「政府が外出自粛などを呼びかけたのは2月末。その効果が出てくれば3月第2週以降、感染者が減ってくることが期待できる。多くの専門家が言うように瀬戸際の時期です。努力してきたその効果が今は見え始める時期、と言えると思います」
感染症に詳しい沖縄県立中部病院の高山義浩医師がそう指摘する、官民挙げての抑え込みの効果に期待する新型コロナウイルス感染症の現状。昨年12月以降、コロナウイルスの7つ目の新型として世界中で猛威をふるい始め、その勢いは拡大の一途をたどる。
新たな情報が次々と
「コロナウイルス感染症の実態の全体像は見えていません。今わかっているのは氷山の一角です」
と話すのは広域感染症疫学の専門家で、防衛医科大学校防衛医学研究センターの加來(かく)浩器教授。日がたつにつれ、新たな情報も判明してきた。
「チャーター機で武漢から帰国した人には、全く感染しなかった人、健康観察中に発病した人、感染しているのに無症状のままの人がいることがわかりました」(加來教授)
陽性反応があった人の中には14~15日経過観察をするとウイルスが消えた人もいたというが、陽性になるまでの潜伏期間や発症するタイミングや条件については解明されていない点も多い。
加來教授は新興感染症の謎を明かしつつ、こう続ける。
「発症すると、咳(せき)や痰(たん)が出るので多くのウイルスが排出され、感染が広がります。だから患者さんには、咳エチケットを徹底し、ウイルスの飛散を防ぐことが求められます」
新型コロナウイルスの新たな感染源として世界中にその映像が流されたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」で陽性だった696人のうち、すでに100人以上も退院しているという。
感染拡大や死者数がひっきりなしに報道で伝えられ、その恐ろしさばかりがすっかり先行し、対処法のない疫病のごとく刷り込まれている。だがその感染力については、
「少なくともインフルエンザほどは強くない。電車やレストランなどで空間をともにしたぐらいでは感染しません。街中で空気感染はしません」
と高山医師はきっぱり断言。
「ただし、密閉された空間に有症者と長時間いると感染するリスクが高まる。おそらく接触感染が主体で、ドアノブや手すり、トイレなどに付着していたウイルスに触れて、その手を目・鼻・口の粘膜に付着させることで感染しているのではないかと考えられます」(高山医師)
カラオケや立食パーティー、コンサートやイベントなど密室空間における飛沫感染は、その場に行かないことによって防げる。前述の接触感染については、厚生労働省のホームページに対処法が記載されている。
《コロナウイルスはアルコール消毒などで感染力を失うことが知られています》
元気なのに体内にウイルスがいる人も感染源に
発症したときの症状を、改めて高山医師に尋ねた。
「2つのパターンに分けられます。1つは、風邪の症状が1週間ぐらい続いて、そのまま軽快するもの。この経過をたどる人が大半です。新型コロナといっても風邪の一種です。ただ普通の風邪は2、3日で治りますが、新型コロナの場合は長引くのが特徴です。
風邪の症状が1週間ぐらい続いて、倦怠感と息苦しさが出てくるパターンもあります。身体のむくみや下痢が重なる人もいるようです。高齢者や基礎疾患のある方がこの経過をたどることが多いのですが、健康な壮年層にも見られることがあります。国内感染のうち少なくとも20代の重症者が2例出たことは無視できない数字です。重症化する事例がどれくらい出るかは今後、分析が必要だと思います」
通常の風邪と大きく違う点は、発熱などの症状がなく発病していないが感染している無症状の人がいること。健康な人と変わらず、本人も自覚症状はないため、検査も受けない。そのため実数は不明だ。
「問題は、元気なのに体内にウイルスがいる人です。この人も感染源になりうるんです」
と、加來教授は警鐘を鳴らす。
「コロナウイルス感染症のなかで、症状が出ている人は2割で、無症状の人が8割いるとみられています。この無症状の人の咽頭にはウイルスがいるので、例えば熱気ムンムンのライブハウスでは元気であればあるほど唾が飛び散りますし、カラオケボックスではマイクを介してウイルスがほかの人にうつるばかりか、そこで飲食も行われます。
政府の専門家会議では、特に若い人こそがウイルスを広げてしまうことが指摘されました。ですから外出自粛をお願いしているわけです」
ウイルスの感染力を示す目安に、ROという概念がある。1人の感染者が何人に感染させるかを示す数字で、新型コロナウイルスの日本におけるROは、これまでの患者の発生状況から1・4~2・5と推測されている。なかには1人で多人数に感染させてしまうスーパースプレッダーという存在もいる。
「彼らが一定数いると、平均値としてのROが引き上げられてしまいます」(高山医師)
加來教授も訴える。
「無症状者を含め、感染者数を増やさないことが大切。今は感染爆発を抑えることができるか否かの瀬戸際なのです」
また、高山医師は、クラスター(集団)にも着目。
「スーパースプレッダーとは『人』の特性ではなく『環境』の特性によるものと考えられます。そのような環境をウイルスに提供しないことが重要なんです」
スポーツジム、カラオケ、雀荘、パチンコ店なども危険エリアとして考えられる。
いちばんリスクが高い場所は病院
感染に関する人々の意識は急速に高まっている。
これまで後手後手と批判を浴びていた検査態勢も、大幅に改善された。3月6日から、新型コロナウイルスを検出するRCP検査に保険が適用されることになったのだ。
「今までは保健所の適用判断による行政検査のみでしたが、今後は医療機関の医師が必要と判断すれば、保健所を介さずに検査できるようになります」(高山医師)
とはいえ、どこの医療機関でもできるわけではない。全国844か所の『帰国者・接触者外来』を中心に都道府県が指定する医療機関のみ。高山医師が続ける。
「公費が充てられるので自己負担はありませんが、1回あたり1万8000円もする検査です。ただでさえ、ひっ迫している社会保障費ですから、必要な患者さんだけに絞られるべきです。早めに受診しても重症化を予測することはできませんし、軽症の段階から使用できる治療薬もありません」
通常の風邪の症状だけで検査を求め慌てて病院に殺到してしまえば2つの点で危険を伴う。院内感染と医療崩壊だ。
「現在の流行状態では、普通に暮らしていて感染する可能性はほとんどありません。ショッピングセンターに行こうが、ボウリングに行こうが、感染する可能性は低いでしょう」(高山医師)
と安全を強調する一方、
「今、リスクがいちばん高い場所は病院です。病院に行くと人混みに身を置くことになり、そこには新型コロナウイルスの感染者が交じっている可能性があります。ですから、現段階で最も実効性のある感染予防は『行かなくていいなら病院に行かないことです』」
と院内感染のリスクを減らすことを訴える。
加來教授が最も危惧(きぐ)することは、患者が大量に押し寄せることによる医療崩壊だ。
「検査する側は感染防護をしていますが、患者さんは検査中に咳やくしゃみが誘発されることがあります。そうなれば検査する部屋にエアロゾル(気体中に浮遊する微小な液体または固体の粒子)が巻き散らされてしまい、検査室そのものが危険な空間になるんです。これは医療従事者と患者の双方がリスクを負うことになります」
検査を希望する患者の中に感染者がいたら検査室から感染が広がるおそれがある。
「武漢でも患者さんが殺到したため医師が感染したり亡くなったり、看護師も逃げ出したりということがあり、医療が崩壊した事実があります。
また、医療従事者で感染が判明した場合、病院を14日間閉鎖しなければなりません。ある意味、それも医療崩壊です。妊婦さん、心筋梗塞の患者さん、人工透析を受ける人などいろんな人が来院しますが、その方々が診察を受けられないからです」(加來教授)
と冷静な受診を呼びかける。
中国では先月末、国家衛生健康委員会ハイレベル専門家チーム長が、中国国内の新型コロナウイルスについて「4月末までに感染はほぼ抑制される」と言及した。封じ込めが成功していると自信を示したが、日本ではどうなのか。
「新興ウイルスなのでほとんどの人が免疫を持っていません。したがって、しばらく続く可能性があります。数年単位の長期戦です」
加來教授はおいそれと終息しない構えと覚悟を要請する。
「感染やウイルスをなくすのではなく、持続して抑えることが大切です。感染は続くでしょうから感染者数をどんどん減らさないといけません。今は我慢です。特に今年はオリンピックの年。もし開催が失敗すれば観光立国としての将来に期待ができなくなり、海外から労働力を確保することも難しく、今後、経済や国が衰退していきます。
不満や不安はあると思いますが、今は行政がお願いしていることをしっかり守ることです。“カラオケに行きます”“外出自粛なんて知らない”なんて言うことはやめて、しっかりここで協力をお願いします」
さらなる突然変異が起きる可能性も
高山医師は新型インフルエンザが数年続き、季節型に落ち着いてきた歴史を踏まえ、
「新型コロナウイルスも寒い時季に流行を経験し、暖かくなるとともに発生数が減り秋に流行が始まってということを経験しながら数年がたっておさまっていくというのが思い当たるシナリオです」
と見通す。その間のリスクコミュニケーションのとり方を次のように示す。
「正しく恐れることです。きちんと信頼できる情報源にあたって、そして自分の生活において、自分の特性、リスク、重症となっている人はどういう人なのか、ということを理解すれば、自分がどこに当てはまるのかもわかるはず。単に一般論ではなく、自分の生活においてのリスク、自分の体調や病気にリスクを当てはめることが大切です」
メディアに対しては、加來教授も注文をつける。
「日本国内で発症した人が1000人を超えたとする報道を見聞きすることがありますが、そのうち696人はクルーズ船での感染です。国内の感染者とは別と考えるべきです。クルーズ船がたまたま日本に立ち寄った。その中で感染が広がったことと、国内で起きたことはシチュエーションが全然違います」
陽性から陰性になった人に再び陽性反応があったというニュースでは新たな特性と危惧されたが……。
「再燃、再感染、あるいは検査制度の問題、この3つの可能性がありますが、再感染は考えにくい。ウイルスが残っていて、体力が落ちたり疲れが出たりすると症状がぶり返し再燃することはあるかもしれないですけど」(高山医師)
中国から、気になるニュースも入ってきた。伝えるのは全国放送の担当記者だ。
「新型コロナウイルスが、感染力に差がある2つの型に分類できるという研究結果を、中国の研究チームが発表しました。どっちの毒性が強いかなどはまだわかっていないそうですが、今後、さらなる突然変異が起きる可能性も排除できないということですから、まだまだ解明されていない部分が多いということです」
日本各地で現在行われている「広げない努力」。政府が切った『外出自粛』『休校要請』というカードは効果があったにしろなかったにしろ、その先にも長い闘いが待っている。
【感染を防ぐためのチェックリスト】
□症状のある人に近づかない
□目・鼻・口を触らない
□石けんを使い20秒手を洗う
・トイレ
・食事前
・鼻・咳・くしゃみに触れたとき
□風邪の症状(のどの痛み・咳・鼻水など)
□(解熱剤を飲んでも)37.5度以上の発熱が4日以上続く
□強いだるさや息苦しさ
□高齢者や持病のある人で2日ほど続く
□症状がある人は家から出ない
□咳・くしゃみはティッシュで覆う
□家族と部屋を分ける(食事、寝室も。分けるのが難しい場合2m以上の距離を保つ)
□看護は限られた人に
・マスク着用
□使用したマスクは室内で処分
□こまめな手洗い
・感染者
・家族
□手で触れる共有部分の消毒
□体液で汚れたリネン・衣類は洗濯
・取り扱うときは手袋とマスク着用
□ティッシュなどのゴミは密封して処分