「東京オリンピックでしたいこと」というアンケートに対して、なんと約半数の52%の人が「特に何もするつもりはない」と回答──。
株式会社クロス・マーケティングが、全国47都道府県に在住する20~69歳の男女を対象に『2020年 東京オリンピックに関するアンケート(2019年度版)』を実施したところ、前記のアンケート回答をはじめ(結果はペー下部参照)、「オリンピックへの興味度」、「スポーツ会場観戦意向」においても、東京オリンピックへの関心が高まるどころか、盛り下がっていることが顕在化している。
インフラが整った巨大都市でしか開催できない
「盛り上がっていないのに大成功として喧伝(けんでん)され、記録されることを懸念しています」
こう話すのは、『やっぱりいらない東京オリンピック』の著者、神戸大学教授の小笠原博毅さん。開催が迫る中、「東京オリンピックはやらないほうがいい」と警鐘を鳴らす。多くの国民が冷めている理由はいくつかある。
そのひとつが、招致活動における賄賂(わいろ)疑惑など、五輪開催にまつわるお金について。
全体の約8割の競技会場を半径8キロの中に集中させるなど、世界一コンパクトな五輪にすることで経費を7000億円に抑えるとしていた。ところが、今やその4倍を超える3兆円まで五輪経費は膨らみ、費用分担として東京都が計上する予定だった6000億円に2018年、追加で8100億円を計上することが発表された。小笠原さんは、
「巨額の負債を抱えてしまうことを理由に、ハンブルク、ローマ、ボストンなどの自治体は、2024年のオリンピック招致レースから自発的に手を引きました。コンパクトなオリンピックなどできないことを知っているのです。今や、オリンピックはある程度インフラが整っている巨大都市でしか開催できないという状況にあります」
東京の4年後はパリ、その4年後の2028年にはロサンゼルスで開催されるように、メガシティの開催が続くのは偶然ではないのだ。
「費用分担として東京都が計上する予定だった6000億円を東京都の納税世帯数で割ると、都民一世帯当たりの負担額は約9万円でした。その後、新たに8100億円を上乗せすることが決まりましたから、さらに負担額は膨れ上がっています」
もちろん、世帯収入や家族構成によって変わるだろうが、10万円以上のお金がオリンピックに使われていることを改めて考えると、シビアな視点で見つめざるをえない。
《すでに行われている東京五輪関連のイベントへの参加状況》
・オリンピック選考会関連のテレビ、動画サービスでの観戦 13.3(%)
・テレビや動画サービスでニュース、特集番組を見る 12.5
・関連イベントへの参加 6.0
・オリンピック選考会関連の会場での観戦 3.3
・東京オリンピック限定グッズの購入 1.9
・会場の周辺観光 1.8
・大会マスコット関連のグッズ購入 1.0
・選手の関連グッズ購入 0.6
・特に何もしていない 81.3
《オリンピック期間にしたいこと》
・テレビや動画サービスで観戦(生中継) 37.3
・テレビや動画サービスでニュース、特集番組を見る 25.0
・テレビや動画サービスで観戦(録画・再放送) 22.1
・会場での観戦 19.1
・関連イベントへの参加 12.6
・東京オリンピック限定グッズの購入 5.2
・大会マスコット関連のグッズ購入 2.9
・会場の周辺観光 2.8
・選手の関連グッズ購入 1.4
・その他 0.2
・特に何もするつもりはない 52.0
さらには、それだけお金をかけて建設した競技施設などの箱物が、負の遺産になるのではないかとも懸念されている。事実、1998年に開催された長野冬季五輪では、開催費用の利息を含めた借入金、約694億円の返済に20年かかり、ボブスレー・リュージュ競技の会場施設『スパイラル』を保有する長野市が、維持管理や改修に巨額の費用がかかることを理由に、2018年度以降の競技使用をやめると発表したほどだ。
そんな中、お披露目されたばかりで注目を集める新国立競技場は、「階段や席が狭い」「ゲートで応援席が分断される」など不満の嵐……。
「日本スポーツ協会やJOCは、新国立競技場を使えそうな各競技団体と協議して、どういうレイアウトで五輪後に運用していくかということを話し合わずに、建設を進めてきた。サッカー関係者から見れば、国を挙げてワールドカップ優勝を目指しているのに、メインスタジアムが“陸上のトラックつき”になってしまっている(苦笑)。足並みがそろっていないから不満だらけの競技場が誕生してしまう。しかも、その維持費は、都民が負担していくことになる」
“五輪終了”の反動で財布のひもは……
アテネ、リオデジャネイロを筆頭に、巨大都市で開催したとしても膨れ上がった五輪予算に圧迫され、その後財政難に陥る自治体は少なくない。そこでワラにもすがりたくなるのは、五輪開催による経済効果だ。
東京都によると、大会招致が決まった'13年から大会10年後の'30年までの18年間で、30兆円を超える効果があると試算しているが――。
「フタを開けてみなければわからない」としながらも、「直近の3四半期の実質GDP成長率は、前期比年率+2%前後を維持しています。数字の上では、効果が出ているといえます」と語るのは、第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣さん。
「今年上半期に関しては、6月末まで行われるキャッシュレス・ポイント還元事業に伴う形で、五輪観戦に備えたテレビの買い替えなどの駆け込み需要、さらには外国人観光客(インバウンド)増加による外需が期待できます」
一方で、下半期を過ぎると内需は厳しくなると予想する。
「家計においては、昨年と比べると国全体でも1兆円以上の増税という状況です。財布のひもは自ずと固くなるでしょう。
また、4月から中小企業でも残業規制が導入され、大企業に同一労働同一賃金制(職務内容が同じであれば、従業員に同じ額の賃金を支う制度)が導入されることで、中高年正社員の給料は下がる可能性もある。家計も企業もマイナス傾向になるため、そもそもオリンピックというイベントがなければ上半期も期待できるものではなかった」
冷え込みかねない状況を打破するべく、政府は下半期以降も補助金や助成金を付与する数々の政策を打ち出しているのだが、「家計を支援する政策は、マイナンバーカードの保有者にポイント(マイナポイント)を付与する制度くらいしかない」と、永濱さんは苦笑する。
「先の実質GDP成長率が示すように、アベノミクスは、たしかに企業の景気はよくしています。ですが、企業の利益が肝心の家庭にまで波及していないことが大きな問題です。それゆえ生活者はお金を使わずにため込む。ところが日常では節約を心がけているにもかかわらず、オリンピックのような非日常が訪れると、なぜか財布のひもが緩む。そして、終了後には反動が生じる」
アンケート結果が示すように、関心度が下がっていることは明らかなのに、いざ大会が近づくとワクワクしてしまい“踊らにゃ損”とばかりに調子に乗ってしまう。そして、「来月からは節約だ」とわれに返る。お祭りだから使ってもいい……それが落とし穴となる。
無理だらけの大会、“その後”にこそ関心を
「アメリカの政治学者ジュールズ・ボイコフ氏は、“祝賀資本主義”という言葉を用いてオリンピックを批判しています」と語るのは、前出の小笠原さん。
「スポーツの祭典に対する祝賀と割り切って、税金や公的資金が使われることをやむなしと考えてしまう。“どうせ開催するんだったら楽しまないと”と安易に考えないで、その裏でどのような犠牲が伴っていたのか、向き合わないといけない」
成功例として挙げられ、東京大会が理想的なモデルとしているロンドン五輪では、イースト・ロンドン地区が主要な競技会場建設のため再開発され、集合住宅から多くの住民が退去させられたという。ここ東京でも、新宿区の都営団地『霞ヶ丘アパート』の住民が犠牲に。跡地は、新国立競技場を建設するための資材置き場やプレハブなどに使われている。
「住民の暮らしを排除して資材を置く……そこまでしてオリンピックを開催する意味があるのでしょうか。元住民の方は引っ越し費用の17万円だけしか保償されていません。高齢者が数多く住んでいた団地だったので、みんなで支え合うコミュニティーだったのですが、散り散りになってしまいました」(小笠原さん)
こうしたうえに、オリンピックの“感動”が約束されているのだ。
「民放キー局に加え、朝日、日経、毎日、読売の大手4紙がいずれも東京五輪の公式スポンサーです。大手メディアをオフィシャルスポンサーにするオリンピックは世界初。最近になって一部批判的な記事も散見されるようになりましたが、悪く書くことができない」(小笠原さん)
閉会後こそ真価が問われる
先のアンケートでは、「東京オリンピックに対する期待点」という質問項目もあったのだが、「レベルの高い競技の観戦」(26・3%)を抑え、「期待すること、楽しみは特にない」(38・9%)がトップに。再び、永濱さんが説明する。
「'64年の東京大会は、日本は新興国でした。ですが、今回は先進国として迎えます。前回のような右肩上がりの成長は期待しないほうが賢明です。そもそも、今の日本経済はデフレを20年以上、放置した結果、オリンピックのような特需に頼らざるをえないという特殊な状況です」
特別な需要だから特需。例えるなら、年に1回あるかないかのボーナスをあてにして、家計をやりくりしているようなもの。
「その特需ですら、開催してみないとどう転ぶかわからない。終了後、会場施設を有効利用するなど試算したとおりに運用できればオリンピックの効果はあったといえるかもしれない。開催期間の盛り上がりだけで判断してはいけません」(永濱さん)
閉会後こそ真価が問われてくる。小笠原氏も強調する。
「無理がたたっているのは明白です。予算は膨張し、招致には贈収賄の疑惑が向けられる。猛暑に開催し、ボランティアとして強制的に学生を参加させる。そして、復興支援を後回しにしているにもかかわらず、無理やり復興と結びつける。
マラソンコースの一部となった北海道大学は、補修工事費を負担することで、そこに割いた分の大学予算を減らさなければいけない。こういった無理の積み重ねは、大会後、私たちの生活に染み出してくる。そして、抑えていたアスリートたちの“ホンネ”も出てくるはずです。だからこそ、“その後”を注視しなければいけない」
住民税が微増し、中心地の地価が上昇する……。そういった部分に、五輪開催の影響が及ぶなら、「オリンピック、感動をありがとう!」なんてことばかりは言っていられない。
「1976年の冬季五輪は、もともとデンバー(米国)で開催される予定だったのですが、予算膨張と環境破壊を懸念した住民が反対運動を行い、住民投票で大会の返上が可決されました。湯水のように税金を使われ、無償でボランティアに参加させられる、などという丸投げ状態のオリンピックをするのであれば、せめて暮らしている人に開催の決定権を委ねてほしいもの」
最後に、小笠原さんはこう提唱する。
「オリンピックは、利権や政治の色が濃くなるあまり、スポーツの祭典の枠を超える巨大産業になってしまった。莫大な予算を必要とするため大都市でしか開催できず、かつてのように新興国の都市が立候補することはかないません。種目を減らし、参加者を減らす、といった縮小化を図らなければ、オリンピック自体の存続が難しくなるでしょう」
背伸びをしないと開催できないオリンピック。それって一体、誰のためにやっているんだろうか?
(取材・文/我妻アヅ子)
※タイトルの一部に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。
【識者PROFILE】
永濱利廣さん ◎第一生命経済研究所調査部首席エコノミスト。景気循環学会理事、総務省消費統計研究会委員。跡見学園女子大学マネジメント学部非常勤講師を兼務
小笠原博毅さん ◎神戸大学大学院国際文化学研究科教授。ロンドン大学ゴールドスミス校社会学部博士課程修了。スポーツやメディアにおける人種差別を主な研究テーマに据え、近代思想や現代文化を論じている