吾輩は就職氷河期世代である。ボーナスも残業代も、正社員になったことも、まだない。バブル崩壊後に社会に放り出され、金融危機や雇用劣化の煽りをまともに受け続けてきた氷河期世代はいま、非正規雇用から抜け出せないまま中年となった人たちが少なくない。声をあげ始めた当事者たちに、43歳・非正規ロスジェネ記者が聞いた「怒り」「あきらめ」「格差」とは──!?
苦悩するロスジェネ世代たち
「ずっと工場や製造業で働いてきました。半年ほど勤めて、クビを切られての繰り返し」
そう話すのは、埼玉県で暮らす高橋誠さん(仮名=44)。ハローワークに何度も足を運んだが就職につながらず、派遣社員やアルバイトなどの非正規雇用から抜け出せない。
「4歳上の兄と2人で、実家で暮らしています。兄の収入で食べている状況。両親は亡くなりました。パソコンのスキルや資格を活かしたいけれど求人は皆無。先は暗いです」
と、高橋さんはうつむく。都内在住の山根淳也さん(仮名=39)も先月、派遣切りに遭い、いまは求職中の身だ。
「4年働いた製造業の派遣先企業から、会社が直接雇うので働かないかと声をかけられたこともありますが、断りました。派遣ではないけれど、やはり非正規だったんで」
高橋さんや山根さんは、バブル崩壊後の景気低迷と社会へ出るタイミングが重なった就職氷河期世代だ。ロスト・ジェネレーション、略して「ロスジェネ」とも呼ばれる。
政府は氷河期世代を「大卒で37~48歳ぐらい、高卒で33~44歳ぐらい」としているが、明確な定義はなく、一般に30代半ばから50歳ぐらいと言われている。その数、約1700万人。新卒で正社員の椅子に座れず、働き盛りになっても非正規のままという「中年フリーター」も少なくない。総務省の調査によれば、'18年時点で35歳から44歳の非正規は約371万人にのぼる。
未婚率も高く、家庭を持つことも難しい。いつクビを切られるかしれない「身分」に怯(おび)え、不条理を感じつつ非正規で働く43歳の記者自身、悩める当事者のひとりである。
そんな氷河期世代が集まり、手作りの食事をともにして思いを語り合う『ロスジェネ食堂』が1月24日、東京・飯田橋で初めて開催された。企画したのは『就職氷河期世代当事者全国ネットワーク』(氷河期ネット)。この日、約40人がつめかけた会場では、無料でふるまわれた豚汁やおにぎりを味わいながら、氷河期世代としての苦労や悩みを分かち合う姿があった。
岸泰史さん(仮名)は30代後半。同じ境遇の人たちと知り合いたくて参加したと話す。
「同世代でないと、ロスジェネの問題はなかなかわかってもらえない。上からも下からも自己責任と言われるので」
岸さんは「まあまあ大手の正社員」という現在に至るまで、4度の転職をしてきた。
「いずれも正社員でしたが、サービス残業は当たり前、パワハラも日常茶飯事という環境でした」(岸さん)
激務がたたり、心を病んでしまった人もいる。神奈川県のサトーさん(仮名=39)は元公務員。総務省の地方局に勤めていたが、本省へ異動となり、多いときで月200時間超の残業をこなすように。
「1年ほど働き、うつ病に。仕事量が多く、心身を壊す人、自殺者も出ました」
1度は復職したものの、働き方や仕事に疑問を抱き、サトーさんは職場を去った。
「氷河期世代の窮状は、正社員の採用を抑制してきた企業と、問題を放置し続けた国による人災だと思っています。彼らは責任をとるべきです」
非正規の就労相談を非正規が受ける状態
『NIRA総合研究開発機構』は氷河期世代が高齢になると、生活保護費に20兆円の追加支出が必要と指摘。こうした状況を受けて政府も遅まきながら対策に動き出した。今後3年で、30代半ばから40代半ばの正規雇用を30万人増やす目標を掲げている。
これに氷河期ネットのメンバー・本間陽子さん(仮名=47)は、懸念を隠さない。
「ハローワークに専門窓口を設置するとしていますが、氷河期世代に特化した支援ができるのか疑問です。というのも、手の空いた職員が回され、氷河期担当の名札をつけるだけ。専門性を持つ支援者が対応するとは限らないのです」
本間さんは関東地方のハローワークで相談員を務める非正規公務員。就職氷河期の荒波にもまれてきた当事者だ。
「氷河期世代に特化した求人もぼちぼち出始めていますが、介護やサービス業など、人手不足のところへそのまま当てはめているような印象です」
氷河期世代に非正規が多い背景には、国と財界が規制緩和に走り、労働者派遣法の改正を重ねるなどして、低賃金で解雇しやすい非正規を増やし続けた影響もある。
「公務員も例外ではなく、ハローワークで働く職員の6割が非正規。正社員になりたい非正規の相談を、雇い止めに怯える非正規の私が受けるという、ブラックジョークみたいな状態です」(本間さん)
重くのしかかる「自己責任」の呪い
本間さんはこれまでに2度、雇い止めに遭っている。そのたびに、同じ仕事に応募し直さなければならなかった。
「6~7人がいっぺんにクビを切られたこともあります」
2年前、末期がんの家族がいる同僚が理不尽な理由から雇い止めに遭ったときは、怒りが抑えられず抗議した。
「2時までに出す郵便物を、2時40分に出したからクビだと言うんです。周囲の信頼が厚い人だったのに、本人のキャリアも、相談者への支援も遮断されてしまいました」
非正規の立場でありながら、本間さんは声をあげることをやめない。自己責任論に飲み込まれていた昔の自分からは考えられないと話す。
「中学生のころ、思春期性の神経症になり、勉強に集中できなくなったんです。それが負い目となり、成績も下がって大学進学を断念しました」
負い目の気持ちを払拭(ふっしょく)してくれたのは仕事だった。専門学校を卒業後、テレビ番組の制作の職に就く。やりがいはあった。しかし肩書こそ正社員だが、実態は非正規同様の「名ばかり正社員」だった。
「ディレクター職で、正社員なのに残業代なし、社会保険もなし。深夜まで働いて手取り10万から12万円ほどでした。栄養失調になり、生理が止まったこともありました」
そんな働き方を強いられても、育児をワンオペでこなしても、「仕事を選んだのも、産んで大変なのも、全部自分のせい」と思っていた。
呪いが解け始めたのは、38歳のとき、パート先でパワハラに遭ってからだ。子どもがよく熱を出し休みが多かった本間さんは、ある日、上司から異動を言い渡された。業務内容は、紙を1から1000まで数えて、そろえるだけ。
「さすがにおかしいと思って。私が悪いからこんな目に遭うのかなとか、働き方にいろんな疑問が湧いてきた。そこで産業カウンセラーなどの勉強をして資格も取りました」
さまざまな背景を持つ氷河期世代。上の年代では、親の介護問題も浮上している。
「氷河期ネットが厚労省へ提出した要望には、在宅介護者への給付金の提言を盛り込んでいます。国は当事者の声を取り入れた政策を立ててほしい。不安定な身分や格差に悩む、こんな社会を子どもたちに残したくないですから」