上原理生 撮影/廣瀬靖士

 日本製オリジナルミュージカルの最高傑作と、ミュージカルファンが愛してやまない作品がある。それが、1988年に音楽座の旗揚げ公演として初演された『シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ』。

 繰り返し上演され、観客を感動で包んだこの作品が、初めて東宝製作のミュージカルとして上演されている。この作品で2役に挑戦中の上原理生(りお)さんは「人の人生を変えるような力をもった名作に出ることができて、本当に光栄です」と語る。

じわじわ伝わる、和製ミュージカルの傑作

「ミュージカル界を背負うような豪華キャストの先輩方と共演できるのもうれしいことですが、その中には土居裕子さんをはじめ音楽座でこの作品に携わった方が何人もいらっしゃいますし、福井晶一さんなど、この作品を見て“ミュージカル俳優になる!”と決めた方もたくさんいらっしゃる。改めて作品の力を感じますね」

 上原さんは、この作品に「グランドミュージカルにはない魅力」があると感じているそう。

「ストーリー的に激しい起伏があるわけではないんですが、見ているうちにじんわりと温かいものが心の中に広がっていくような、そんな作品だなぁ、と思いました。

 ドーンとインパクトの強いものがくるんじゃなくて、本当に大事なものは目に見えない、些細なことが幸せをつくるんだ、というシンプルなメッセージがじわじわと伝わる。それが人の心をつかんで離さない、このミュージカルの魅力なんじゃないかな」

ロックな少年が声楽を目指すまで

 上原さんが演じる役のひとつは、なんと宇宙人。日常のささやかな幸せを描きながら、宇宙的なスケールのSF要素をもっていることが作品の要なのだ。

「宇宙人的な立場から言わせていただきますと(笑)、“地球人はちょっと大事なことを忘れがちなんじゃない?”と。時代背景が初演当時の1988年ですから、高度経済成長を経て、バブルの時期。どんどん物質的に豊かになって、お金を稼いでハッピーになろうぜ、なんて時代なんですね。

 そんな中で、ささやかな幸せ、例えば愛する人のそばにいることとか、健康な状態で生きていけることとか、そういうことの素晴らしさを見落としがちになっていた。でも宇宙人たちの住んでいる星では、そういう些細なことこそが大事。

 逆にお金という概念がない世界なんですよ。地球の人たちは物質文明ばかり大事にしちゃうから欲が出てきて所有したがるし、それを守ろうとして誰かを攻撃したり、もっている人に嫉妬したりということになる。“でも本当はもっと精神的なものこそが大事なんだよ”というメッセージを投げかけているんです」

 パンチのある歌唱力に定評のある上原さんは、東宝グランドミュージカルになくてはならない存在。だがもともとは、ロックに憧れる歌好き少年だった。

上原理生 撮影/廣瀬靖士

「物心ついたころから歌うのが好きで、バンドブームがあった影響でKISSやQUEENが好きだったんです。そういう方向を目指そうと思っていたんですが、高校のとき音楽の先生が、僕の歌声を聴いて“声楽をやりなさい”と言ってくださった。

 その先生のことは、今回演じているもうひとつの役、作曲家の先生の役づくりで無意識のうちに参考にしているかもしれませんね。先生のご指導で東京藝大に入ることができたんですが、周りはエリートばかり。僕は劣等生でした。だからこそ“ここで1番をとりたい”と、オペラにのめり込んでいきました

 しかし、在学中にミュージカルと出会い、それが転機となった。

「衝撃でしたね。オペラの流れを酌んだうえで、僕がもともと好きだったロックやポップスもすべて融合された世界だったんです。違和感なく引き込まれて“やってみたい”と思いました」

人外のキャラクターを演じてみたい

 そのミュージカル『レ・ミゼラブル』のオーディションに見事合格。ミュージカル俳優の道を邁進する。

「最初は歌うことしか知らなかったから、苦労しました。ミュージカルでは“歌うな、語れ”と言われるんですね。でも大学出たての僕は“何じゃそりゃ?”って思ってましたから(笑)。でも演じることの楽しさを感じるようになって、“ハートが大事なんだな”とわかるようになりました。

 歌ひとつにしても、ハートが乗っていなければ“歌うな”と言われてしまうけれど、ハートが乗っていれば劇中の歌として伝えられるものがあるんだな、と。その難しさを追求し続けていきたい。

 もっと歳月をかけて努力すれば、もっと深いものに変わっていくんじゃないかと思いますし。寝かせたワインみたいにできればいいですね。熟成されて、香りの高い歌にしていけたら」

『レ・ミゼラブル』以降もフランス人、特に革命にかかわる人物の役が続き、“革命家俳優”の異名をとった上原さん。

僕の日本人役はレアかもしれません(笑)。でも僕は吸血鬼や死神など、人外のキャラクターを演じたいってずっと思ってきたので、今回の宇宙人役は“よっしゃー!”って気合の入るところがあるんです。“いい作品だなぁ”とすごく思うので、届けたい思いが何なのかをしっかりつかんで臨みたいですね。冷えた身体を温めるつもりで見にきてくださったら、いつもとは違うしっとりとした感動に出会えると思います!」


うえはら・りお 1986年10月29日、埼玉県生まれ。東京藝術大学音楽学部声楽科を卒業後、2011年に『レ・ミゼラブル』のアンジョルラス役でミュージカルデビュー。以後、『ロミオ&ジュリエット』ティボルト、『ミス・サイゴン』ジョン、『1789 バスティーユの恋人たち』ダントン、『スカーレット・ピンパーネル』ロベスピエール、『ピアフ』ブルーノなどに出演。2019年の『レ・ミゼラブル』ではジャベール役に挑戦、高い評価を得た。コンサートも精力的に行っている。今後は2020年5月より『ミス・サイゴン』に出演予定。

ミュージカル『シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ』

『シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ』 (c)東宝

筒井広志の小説『アルファ・ケンタウリからの客』をミュージカル化、1988年に音楽座の旗揚げ公演として初演された。作曲家を志す青年・悠介(井上芳雄)とスリとして育った孤児・佳代(咲妃みゆ)との運命の恋を、宇宙からの来訪者らを交えて描き出す。音楽座出身者も多数出演。東京公演はシアタークリエにて、2月2日まで上演中。以後、2月7日~9日 福岡市民会館(問い合わせ:博多座電話予約センター)、2月12日~15日 大阪・新歌舞伎座(問い合わせ:新歌舞伎座)にて公演。詳しい情報は公式HP(https://www.tohostage.com/shabondama/)で確認できる。

取材・文/若林ゆり ヘアメイク/谷口祐人