辺野古への新基地建設に7割が反対した県民投票から、間もなく1年。沖縄の切実な声をよそに工事は強行され、いまなお「美ら海」の埋め立てが続く。基地被害の実態を伝え、全国をめぐり対話を重ねる現職知事が語った、沖縄で今、起きていることが「全国の人々にとって他人事じゃない」理由とは──。
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民主主義国家ではありえないことが起きている
およそ1年前の2019年2月24日、玉城デニー知事誕生から4か月余りがたった沖縄で、辺野古米軍基地建設のための埋め立ての賛否を問う県民投票が行われた。結果は、投票総数のうち「反対」票が約72%を占めた。しかし政府は、この明確な沖縄の民意を無視したまま、現在も、名護市辺野古の浅瀬の海へ土砂投入を強行し続けている。
あの県民投票から1年、玉城デニー知事は、今どんな実感を抱き、そして全国の人に何を訴えたいのか。首里城復興計画、豚コレラや新型肺炎対策などで多忙を極める中、私たちの取材に応えてくれた。
「全国のみなさんにまず知っていただきたいのは、戦後74年を経ても、国土面積のわずか0・6%にすぎない沖縄に在日米軍基地の70・3%が集中しているという事実です。そのような状況に置かれている多くの県民は、もうこれ以上、米軍の基地を新たに造ることは受忍できない、と思っているのです」
辺野古の埋め立て予定区域は、ざっくり言うと、辺野古崎を挟んで辺野古集落寄りの浅瀬と大浦湾の深場の二手に分かれている。大浦湾側の深い海にはマヨネーズ状といわれるような超軟弱地盤の存在が発覚しており、難易度の高い地盤改良を含む工事の先行きがまったく不透明なまま「工事の既成事実化」ばかりが進んでいる。
「昨年末に、政府は当初の見積もりを変更して、工期は12年かかり、総予算も9300億円になると発表しました。しかし、それより1年も早く沖縄県では独自の試算をしています。工期は13年、総予算は2兆5500億円というものです。
そして工事が行われる間、普天間の危険は放置されてしまう。それは多くの人が疑問に感じると思いますし、このような莫大な税金が注ぎ込まれる事業の当事者は、全国のみなさんおひとりおひとりですよ、ということも強く申し上げたいのです」
万が一、政府の望むとおり新基地が完成したとしても、それまでの間、普天間基地の危険は放置されてしまう。それなのに政府は、安全保障に関することは国の専権事項だから、沖縄県民は黙って従えといわんばかりの姿勢を取り続けている。
「基地は国の専権事項と言われますが、実際に被害をこうむるのは地元の県民です。普天間の危険を除去するため“辺野古が唯一の解決策”ともおっしゃるわけですが、なぜ辺野古が唯一なのか、県民はきちんと説明を受けたことがありません。安倍首相や現政権のみなさんは、選挙で多数の議席を得た後に、よくこう言われます。“これで国民からの信任を得られた”と。
しかし、私もこう言いたいと思います。沖縄県民も、民主主義の手続きを経て、辺野古新基地建設反対と普天間基地の早期返還を公約に掲げた私を過去最多の得票数で知事に当選させ、その後の県民投票でも7割以上の人が辺野古埋め立てに反対をしています。しかし、その結果を一顧だにしないというのは、民主主義国家ではありえないことでしょう」
「泣き寝入り」と隣り合わせの危険
沖縄において、オスプレイやヘリ、戦闘機などの米軍機による騒音爆音被害、墜落事故、部品落下事件、あるいは米兵が起こす事件事故の多さは驚愕(きょうがく)すべきものがある。玉城知事就任後の昨年4月にも、米兵による殺人事件が北谷町で起きている。知事が「怒りを禁じえない」と記者団や米軍関係者に向かって述べたのは当然のことだ。
これまで許しがたい犯罪が起きるたび、知事をはじめ沖縄県民が怒りをあらわにし、米軍は綱紀粛正を誓い、またしばらくすると悲惨な事件が起きる。こんなことが何十年も続いている。そんな沖縄の現状を伝えようと、知事は全国キャラバンを展開。東京、大阪、名古屋、札幌をめぐり、基地問題を自分事として考えてほしい、と各地で訴えている。
「県外の方から、沖縄の基地負担の重さや事件事故の被害の深刻さが、実感としてつかみにくいと言われることがあります。私は、自分や身近な人が、米軍の関係する事件事故に巻き込まれたときのことを想像してほしいと問いかけています。現在の日米地位協定では、日本の捜査権が及ばず、あなたや身近な人が“泣き寝入り”しなければならない可能性があるのです、と。全国知事会でも重要な課題として扱われ、政府に対する地位協定改定への機運は高まっています」
2017年12月7日、宜野湾市の普天間基地に近い緑ヶ丘保育園に米軍ヘリの部品が落下する事故があった。園児の母たちのグループ「チーム緑ヶ丘1207」の訴えは、いたってシンプルだ。事故の原因究明を求め、その調査結果を知りたい。そして、訓練飛行コース外の保育園の上をもう2度と飛ばない約束をしてほしい、というものだ。
しかし、事故から2年以上たった現在も、米軍ヘリや軍用機は絶えず保育園上空を飛んでいる。なぜ保育園の上を飛ばないようにする、ということさえ実現できないのか。この疑問に対して、玉城知事は、端的にこう答えた。
「それは、日本政府がアメリカに対して要求していないからです。アメリカと地位協定を結んでいる他国、例えばイタリアにしてもドイツにしても、飛ぶなと決めた区域を米軍機が飛ぶことはまずありません。政治が決めたことを守るのが軍の本質なんです」
それができていない日本には、日本特有の問題が存在するということだろうか。玉城知事は、一歩踏み込んで解説する。
「日米合同委員会がありますね。そこでの議論の内容は公表もされないし、議事録さえ取る義務がないことになっている。国の重大な事業、国民の安全に関わることを決めるのに知らせようとしない、非民主主義的なやり方でいいのでしょうか。私は全国のみなさんに問いたいのです」
全国キャラバンにかける思い
翁長雄志前知事が亡くなる直前の最後の記者会見で語った言葉が思い起こされる。
「日本国憲法の上に日米地位協定があり、国会の上に日米合同委員会がある」
翁長前知事は、そのような国にしてしまった日本人全体が沖縄に集中的に犠牲を強いている現状を嘆いていた。玉城知事も、その思いを受け止めて新知事に就任している。
全国の人々に沖縄の現状をもっと知ってほしい、民主主義の尊厳について一緒に考えてもらいたい、わがこととして基地問題を考えてもらいたい。玉城知事のその思いは強い。6月には全国キャラバンを再開したいと考えている。
「大都市に限らず、例えば議会が『辺野古反対決議』を採択したような地方都市に行って、さまざまな立場の人と意見交換をしたいですね。日本国民のみならず、アメリカのみなさんや他国・他地域のみなさんに対しても、世界共通の価値観とする民主主義の尊厳を守っていくため、沖縄から積極的に発信を続けていきたいと思います」
厳しい状況に身を引き締めつつも「対話は可能」と、玉城知事はあくまでポジティブに言い切る。沖縄で起きている問題を沖縄だけに押しつけたままでいいのか。その訴えに今こそ全国の人々が向き合うときではないだろうか。
(取材・文/渡瀬夏彦)
渡瀬夏彦 ◎沖縄移住14年目のノンフィクションライター。基地問題からスポーツ、芸術・芸能まで多岐にわたり取材。講談社ノンフィクション賞を受賞した『銀の夢』ほか、著書多数