キャラ芸人になるしかなかったんだ」という心の叫びまで飛び出し、最後もドカンとウケて仕上げた。
「最初は私の大っ嫌いなタイプの漫才だと思ったんですけど、見ているうちにどんどん好きになっていった」(立川志らく)
「これは“ノリツッコまないボケ”という新しいジャンル」(松本人志)
結果654点。会場が騒然となった。ぺこぱがファイナルステージ進出、和牛の敗退が決まった。
控室レポートをしていた麒麟・川島明がM-1後にネット配信された番組で、舞台裏の様子をこう語った。
「インディアンスが終わった時点で、和牛はファイナルのネタの準備に入った。だからぺこぱの漫才を彼ら見てなくて、席に帰って来たときに負けを知ったんです」
マイクを向けられた和牛・水田は「CM中にもう1本漫才やるんで、それで決めてもらえないですかね」と言い、川西は「そんなん無理やと思うよ」と笑顔でつっこみ、最後までコンビで漫才の形を貫いた。
M-1優勝は夢、夢、夢
ファイナルステージは、最初にぺこぱ、二番目にかまいたち、三番目にミルクボーイという順番でステージに立つことになった。
ぺこぱはお年寄りに親切にしたいというネタで、ポジティブ転換ツッコミをまた繰り出す。「間違いを認められる人間になろう」などと、道徳の教科書のようなことを言いながら笑いをとっていく。
かまいたちは、山内が「トトロを見たことない自分は凄い」と強引な価値観を言い出すネタ。言葉のトーン、間、リズムを自在に操って、15年のコンビ歴の腕を見せつける。観客に質問し、手をあげさせるというM-1では珍しいシーンもあった。
ミルクボーイは、大ウケしたファーストステージと同じ構造で、今度は最中を何度も連呼しながら、どんどん笑いをかっさらう。最中を揶揄(やゆ)しながら、「俺たちよりも最中の方がテレビ出てる」と自虐も笑いに変えていく。
三組ともそれぞれの個性溢れる漫才を披露し、全力を出し切った。
結果、オール巨人、ナイツ・塙、立川志らく、サンドウィッチマン・富澤、中川家・礼二、上沼恵美子がミルクボーイに票を投じ、松本人志だけがかまいたちに投票した。
「優勝はミルクボーイ!」
ロケット砲がさく裂し、紙吹雪が舞う。金のトロフィーを握りしめる相方の横で、ミルクボーイ内海が言った。
「今年テレビで初めて漫才して、ミルクボーイ、ミルクボーイ、ミルクボーイ……ボカンって……。嘘です、こんなもん。夢、夢、夢」
たとえ無名でも面白い漫才をすれば、王者になれる。それがM-1ドリーム。
一夜にして人生が変わる
ミルクボーイは、大阪芸術大学落語研究会で出会った駒場孝と内海崇が2007年に結成したコンビ。駒場は大阪のボディビルコンテストで優勝したことがあるほどのマッチョ体形で、内海はぽっちゃり体形に角刈りがトレードマークだ。
「テレビの地上波で漫才をするのは今年初めて」で、所属は吉本興業大阪本部だが、大阪の劇場支配人すら最近までその存在を知らなかったという無名の存在だった。
結成当初から、現在の原型のような漫才をして少し注目されたものの、その後は鳴かず飛ばず。2010年の第10回大会の後、『M-1グランプリ』が開
ところが、2015年にM-1が復活し、出場するようになってからまた漫才への情熱がよみがえってきた。2017年には、それまでおしゃれな髪型をしていた内海がいきなり角刈りにカット。見てくれなど振り捨てて漫才に性根を入れる決意をしたという。
さらに昨年、平成生まれの霜降り明星がM-1最年少優勝をはたしたことで、本気がもう一段加速した。アルバイトをしながらの生活だったが、それ以外の時間は趣味も呑みの誘いもすべて絶って、ストイックにネタづくりと稽古に没頭。劇場出番すらあまりなかったため、「漫才ブーム」というライブを自ら開催し、腕を磨いてきたのだった。
今年のM-1では、予選から「コーンフレーク」のネタを披露し大躍進。生で見た人の中では評判となっており、第1回M-1ファイナリストであり、ラジオの裏実況を担当したユウキロックは「優勝候補」とまで推していたぐらいだった。
決勝では期待以上の漫才を披露し、大本命のかまいたちやダークホースのぺこぱを退け、優勝となった。
評価のポイントはいろいろあるだろうが、当日の爆発っぷりは文句なしのいちばんだった。また、“リターン漫才”と称される2人のリズミカルなやりとり、一見ベタな上方漫才に見えて、新しい切り口で「コーンフレーク」を揶揄するワードセンス。観客を引き込むテクニック。見事にミルクボーイならではの「笑いのツボ」を発見し、優勝を勝ち取った。
ミルクボーイ優勝の報が流れた直後、50件以上の仕事依頼が殺到したという。M-1優勝ネタ以外にも、いろいろなパターンのネタがあるということなので、これからどんどん披露してくれることだろう。
「ニュースター誕生!」というにはあまりにもいぶし銀なルックスと芸風だが、一夜にして認知度と評価があがり、“食っていける芸人”になったのは間違いない。
テレビ番組としての戦い
M-1は勝者と敗者を分ける熾烈な戦いでもあるが、もうひとつテレビ番組としての戦い、という側面もある。
真裏には全日本フィギュアスケート選手権の男子フリーの生中継があり、21時からは木村拓哉主演のドラマ『グランメゾン東京』がプレ最終回20分拡大版で放送されていた。
人気コンテンツが並ぶ中、お笑い番組がどれだけ戦えたのか。
翌日、M-1グランプリの視聴率が発表された。平均視聴率は関東17.2%、関西26.7%、最高視聴率は関東21.9%、関西33.2%。
フィギュアスケートの平均視聴率は16.2%、『グランメゾン東京』は11.1%。(ビデオリサーチ調べ・関東地区)
数字だけが高かったのではない。その後インターネットでも感想が行き交い、M-1の熱気は続いた。ミルクボーイが連呼したコーンフレークは、多くの人の食欲を刺激したのか、売り切れが出たという。それほど漫才頂上決戦は人の心を動かした。
笑いのために一丸となる、M-1魂
なぜ、こんなにもM-1は多くの人に熱く支持されたのだろう。
いちばんの原動力はもちろん、出場したM-1戦士たちがそれぞれが命がけで面白い漫才を繰り広げたことにある。生放送で4分漫才というルールのもと、自分たちが編み出した新しい笑いの方程式を披露し、大きな笑いの渦をまきおこした。こんな笑いもあったのかという新発見も多数誕生。また、漫才中のみならず、審査員とのやりとりや敗退が決定するわずかなトーク時間ですら、貪欲に笑いを取りにいき、番組を盛りあげた。
出場者だけではない。審査員、スタッフ、関係者、一丸となって、M-1のため、笑いのために動いている。
実はM-1の現場では“前説(まえせつ)”と言われる、番組開始前にステージに登場し、場を盛り上げる芸人たちがいる。
今年は敗者復活戦ではイシバシハザマ、決勝戦ではレギュラー、ザ☆健康ボーイズ(サバンナ八木真澄となかやまきんに君のユニット)、バイク川崎バイクが登場した。彼らはテレビに映らない。それでもちゃんと笑いを取り観客を温め、番組に繋いでいるのだ。
審査員も真剣勝負だ。ときに厳しい意見も言うが、それも笑いにつなげ、コンテストとしての番組を盛りあげる。視聴者から批判されることも多い損な役割を引き受けるのは、お笑い界の将来のためを思っているからにほかならない。
今田耕司は、時間管理の厳しい生放送の司会進行を務めながら、堅くなりがちな現場をほぐす役割も果たしている。無邪気に笑って心の底から漫才を楽しみ、審査評が始まると、辛口コメントも出演者の次の可能性に繋がるように話をまわしていく。アシスタントの上戸彩は女神のように愛らしく笑い、人も場も癒した。
スタッフはスタジオにいるカメラマンまでがビシっとジャケットを着用。わずかな休憩時間に、次に出演するコンビの身長に合わせてマイクの高さまで調整する。出番は笑神籤で決定という過酷な状況を芸人に課している分、徹底的な芸人ファースト、芸人リスペクトの精神が貫かれている。
すべてが笑いのため、M-1成功のため、ひいてはお笑い業界を盛り上げるために。関わる者すべてがワンチームとなり、M-1という唯一無二なお笑い番組を作り上げ、視聴者に届けた。
2019年はお笑い界にとって、笑えない状況も多かった厳しい年であった。しかし、M-1グランプリ決勝の日、作り手は思う存分、笑わせた。そして見た者は心おきなく笑った。笑うということがどれだけ貴い瞬間か、心底味わえた幸せな一夜だった。
番組の最後に松本人志は「数年前なら誰が出ても優勝してたんじゃないかというぐらいのレベルでした」と戦士たちに声をかけ、最後はこう締めくくった。
「過去最高の戦いと言ってもいい。素晴らしかったです」
2020年のM-1に向けて、すでにネタ作りに入ったコンビもいるだろう。
また、かまいたちなどのラストイヤー組はM-1を巣立ち、次のステージに向かっていく。和牛も「今年最後だと思ってやった」と発言し、今回を持って卒業する意向だという。
M-1が素晴らしい大会なのは間違いないが、M-1ばかりがお笑いではない。M-1放送のない364日も、
夢のような一夜が終わり、お笑い界は明日に向かう──。
伊藤愛子(いとう・あいこ)●人物インタビューを中心に活動するフリーライター。著作に、