「祖母は便や尿を漏らすと、おむつを勝手にはずしてしまうんです。汚れた服やシーツを交換していると、臭くて、つい嫌な顔をしてしまう。そんな私を悲しげに見ている祖母もつらそうで。自分に介護が必要になったとき、誰にもこんな思いをさせたくない。少しでも排泄介護の負担が減らせたらと思ったんです」
そう話すのは、神奈川県の竹内美紀さん(仮名=49)。昨年の春、県内の医療脱毛の専門院で「介護脱毛」した。
介護脱毛の需要が急増しているワケ
介護脱毛とは、近い将来、介護をされる立場になることを想定し、排泄処理の負担を軽減させる目的で、あらかじめデリケートゾーンを脱毛すること。これに熱い視線を注ぐのが竹内さんのような40~50代の女性たちだ。
「私が受けたのはVIO脱毛と言ってビキニラインと性器や肛門のまわりにあるアンダーヘアの脱毛。輪ゴムで皮膚を弾かれる痛さと聞いていたけどけっこう痛い(笑)。でも麻酔をするほどではなかったです」(竹内さん、以下同)
アンダーヘアの脱毛と言っても、毛のない状態にするのではなく「量を全体的に減らすイメージ。あんまりツルツルだと温泉に入るときに恥ずかしいので」と、竹内さん。
「自己処理しなくていいので、すごく楽。将来の介護を思って脱毛しましたが、もっと早くやっておけば生理のときも楽だったかもしれません」
アラフィフ女性の介護脱毛は近年、需要が高まっている。
「2010年ごろから、45歳以上の年代でアンダーヘアの脱毛を希望する女性たちが増え始めました。お話を伺うと、将来の備えとして脱毛を考える声が多かったんです」
そう語るのは、医療脱毛専門院である『リゼクリニック』新宿院の大地まさ代院長だ。
'10年10月から'19年9月にかけて、リゼクリニックを訪れた45歳以上の女性は23・91倍に急増している。そこで'17年に、クリニックで40~50代の女性330人にアンケートを行うと、53・9%が“介護に備え脱毛をしたい”と回答。こうした動きをとらえ、介護脱毛を提唱した。
こんなエピソードがある。介護脱毛のため同院を訪れた40代の女性介護士は、認知症の利用者のおむつ交換をする際、陰毛に絡みついた汚物が固まっていたのでふきとろうとすると、利用者に“痛い! 何やってんのよ!”と強く抗議された。その経験が施術に踏み切るきっかけとなったそうだ。
この介護士や竹内さんのように、かつては“介護をして大変だった”経験から脱毛を希望する人が多かったが、「介護脱毛の認知度が上がってからは、介護経験がなくても“自分も備えなければ”と、来院される傾向が増してきています」(大地院長、以下同)
介護脱毛は40〜50代での受診が最適
実際、排泄ケアの負担は大きい。内閣府の調査では、介護経験者の6割以上が「排泄の介護が負担」と答えている。それを軽減できると注目の介護脱毛。大地院長によれば次の3点が期待できるという。
まず、陰部の炎症予防。デリケートゾーンには、アンダーヘアや皮膚に排泄物が残りがち。脱毛することによって汚れをふき取りやすくなり、炎症になるのを防げる。
おむつ交換時の匂いも軽減できる。陰毛が多い状態でおむつを使うと、雑菌が増殖しやすく悪臭も出やすいが、
「アンダーヘアの量を減らしてケアしやすくなると、匂いの問題が軽減できます」
そして、おむつ交換の際に清拭(せいしき)が楽になる。介護士が陰部の状態をしっかりと確認できるので、清潔さを保ちやすくなる効果があるそうだ。
介護脱毛を希望する女性の年代は幅広い。リゼクリニックで施術を受けた女性は40~50代が最多だが、60代や、ときには80代で施術を希望する人もいる。とはいえ、受診に最適な年代で言えば40~50代が望ましい。介護脱毛は医療用レーザーを使って行うからだ。レーザーは黒い色、メラニンに反応するため、まだ白髪が少なくスムーズに脱毛できるころがベター。
「ただ、少しぐらい白いものが混じっている状態でしたら、白髪の部分は残ってしまいますが、ほぼ問題ありません」
脱毛する場所が場所なだけに、恥ずかしさが先立つ女性は多いかもしれない。
「そう言われる方は多くいますが、施術を行うのは医療従事者。患者様のすべてを拝見する職種です。そう説明すると、みなさん安心されますし施術の回数を重ねるうちにだんだん慣れていかれますね」
同クリニックでの介護脱毛は、5回で9万2800円(税別)。1回30分ほどの施術を2か月おきに計5回行うと、ほとんどの人が満足できる状態にまで脱毛できるという。
《介護脱毛のメリット》
●デリケートゾーンの炎症予防になる
●おむつ交換時の匂いを軽減できる
●身体をふきやすくなり清潔さを保てる
介護脱毛のほかにも排泄ケアの負担を減らす方法はある。
福祉用具をうまく使えば介護する側もラクになる
「福祉用具や介護方法についての知識を持つことで、介護される人の状態は変わります。寝たきりだった方が、介護ベッドやポータブルトイレを上手に使ったことで、おむつが不要になった例は少なくありません。まずは、いろいろなものがあるという情報を知っておくだけでも展望が開けますし、安心できるのでは?」
こう語るのは、排泄ケアをめぐる問題に詳しい『排泄用具の情報館 むつき庵』代表の浜田きよ子さん。
むつき庵では、さまざまなタイプのおむつや尿パッド、何種類ものポータブルトイレ、差し込み便器、尿瓶のほか、排泄しやすいよう工夫された衣服などもそろえている。
これらの福祉用具をうまく使えば、おむつ交換が不要になるだけでなく、介護される人の気持ちも変わる。何より、介護する人の負担を軽減させる効果があるという。
「こうした福祉用具って、スマホやパソコンのようなもの。私もパソコンが出始めたころは関心がなかったのですが、使い始めたら便利で手放せなくなりました(笑)。福祉用具も同じで、使ってみなければわからない」
浜田さんのもとで、実際に手に取りながら、排泄ケアに関し相談することも可能だ(木曜~土曜の10時~17時)。
排泄用具の力を借りながらも、ケアがうまくいかないときは、介護をする人の接し方や、介護される人との関係性が影響していることも。
「おむつ交換を家族にはしてもらいたくないと言う人も大勢います。するときでも、身体の触れ方は重要です。いきなりするのと、やさしく身体に触れてからするのとでは、まったく違います」
排泄は生活のすべてに関わること、と浜田さんは言う。
「ちゃんと食事をとれなければ、きちんと排泄できません。介護以前に日々の暮らしの中で排泄に関心を持ち、生活の質を考えることが重要です」
(取材・文/千羽ひとみ)
【識者PROFILE】
大地まさ代院長 ◎リゼクリニック新宿院・院長。1988年、近畿大学医学部卒業。近畿大学病院などを経て2015年より現職。脱毛専門医、美容皮膚科医として女性たちに寄り添う、きめの細かい診療に定評がある
浜田きよ子さん ◎『排泄用具の情報館 むつき庵』『高齢生活研究所』ともに代表。母の介護をきっかけに高齢者の暮らしを広げる用具を研究。排泄介護や介護全般の相談、研修を行っている。『はいせつケア・リハ』ほか著書多数