テレビ番組の企画をきっかけに“事故物件住みます芸人”として活躍の幅を広げている松原タニシさんを訪ねた。都内の集合住宅で後輩芸人とシェアして暮らしている。自殺者が出た部屋だ。
国土交通省はこのほど、事故物件の取り扱いを明確にしようと有識者検討会を立ち上げ、2月5日に初会合を開いた。適切な不動産取引のガイドライン(指針)作成に向けて多角的な視点から議論を重ねていくというが、
「ガイドライン作成はいいこと。殺人、自殺、孤独死など事故物件であることを正直に話す不動産業者ばかりではありませんから。残念ながら僕には霊感はないんですよ。もし、知らずに借りていたら、そういう物件とは気づかなかったかもしれませんね」
入室した途端に意識が遠のいた部屋も
ただ、実際に住んでみると、気になる出来事があった。
「しばらくぶりに東京の部屋に帰宅したとき、一緒に住んでいる後輩芸人が“きのうの夜も帰って来ましたよね”と妙なことを言い出すんです。夜中に寝ているときゴソゴソと音がして、僕が帰ってきたと思ったんですって。僕は帰っていないのに」
後輩にも霊感はない。
この生活を始めて7年間で借りたのは9軒。不思議な体験を乗り越えている。
「千葉の物件は、部屋に入った途端に意識が遠のきましたね。身体に圧迫感があって、飛行機に乗ったときに鼓膜がおかしくなる感覚に近かった。ほかにも自宅ロケ中、定点観測用に複数台置いたテレビカメラのバッテリーが急にバチン、バチンと順番に切れました。どうも電子機器はおかしくなりやすいようです」
以前、住んでいた大阪の物件は部屋全体がリフォームされてきれいだった。しかし、気になることがあった。
「トイレに入ると、そこだけ“おばあちゃんのにおい”がするんです。用を足しているときに力んで亡くなり、周囲に気づかれず、遺体が腐敗して体液などが床下に染み込んでしまったのではないか」
不本意な死を迎えた人と共存したい
最初は周囲に心配された。
「呪われるんじゃないか」「祟(たた)られるんじゃないか」「変な死に方をするんじゃないか」
そんなことばかり言われて、「ちょっと怖(お)じ気づきましたね(笑)」と言うが、実際には健康的に暮らしている。
敬遠されがちな物件を探すわけだから、不動産業者に歓迎されているだろうと思いきや、そう単純ではないらしい。
「事故物件と確認したうえで借りようとすると、“その部屋は借り手が決まってしまいまして……”とウソをつかれることがある。僕は事前に現地に行って、まだ空き室だと確認しているのに。変な噂を立てられ、次の借り手が見つからなくなるリスクを避けたいんでしょう」
見えざる恐怖と対峙する力みは感じられない。どう向き合っているのか。
「経済的事情などから安い家賃で住みたい人が、事故物件とわかったうえで周辺相場より安く住めるのは助かります。
人はいずれ死ぬんです。歴史を振り返れば、戦争などで不本意な死を迎えた人は大勢いる。日本全国どこにでもいるはず。僕はそういう人たちのことを忌(い)み嫌わず、共存したいと考えています。自分だって、いつどこでどうやって死ぬかわからない。住んでいる家が事故物件になるかもしれないわけですし」
達観しているのか、穏やかな表情が印象的だった。
《PROFILE》
まつばら・たにし ◎いわくつきの物件に渡り住むピン芸人。日常で起こる心霊現象などを検証し、体験を語っている。著書に『事故物件怪談 恐い間取り』『異界探訪記 恐い旅』(いずれも二見書房刊)。『事故物件怪談 恐い間取り』は映画化決定、今年8月28日公開予定