平昌冬季五輪での羽生結弦選手

 2月6日から9日まで韓国で行われた、四大陸フィギュアスケート選手権。本来、才能を眠らせる若きスケーターたちの登竜門としてにぎわう今大会に、“絶対王者”羽生結弦(25)が'17年以来、3年ぶりの出場を果たすということでも注目を集めていた。急きょ出場を決めた彼の胸の内には、“完全勝利”を叶えるための強い思いがあって──。

四大陸選手権の特徴とは……

 新型コロナウイルスの影響もあり、2月4日に韓国に降り立った羽生結弦は、マスクをつけて報道陣の前に姿を見せた。四大陸選手権に世界王者が出場するということもあり、開幕前から世間の関心は彼に向けられていた。

基本的に四大陸選手権は、若い選手たちに国際大会での経験を積ませる大会なので、羽生選手のようなメダリストは辞退することが多いといわれています。今年は全日本フィギュアスケート選手権で1位だった宇野昌磨選手も、3月の世界選手権に向けての練習を優先して辞退しています。

 また、羽生選手の最大のライバルである、アメリカ代表のネイサン・チェン選手も在学中のイェール大学での学業を優先させて辞退しました」(スポーツ紙記者)

 昨年12月に行われた全日本選手権で、羽生はフリーでのミスが続き、宇野に王座を譲る結果に。日本人に敗北したのは、実に5年ぶりだった。

「敗因としては、過密なスケジュールで疲労を回復できなかったという声があります。事実、昨年11月下旬に行われたグランプリシリーズのNHK杯から全日本選手権までの5週間で、彼は長距離移動を繰り返していました」(同・スポーツ紙記者)

 それでも、ショートでは圧倒的な演技を見せていた羽生。フィギュアスケート解説者の佐野稔さんが、フリーの演技の難しさを語る。

ショートプログラムは競技時間が短いので、疲労がたまっていたとしても、トップスケーターであれば自分の脳をだまして演技することができる。しかしフリーでは、ごまかしはききません。ショートで見えなかった細かな点を見るという意味でも、フリーの演技の意味があるわけです

宇野昌磨の「変化」

 一方で、この大会で完全復活を果たしたのが、新たにステファン・ランビエールをコーチに迎えた宇野昌磨だった。コーチ不在で迎えた11月のグランプリシリーズ・フランス大会では、これまでに見たことのないようなミスを連発した宇野。

 ひとり結果を待つキス・アンド・クライでは思わず涙を見せていたが、全日本選手権ではほぼノーミスの演技を披露した。大躍進の裏には、やはりともに闘う新たなコーチの存在があったのだ。

宇野昌磨 撮影/坂本清

ランビエールコーチは厳しく指導するというより選手の自主性を大切にするタイプ。以前、宇野選手がランビエールコーチの合宿に参加したときは、インドアな宇野選手を積極的に外出させたり、意欲的にコミュニケーションをとっていました」(スケート連盟関係者)

 宇野はここ数年「ジャンプの技術も上げたいけれど、表現力を磨いて強みにしたい」と自らの意思を語っていた。

ランビエールコーチは、芸術性の高い演技に定評があります。宇野選手とは性格面でも相性がいいといえますが、彼が求める“表現力”の向上という面でも適任でしょう」(同・スケート連盟関係者)

 完全復活を果たした宇野に、初めて負けた羽生。勝利を貪欲に求める彼は、その悔しさから四大陸出場という“決断”を下したのだ。

もともと羽生選手は、四大陸選手権には出場する予定ではありませんでした。しかし宇野選手に敗北し、“勝利”に強いこだわりを持つ羽生選手は“このままではダメだ”と急きょ、出場することを決めたそうです」(同・スケート連盟関係者)

“忘れ物”を取り戻すために、四大陸選手権への出場を決めたのではないかという声もあった。

「四大陸選手権を優勝することで、男子では初となる“スーパースラム”達成の偉業を狙ったためではないかといわれていました。“スーパースラム”とは、ジュニアの世界選手権とグランプリファイナル、シニアの五輪と世界選手権、グランプリファイナル、そして四大陸選手権の6冠を制覇することです。

 羽生選手は五輪と世界選手権は2度、グランプリファイナルは4度の優勝経験がありますが、四大陸選手権はこれまで優勝したことがありませんでした」(前出・スポーツ紙記者)

 宇野へのリベンジ、そして誰も成し得ていない偉業の達成などメディアが注目するなか、四大陸出場前に発表した“プログラム変更”で、さらに衝撃が走る──。

異例のプログラム変更をした理由

「昨季からショートプログラムは『秋によせて』、フリーは『Origin』を使用していました。今回、変更したプログラムは'18年の平昌五輪で使用したショートの『バラード第1番』とフリーの『SEIMEI』。シーズン中のプログラム変更は極めて異例です。変更の理由は本人いわく“いちばん自分らしさが出せるから”とのことでした」(前出・スケート連盟関係者)

 しかし佐野氏は、突然の四大陸出場や異例のプログラム変更は、世界選手権へのステップアップのためだと語る。

「変更した2曲は特に羽生選手が滑り込んでいる演目で、今回の四大陸で4回転ループをやめて4回転ルッツを入れたということは、それだけ高得点を狙いにいきたいということ。やはり世界選手権でネイサン選手と対峙することを見据えて、演目やジャンプの種類を変えたりと、微調整を行っているのだと思います

 そして、まだ誰も成功したことのない4回転アクセルへの挑戦も控えている。

4回転アクセルについては、四大陸選手権では封印すると本人が話していましたが、あくまで世界選手権でのお披露目を目標としているからでしょう。演目を変えて、かつ4回転アクセルも入れてというのは、どうしても無理が出てくる。大一番の前に経験しておくという意味での四大陸選手権出場だったと思います。結果を残し、自信をつけたのちにネイサン選手に完全勝利をしたいという計画でしょうね」(佐野さん)

 四大陸選手権直前、羽生は「僕には圧倒的な武器が必要」と語っていた。それは前人未到の4回転アクセルにほかならない。“限界の5歩先”を成し遂げたとき、真のレジェンドとして“引退”の花道が待っているのかも。

平昌冬季五輪での羽生結弦選手