「俺は表示された価格で商品を買うことに決めたんだ!」と税抜き価格でしか支払おうとしなかったり、「俺はなぁ接客のプロなんだ!」と店員の態度にいちゃもんをつけたり……。そんなクレーマーに対して、お店はどのように対応するのがいいのか。被害が大きくならないためのポイントを弁護士に聞いてみると──。
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個人へのクレーム対応に約半年を要した
「ここ2年ほど〇〇ハラスメントという言葉が次々と生まれていますが、カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)は昔からありました。小売店や飲食店において、客と店員がもめることはよくある話です」
と、解説してくれるのは、飲食店や小売店などのトラブルに詳しい弁護士の石崎
冬貴さん。
一般的に言われているカスハラとは、客が店員に対して不当な要求をしてしまうことを指す。
「お店によって求められるサービスの水準が違うので、カスハラの問題は非常に難しいです。店員を殴るなどの露骨な犯罪は例外ですが、問題となるケースは客がどこまで要求していて、店側はそれにどこまで応えていくべきなのか、という領域になります。
例えば、400円の牛丼店と3万円するレストランを比べた場合、テーブルが汚れていたときに前者はほとんどの人が文句を言わないでしょう。しかし、後者であれば不快に思う人は多い。そういった小さいところからこじれていくケースだってあります」
実際にどのような事例があるのか。チョコレート製菓店に勤めている20代女性は、入社してすぐ、カスタマーハラスメントを経験したという。
「お店にいらっしゃった男性のお客様から“店員の態度がよくないから店長を出せ!”と言われたので、私は店長を呼び一緒に謝罪してもらいました」
ただ、それでは怒りがおさまらず、その場で本社へクレームの電話をかけ始めたという。
「“俺はなぁ、定年前まで何人もの部下を見てきた接客のプロなんだ!”と大声でまくしたてていました。その日以降、本社のカスタマーサポートに連日のように電話がかかってきたそうです。しかも、それだけじゃ不満だったのか、エリアマネージャーや営業の部署まで巻きこんでいき、最終的に半年近くもやりとりが続きました」(前出・チョコレート製菓店勤務の女性)
新人で、業務の内容がわからない部分があったものの、決して悪態をついていたわけではなかったと、当時を振り返りながら続ける。
「最終的に本社の人たちが菓子折りをお客さんの自宅へ持っていったことで“丁寧な対応に満足した”とトラブルは解決しました。そのとき奥さんは“家では家族から邪魔者扱いされているから、外で大きな態度をとりたかったんだと思います。申し訳ございませんでした”と平謝りしていたそうです」
店側のミスが火種となるケースもある。スパゲティ店でアルバイトとして働いていた20代の女子大生は、
「衛生環境は整えているつもりでしたが、お客様の注文した商品に髪の毛が入ってしまいました。もちろん、こちらの不手際だったので、謝罪と返金を丁寧に行ったつもりだったのですが、お客様からは“それだけか”と怒りがおさまらず、その後の対応をどうすればいいのかわからなくなりました」
ある調査では飲食店で外食をした際に髪の毛が入っていたことがあるという人は55・6%にものぼったという。異物混入を起こさないため、飲食店ではネットや帽子を着用するなどの対策は必須になっており、最近ではこんな対策まで。
「ネットや帽子を使用しても、襟足が出てしまえば意味がありません。最近では、ケオチノンという落下防止のために髪の毛を固める商品を髪にふりかけています。4時間ほどすれば手ぐしで元に戻るので、私たち女性にとっても使いやすいですね」(前出・20代アルバイトの女子大生)
「詐欺だ!」と怒鳴り散らす50代男性
カスハラの標的は決して女性だけではない。惣菜屋さんで勤務していた40代の男性社員は、危うく警察ざたになりそうなクレームに遭遇したという。
「うちの商品はすべて税抜き価格で表示しているのですが、50代くらいの男性のお客様から“表示されている価格と異なっている。詐欺だ!”と大声で怒鳴られたんです」
事情を丁寧に説明したが“俺は表示されていた価格で買うことに決めたんだ!”と宣言する始末。
「ちゃんと“税抜き”の記載もしていましたよ。でも、こちらの話をそもそも聞いてくれず、対応に苦労していたので警察を呼びますと伝えたところ、しゅんとなってお帰りになりました」
このようなケースの対策には、ダミーでもいいので防犯カメラ設置や防犯カメラ作動中のシールを貼るなどが効果的だという。
大手デパートで販売員をしているという20代の女性は、
「50代くらいの女性のお客様から“これから大阪に行くから溶けないチョコレートが欲しい”と言われました。ただ、真夏の時期だったこともあり、まったく溶けないとは言い切れませんと伝えました」
すると“溶けないことを保証してくれるまでここにいます!”とお店のカウンターに居座り続けるという暴挙に出たという。
「デパートだったので、ほかの製菓店の方と協力してチョコレート以外のお菓子をすすめてなんとか解決しました。“このままじゃ新幹線に間に合わないわよ”と脅されているようでした……」
相手の言葉は否定しないこと
客からのクレームを生み出さずに防ぐことは大切だが、万が一の場合、被害を最小限に抑える対処法はあるのだろうか。
前出・石崎さんは、
「店側ができることはある程度決まっていて、まずは気持ちよく謝ることです。謝ると法的な責任を認めることになるんじゃないのか、などと言われることがありますが、お客様の気分を害して申し訳ございませんという道徳的な話をしているので、責任とは別の話です。気持ちよく謝れば、それ以上、文句を言ってくる人はほとんどいないでしょう」
時間だけが取られてしまうため、客とは議論をせず、言ったことを否定しないのも重要だという。
「現場の人が曖昧なことを言ってしまうのもよくないので、いったん持ち帰るなどの対応をとりましょう。余裕があればやりとりを記録しておくのもいいでしょう」
現場のスタッフはクレーム対応が本業ではない。だからこそ、どこまでやればいいのかという緊急時のマニュアルを作っておくことも企業には求められる。
「お客様は神様ですという風潮はありますが、店は料理を提供し、客はそれに対してお金を支払うという平等な契約なんです」(石崎さん)
消費者は、いま1度、行動を見直す時代になってきたのかもしれない。
石崎冬貴(いしざき・ふゆき) ◎神奈川県弁護士会所属。賃貸借契約から労務問題、風評被害、漏水まで、飲食店の法務を専門的に取り扱うほぼ唯一の弁護士。カスタマーハラスメントや無断キャンセル問題など顧客対応にも精通している。著書に『なぜ、飲食店は一年でつぶれるのか?』『飲食店の危機管理【対策マニュアル】BOOK』(いずれも旭屋出版)などがある。