芸能界は浮き沈みが激しい。第一線でずっとやっていける人など、ほんのひと握りだ。それゆえ、多くの人が“一発屋”として消えることに。ただ、最近は状況が変わってきた。特に芸人の世界で、あの手この手で生き残る“消えない一発屋”が増えてきたのだ。
SNSやユーチューブでの“思想語り”がドレンド?
子ども相手の営業で大人気の小島よしお、代表ギャグ「ゲッツ!」が15秒の短い尺にぴったりなことからCMで重宝されるダンディ坂野、キャンプの知識と老人ウケする芸風で『笑点』や『徹子の部屋』にちょくちょく出るヒロシ。なかには別の笑いに活路を見いだす人もいて、世界のナベアツは落語家・桂三度になった(同じく、にしおかすみこも春風こえむという名で落語をやっているが、知名度はいまひとつである)。
かと思えば、笑いを離れ、新天地を目指す人もいる。ピースの綾部祐二は相方・又吉直樹が作家としてブレイクしたこともあって、ハリウッドスターを目指し、旅立った。成果を上げられるとはあまり思えないものの、帰国すればしばらく米国ネタで食いつなげるだろう。
ボキャ天世代の芸人・おさるは特技の書道を活かして書家『宇都鬼(ウッキー)』となり、かつての相方・コアラは飲食店や芸能事務所を経営している。元妻・三原じゅん子は安倍晋三首相とともに政見放送をやって話題になったが、昔はいつもその隣にはコアラがいたものだ。
そんななか、いかにも今どきの方向転換といえるのが、ツイッターやユーチューブで思想を語るというもの。ベテランではラサール石井や松尾貴史、中堅では星田英利(ほっしゃん。)若手ではウーマンラッシュアワー村本やオリエンタルラジオ中田などが代表格だ。
ただ、思想的に左寄りの人が多く、そろそろ定員オーバーの感も。今後は右寄りで発信するほうが狙い目だろう。あと、村本には相方の中川パラダイスの面倒もちゃんと見てやってほしい。
一方、昔からあるやり方が、ゆかりのある地方で活動するというもの。例えば、ギター侍こと波田陽区は出身地の山口やその隣県・福岡でそこそこ仕事を得ている。家族で福岡に移住し、事務所の九州本部に所属。もはや、ご当地タレントだ。本人いわく、
《東京から芸人を呼ぶより交通費がかからないから有利なんです!》
とのこと。なお、この発言は、山田ルイ53世の著書『一発屋芸人列伝』からの引用だ。この人もひぐち君と組んだ髭男爵で“ルネッサーンス!”というギャグを生み出し一発当てたが、その後、失速。自身も含めた一発屋芸人の生態を赤裸々に描いたこの本で再浮上を果たした。その勢いで『ミヤネ屋』にパネリストとして呼ばれるようにもなっている。これもまた、ひとつのセカンドステージである。
また、地方で生き残った芸人にはほかにクマムシもいる。歌わないほう(佐藤大樹)が富山出身だったことから、北陸エリアで今も健在。富山テレビの『フルサタ!』では『クマップ(KMAP)』という企画を担当している。「クマムシが県民も知らない富山を見つける旅」というのがコンセプトだ。
ちなみに、彼らのコンビ名は実在の虫に由来する。発案者の佐藤はかつて、雑誌の取材でこんなことを言っていた。
《火山の火口とか南極とか、住みづらいところでも生きていけるような、とても生命力旺盛な虫なんです。(略)そんな虫のように、この芸能界で生き残ろうぜ!という僕たちの思いを込めてつけました》
とはいえ、トップレベルの芸能界で吹く風は彼らにとってちょっと冷たかったのかもしれない。歌うほう(長谷川俊輔)にとっては地元でもなんでもないが、田舎の空気のほうが「あったかいんだからぁ」ということだろう。
毎日「のん」を拝める岩手県
さて、地方のほうが生きやすいのは芸人だけではない。アイドルや役者などもまたしかり、だ。
例えば、筆者の住む岩手では、いつでもどこでも、のん(旧名・能年玲奈)を見ることができる。
独立をめぐって前の所属事務所とモメ、全国区では干されたものの、ローカルでの仕事なら大丈夫なのだ。のんとして再出発するにあたり、彼女は県知事を表敬訪問。ヒロインを務めた朝ドラ『あまちゃん』ゆかりの岩手で、窮地をしのごうとした。
その結果、地元の銀行やJAのマスコットガールに起用され、田植えなどのイベントにもしょっちゅう呼ばれている。テレビのCMや街角のポスターで、会えない日はなく、なかでも耳について離れないのが『この街は』(作詞作曲・のん)というCMソングだ。
当初はお世辞にもうまいとはいえない鼻歌バージョンだったが、岩手への応援ソングでもあり、地元での評判は上々。岩手には震災後に地元を盛り上げてくれた彼女に対し、親しみを抱いている人が多いのである。
また、のんと同じ事務所だった清水富美加は宗教をセカンドステージに選んだ。現在は法名の“千眼美子”として幸福の科学グループの映画に主演したり、CDを出したりしている。
アイドルや俳優も次々と第2の道を
アイドル系の引退としては、ももちこと嗣永(つぐなが)桃子にも驚かされた。芸能活動と並行して、大学にも通い、今後は幼児教育の道に進むとして、15年間在籍したハロー!プロジェクトを卒業した。
そして現在、彼女と同じ方向を目指しているかもしれないのが、大橋のぞみだ。ジブリ映画『崖の上のポニョ』の主題歌を歌って大ブレイクした子役だが、当時から、
「友達にドラマを見たよって言われるのも本当は嫌。だって恥ずかしいから」
とインタビューで語るほど、芸能人とは思えない恥ずかしがり屋だった。小学校卒業を機に学業優先を理由に引退したあと、今ではハタチに成長。そんな彼女が、将来の夢に挙げていたのが「保育園の先生」なのである。
男性アイドルでは、記憶に新しいのがタッキーこと滝沢秀明。アイドルを引退して、ジャニーズ事務所の副社長に就任という決断は、かつての森且行(オートレーサーに転身)や小原裕貴(広告代理店就職)と比べてもレアケースだ。
そのほか、難病を患った坂口憲二がコーヒー焙煎士を第2の人生に選んだり、水嶋ヒロが作家を経て料理ユーチューバーになったり、ジェロが歌をやめてIT企業に就職したりと、セカンドステージもさまざまである。今年の人気者では、ラグビー日本代表の福岡堅樹が東京五輪での7人制挑戦を最後に引退すると宣言。2度受験に失敗した医学部をもう1度目指し、最終的には医師になる目標を掲げている。
かと思えば、スキャンダルのせいで生き方が変わった人も。沢田亜矢子の夫でマネージャーでもあった松野行秀はお騒がせタレントにありがちなプロレスデビューをしたところ、本気になってしまった。ゴージャス松野として10数年、活躍している。
また、金子恵美は夫の「育休不倫」のあおりを食って、選挙に落ち、政治家を引退。自宅マンションのローン返済のため、タレントに転身した。
そして、思いがけず人生が好転したのが新垣隆だ。ゴーストライター騒動で時の人になってしまったが、これにより「頼まれたらイヤと言えない人」的キャラでブレイク。ダウンタウンに「鼻クワガタ」をやらされたりした。
そうやって身体を張ったおかげか、音楽面でも幅が広がり、現在は川谷絵音率いるジェニーハイのメンバーとしても活動中だ。先日の『FNS歌謡祭』でもクラシック仕込みの洒落たキーボード演奏を披露していた。
その姿が生き生きとして見えるのは、誰かの“ゴースト”ではなく、自分のやりたいことをやれているからだろう。セカンドステージで輝く条件はまさに、自分ファーストなのだ。
(寄稿・宝泉薫さん)
《PROFILE》
ほうせん・かおる ◎アイドル、二次元、流行歌、ダイエットなど、さまざまなジャンルをテーマに執筆。近著に『平成「一発屋」見聞録』(言視舎)『平成の死 追悼は生きる糧』(KKベストセラーズ)