「戸田さんはひとり暮らしでしたが、3年ほど前からお母さんと住んでいたようです。お母さんは最後には車イスを使っていましたが、かいがいしく世話をしていて優しい息子さんに見えました」
「息子さんは猫を飼い始めてね。“猫はやはり可愛いですね”と言って、ベランダ伝いに隣の部屋に行かないように柵を作っていました」
母の遺言をかなえようと
同じ5階建てのマンションの住人からそんな評判だった東京・足立区の戸田先容疑者が年の瀬の12月30日に逮捕された。
「容疑者は“1年以上前に死んだ母と同居をしている”と近くの交番に出頭。警察が自宅マンションに駆けつけると、母親と思われる女性の遺体が、20枚ほどのビニール袋に包まれた状態でマットレスの上に寝かされていたということです。目立った外傷はなく、死体遺棄の容疑での逮捕となりました」(捜査関係者)
母・美弥子さんは脳梗塞などを患っていて容疑者が介護をしていたが、2018年1月ごろに死亡。遺体をそのままに容疑者は2年近く暮らしていたようだ。
「母親が生前に“息子と猫の3人でずっと暮らしたい”と言っていた遺言をかなえようとした」
「少しでも一緒に長く暮らそうと思った」
「母親がいなくなると寂しくなってしまう」
などと放置していた理由を語っているようだが、容疑者の生活をいぶかしむ住人も。
「お母さんは同居しているというより、部屋に訪ねてくるようでした。息子さんはカメラマンをやっているらしいですが、昼間はいつも部屋の中にいて、夜になるとときどき出かける程度。定職についているようには見えなかった。このマンションの家賃は2Kで9万円なんですが、どうやって生活しているのか不思議だった」
そんな一家の奇妙な生活の痕跡は、現場から1キロほど離れている公営住宅にもあった─。
全世帯からお金を借りた母
団地の住人が話す。
「戸田さん一家は約40年前、息子さんが高校生のころにお父さん、お母さんの3人で近隣から引っ越してきました。息子さんは成人したころに独立して、30歳前後で結婚。子どもさんも生まれたようですが、20年前に離婚。九州でカメラマンをやっていたと聞いています」
別の住人も一家の生活ぶりを覚えていた。
「お父さまは10年近く前に亡くなっていて、それからはずっとお母さまひとり。病気がちで杖もついていて、ハジメ君が大量に紙おむつを買う姿や、一緒にスーパーで買い物している姿を見かけましたよ。
いつも黒革のコート、黒いシャツ、黒いズボンで、まるでホストみたいな感じでした。お母さまはよく“友達のところへ行ってきた”などと話していましたが、いま考えると息子さんのところへ行っていたんだと思います」
団地の住人が特に美弥子さんのことを鮮明に記憶しているのは、みなが彼女に金を貸したことがあるからだ。
母親は同じ棟のほぼ全世帯にあたる30数世帯から金を借りていたという。
別の棟の住人も、
「ベランダ同士で顔が合って手を振ったら、美弥子さんが金を借りに来たこともあったそうです。1回に3000円から5000円くらいですけど。なかには3万円貸したという人もいますけどね。美弥子さんは“次の年金が下りたときに返すから”が口グセ。
貸すと何度も借りに来る。結局、返してもらっていない人もいるので、“あの人に金を貸しちゃダメ”っていうことになっています」
戸田家を知る関係者もこうあきれる。
「5、6年前に戸田家はある宗教団体から退会しましたが、その後も元の信者たちにも借りに来るんですよ。彼らは金銭の貸し借りは禁止されているので、断ったようですけど。
お母さんが昔からパチンコ好きなのは知っていましたけど、何に使うのか気になっていました。収入が少なく年金暮らしでも、公営住宅の家賃は高くても月に2万円くらいです」
容疑者の父親が亡くなったときも、困窮ぶりがうかがえたという。
「葬儀は大勢呼ぶ予定だったようですが、お金で行き詰まったようで、身内だけの密葬になりました。祭壇も何もなく、お墓の場所も聞いたことがないので、お骨はそのままになっていると思います」(前出・関係者)
二重生活の背景に見えたもの
3年ほど前に「公営住宅では猫は飼えないから」「体調もよくないから」と母親は、容疑者のマンションで生活するように。
しかし、公営住宅の部屋の契約は、いまも解約されてないという。
確かに現在も、ポストと表札には「戸田」の名前がついたままになっている。
「なぜ解約しないのか尋ねたら、お母さんも息子さんも“荷物がゴミ屋敷のようにいっぱいだから、そのまま残している”というんです」
と話す近所の住人はこう疑いの目を向ける。
「でもいま考えると、生活保護や年金の詐取のために、団地に住所を残していたのかもしれませんよね。母親の遺言なんてきれいごとですよ」
扶養できる親族がいたり家賃が高い部屋に住んだりすれば、生活保護の受給はできない。
だから母親は、息子のもとに通う“二重生活”を送っていたのではという。
「お母さんの金は息子さんの家賃と生活費に使っていたのかもしれません。息子さんが若いとき、お父さんに内緒でバイクを買ってあげたこともあるお母さんですから。お父さんも“妻は息子には甘いから”とこぼすほどでした」(同・住人)
そして2年前、母親が死亡。
そのとき、わが母を手厚く葬ることよりも、容疑者の頭に真っ先に浮かんだのは、これからの生活についてだったのかもしれない。
今度は、母親が生きていることを偽装するために容疑者による“二重生活”が始まったようだ。
公営住宅の古参の住人がこう証言する。
「3年くらい前から息子さんは以前にも増して団地に通いつめていました。たまった郵便物を整理したり、自治会費の納入をしたり。2年前にお母さんが亡くなっていたなんてまったく気づきませんでした……」
しかし、昨年11月ごろから母親の所在確認のため、たびたび警察が公営住宅の部屋を訪れるようになった。
12月には容疑者のマンションにも捜査の手が─。
逮捕後は、「精神的に疲れた……」とも供述しているという容疑者。
母親の亡骸と暮らし続けていたことはもちろん、2年前からの偽装工作の疲れや、罪が発覚することへの重圧があったのかもしれない。