「転職活動をしよう」、そう思い立った際には、まず転職サイトを覗(のぞ)いて求人情報をチェックする人が多いだろう。また、転職希望者の代わりに企業との面接日程の調整や、給与条件の交渉を請け負ってくれる“エージェント”を介す、いわゆる『人材紹介』を利用する場合にも、転職エージェントをホームページなどで検索することから始める人がほとんどではないかと思う。
どのサイトやエージェントを利用するかは人それぞれ。複数回、転職をしているのであれば、「前回もこのエージェントにお世話になったから」という理由もあるかもしれないが、大学生の就職活動や初めての転職の場合、選定基準の核となるのは「応募したいと思える求人があるか」や「求人数の多さ」、そして「これまで利用した人の満足度の高さ」ではないだろうか。
信憑性の低い『満足度ナンバーワン』がほとんど
このうち、まずは「満足度の高さ」の項目に着目してみよう。大手の転職サイトやエージェントが毎年のように広告に掲載する『満足度ナンバーワン!』『求人掲載数、業界随一!』などのキャッチコピー。以前、大手の人材紹介会社に勤めていた三村和広さん(仮名)は、「実は、これらの文言にはカラクリがあるのです」と話す。
「そもそも、冷静に考えれば、『満足度ナンバーワン』というのは基準が謎ですよね。広告をよく見ると、隅っこのほうに小さく“どういった調査でのナンバーワンなのか”が記載されてはいますが、それぞれ使っている調査会社が違いますから、どこの企業も何かしらの“ナンバーワン”を掲げています」(三村さん・以下同)
確かに、よく目にする広告たちを思い出してみても、『転職者の満足度ナンバーワン』をはじめとして、『実績』『転職決定数』『サイト認知度』など、さまざまなジャンルでの一等賞が並ぶ。謳(うた)い文句の内容はおそらく事実であろうが、「どんなタイミングで、どの範囲の人たちに対して行った調査の結果か」まではわからない。
「ですから、極端な話ですが、転職が決まった人のみを対象にして、内定が出た直後にアンケートを取れば、当然『満足度』は高くなります。“ナンバーワン”という言葉も、どれくらい多くの競合他社と比べた数字なのかは、明記されていないことがほとんどです」
場合によっては『満足度95%』などといった文言もあるが、こちらも同様のカラクリだという。これは転職に限らず、化粧品やサプリメント業界における『モニター満足度』や、『セミナーの有益度』の宣伝にも使われている手法だ。
他社の情報をもとに“ダミー求人”を量産
『満足度ナンバーワン』のカラクリを無視したとしても、さらなる壁が立ちはだかる。それは、前述した選定基準の残り2つ、「応募したいと思える求人があるか」「求人数の多さ」の部分だ。
「業界ごとに、人気の企業はある程度、集中する傾向があります。しかし、人気企業や大手企業の中には、“わが社の採用は、エージェントA社にしか頼まない”と設定するところもあります。基本的には、エージェントは契約を交わした企業にしか求職者の推薦や紹介はできません。けれど、それではA社以外のエージェントは、入社希望者を取りこぼしてしまいます。
そこで、たとえその企業との契約を交わしていなくても、まずは勝手に他社の求人情報をもとに“ダミー求人”を作成することがあります」
驚きの手法だ。当然、お目当ての企業と契約締結にこぎつけるための交渉は営業担当が進めつつも、まずは並行して自社サイトにダミー求人を掲載してしまうという。そうすれば、よりよいサイトを探している求職者の目には、「このエージェントは人気の企業の求人がたくさんある!」と登録を促すことができるというのだ。
しかし、実際に登録してきた求職者が「この企業に応募したい」と言ってきた場合にはどうするのだろうか?
「それは簡単ですよ、“その求人はちょうど埋まってしまったので、ご希望に合う別の求人をご紹介しますね”と言うんです。不動産屋さんでも似たような手法を使うと聞いたことがありますね。万が一、その企業側からクレームがきた場合にはすぐに削除します。でも、クレームを入れられることはほぼありませんけどね」
1日8時間にわたる“ダミー作り”にグッタリ
しかし、こうしたダミー求人は、いったい誰がどのようにして作成しているのだろうか? 外部に依頼しているのか、あるいは、派遣社員などが暇な時間に作成しているのだろうか?
「実は、ダミー求人の作成は、うちの人材紹介会社では“窓際族”の社員がやらされる仕事でした。実際に、私もやっていましたから。
精神的な問題を抱えている人や、トラブルを起こしてしまった人、もしくは、上司とのソリが合わないというだけでも、窓際族にされる社員が多かったのですが、彼らへの指示はたったひと言だけ。上司から“求人数、増やしておいて”と言われるんです。この言葉が、窓際族に任命された合図。
作業内容は主に、他社サイトに掲載されている有力そうな求人を自社のサイトで検索し、ヒットしなければ、その求人を新規で作成する、というものです。検索とコピー&ペーストの繰り返しになるので、“楽そうだな”と思われるかもしれませんが、1日8時間、ずっとその作業をするのは不毛です。さらに、“こんな求職者の方々を裏切るようなことを、なぜ自分は長時間やらされているのだろう……”という気持ちにもなります」
作業自体は単純なものであっても、毎日それだけをやらされ続ければ、精神的にかなり追い詰められるだろう。さらに、その作業には終わりが見えないのだという。
「なぜなら、他社も同じようなことをしているので、求人数は無限に増えていきます(笑)。極論をいうと、日本中にある会社の数だけ、求人を作らなければならないことになりますね」
現在、日本には約400万社もの会社があるというから、その職種や部署ごとに求人を作成していれば、その数はとてつもないものになる。結局、三村さんは「自分が作成したダミー求人を信じて登録してきた求職者の方が、紹介手数料の高い企業にかなり強引に入社させられたのを目の当たりにして、心が折れた」と、退職を決意したという。
最後に、こうしたダミー求人を見分ける方法を聞いてみると、
「求人の内容を見れば一目瞭然です。実際にそのエージェントが撮影した独自の写真が掲載されていたり、その企業の社員インタビューや、詳細な『求める人物像』なんかが書いてあったりするものは、実際に紹介してもらえるものだと判断してもいいでしょう。企業との契約を締結しているエージェントであれば当然、求人が埋まった場合には募集情報を取り下げますので、“ちょうどその求人は埋まってしまいまして”という手法も使えません。
逆に、写真がイメージ画像であったり、『NO PHOTO』と表記されたりしている場合、そして、記載内容が給与・勤務時間・会社の住所といった最低限の情報のみの求人は怪しいですね。ダミー求人といえど、やはり勝手に他社サイトから画像や詳細な条件を拝借してしまうわけにはいきませんから、どうしてもあっさりとした情報しか記載できないのです」
これから転職をする方は、どうか表向きの『満足度』や『求人数』に騙(だま)されずに、信用できるエージェントを自分の目でしっかりと検討してもらいたい。
(取材・文/松本果歩)