最近、『ルパンの娘』や『グランメゾン東京』といったドラマで虜になった人も多いだろう。大貫勇輔(31)は超人的なダンサーであり、踊って歌える俳優。その彼が、村上春樹の小説を舞台化する『ねじまき鳥クロニクル』で挑戦するのは、根源的な悪ともいうべき難役、綿谷ノボルだ。
「自分が最高だ」という時期もあった
「難しいですね。“いまの時代にこういう人っているのかな?”と考えても、パッと出てこない。だから、何もないところから創りあげていく作業です。
ある意味、天才的な男でしゃべる言葉にすごく説得力があると書かれているんですけど、“説得力のあるしゃべり方って何だろう?”とか(笑)。彼にふさわしい身体のあり方、声のあり方というものを模索中です」
悪とはいえ、シンパシーを感じる部分も?
「悪役って、自分が“悪役だ”と思って演じている人はいないんじゃないかな。自分なりの、ある種の正義があって、それは別の面から見ると黒に見えたりするけど、自分では白だと思っているから。
実を言うと僕は昔、ダンスだけをやっていたとき、“自分が最高だ”と思い上がっていた時期があるんです。いまは違いますよ!(笑)だから上から目線で尊大な綿谷ノボルの感覚は、ちょびっとわかる気もしています」
演出・美術・振り付けを手がけるインバル・ピントとはミュージカル『100万回生きたねこ』で組み、いい時間を過ごせたという。
「インバルは、まず言葉でイメージを伝えて、僕らがなんとなくやったものからいい部分を拾って、それを形にしていくんですね。だから役者も一緒にクリエイティブな作業をさせてもらえる。それが実に楽しいんです。
前回ご一緒したときは、はじめに“やってみて”と言われて、“え、振り付けしてくれないの?”と驚いたんですが、やっていくうちに“これって大事なことなんだ”とすごく感じて。“クリエイティブであること”がどんなに大切かをインバルから教えてもらったような気がします」
“ダンスがいちばん”を崩壊させた舞台
村上春樹の難解な世界観は、どういうふうに表現されるのだろう?
「この小説はすごく幻想的で、現実なのか夢なのかわからなくなるような作品なんですよね。だからこそ、インバルの独創性が生きると思います。どこか心地よさも誘う幻想的な世界を、歌とコンテンポラリー・ダンスという抽象的な踊りで、より効果的に描けると思う。見てくださる方のイマジネーションを刺激する作品になると思います」
もともと、最強のダンサーだった大貫が俳優としての自我に目覚めたのは、ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』で死のダンサーを演じたときだった。
「それまでの僕はダンスがいちばんと思っていたし、ダンスしか知らなかった。初めて歌とお芝居で表現するミュージカルに触れて感動して“自分もこういう表現ができる人になりたい”と思ったときに、扉がパーンと開いて世界が広がったんです。
それからお芝居をやるたびに、どんどん打ちのめされました。それまでダンスでは、苦労したことがほとんどなかったのに」
さらに初のストレートプレー『アドルフに告ぐ』で出会った成河らに触発され、俳優への憧れを強めた。
「そのころ人生で初めて、ダンスを8か月くらいやめたんです。“お芝居だけやる!”と決めて、トレーニングを一切やめた。その後、ダンサーの身体に戻すのに3か月くらいかかりました。けっこう苦労しましたね。
それで“俳優ができるダンスもあるけど、ダンサーにしかできないお芝居があるんだ”と改めて気づいたんです。“僕のよさ、強みはダンサーでありながらお芝居をすること”なんだって」
子役に教わった「やればできる」
そして『ビリー・エリオット』と『メリー・ポピンズ』で、また俳優として大きな転機を迎えた。
「1年以上をかけたビリー役のオーディションで勝ち抜いてきた子どもたちが、目の前ですごい努力をして、みるみるさまざまなことができるようになっていく。それを間近で見て心を動かされたし、“人間やればできるんだ”と知っちゃったんです。
それで自分が努力を怠っていたことに気づいた。俳優をしながら、僕は無意識に“自分はダンサーだから”って言い訳をしていたんです。そこから僕の人生が変わりました。『メリー・ポピンズ』のバートはダンスも歌もたいへんでしたが、ビリーたちの努力を思えば自分もがんばれました(笑)」
最近は映像の仕事でもいろいろな刺激があり、ますます充実した毎日に。
「お芝居って、フィクションをいかにリアルに表現できるかということが面白みだと思っています。映像のお仕事を経て、より俳優としての“役のつき詰め方”みたいなものが勉強できました。
お芝居もダンスも好き。舞台をクリエイトしていく稽古の時間が好き。いまはとにかくひとつひとつの作品を大事にいろいろな経験をして、ダンスが芝居の、芝居がダンスの役に立つようなものを、もっともっとできたらいいですね」
おおぬき・ゆうすけ 1988年8月31日、神奈川県生まれ。母親の経営するダンススタジオで7歳よりダンスを始め、17歳でプロのダンサーに。2011年『ロミオ&ジュリエット』で死のダンサーに抜擢され、『100万回生きたねこ』『マシュー・ボーンのドリアン・グレイ』『ビリー・エリオット~リトル・ダンサ~』『メリー・ポピンズ』などで実力を発揮。近年はドラマ『高嶺の花』『ルパンの娘』『グランメゾン東京』などで人気を集めた。ミュージカル映画『キャッツ』では吹き替えに挑戦している。
『ねじまき鳥クロニクル』
村上春樹の代表的長編小説を、イスラエルの鬼才、インバル・ピントの演出・美術・振り付け、アミール・クリガーと藤田貴大の脚本・演出で舞台化。主人公のトオル役を成河と渡辺大知がふたりで表現し、“死”への興味を持つ女子高生には門脇麦があたるほか、個性的な俳優たちが「演じる・歌う・踊る」。そこに「特に踊る」ダンサーと、音楽の大友良英らの演奏が加わって世界を形成する。2月11日~3月1日、東京芸術劇場プレイハウスで上演。大阪、愛知公演もあり。詳しくは公式HP【https://horipro-stage.jp/stage/nejimaki2020/】へ
取材・文/若林ゆり ヘアメイク/松田蓉子