ピロリ菌治療薬や内視鏡検査、手術技術の向上により、胃がん全体の患者数や死亡数は減少傾向にある。しかし、胃がんの10%前後を占めるスキルス胃がんは、早期発見が難しく、その原因も特定されていない難治がんのひとつだ。
胃壁の中を、砂に水がしみ込むように広がるスキルス胃がんは、診断時にはすでにかなり進行していることも多い。
しかし、その統計すらも存在せず、有効な標準治療法も確立されていないのが現状だ。また、女性やAYA世代(15〜39歳)で発症することも決して珍しくない。タレントの堀江しのぶさん(享年23)、フリーアナウンサーの逸見政孝さん(享年48)もこのがんで他界した。
“桜は見られないと思ってください”
スキルス胃がんの患者会で理事長を務める轟浩美さんの夫・哲也さんも発見時に医師から、お腹の中に種をまくように広がる腹膜播種(ふくまくはしゅ)という転移を伴っていたことから、手術は不適応(ステージ4)と告げられた。
「夫がスキルス胃がんと診断されたのは'13年。その1年前から何度も胃の不調を訴えて胃カメラなどの検査も受けていた。それなのに胃炎と診断され、別の病院に行っても医師からは“気にしすぎ”と言われる始末でした」(浩美さん、以下同)
と当時を振り返る。だが、家系に胃がんになる人が多く、検診も欠かさなかった哲也さん自身は胃がんを疑っていたという。
不調を抱えながらの1年を過ごしてしまった哲也さんの胃は、翌年の検診ではバリウムでも膨らまないほど硬くなっていた。スキルスは「硬い」という意味で、進行すると胃の壁全体が硬く厚くなってしまうのだ。
「“もって数か月。桜は見られないと思ってください”と告知されたときから、世界がモノクロに見えました」
情報にたどりつける人と、そうでない人の差
そこから、まさに藁をもすがる思いで、図書館やネットでスキルス胃がんについて情報を調べ始めるが、
「当時、このがんは胃がんの中の1項目として名前がある程度で、ほかの病気に比べ詳しい情報が本当に少なかった。そのうえ『予後が悪い』などネガティブな情報ばかりでした」
浩美さんは絶望感に包まれ、助けたい一心で民間療法にもすがったという。そんな中、哲也さんは当時やっていたブログに書き込まれた情報から、スキルス胃がんの臨床試験があることを知る。
「夫婦で喜び、問い合わせましたが、参加条件に抗がん剤での治療を行っていない患者というのがあったんです」
すでに抗がん剤治療を始めていた哲也さんは対象外だった。
「悔しかったです。情報にたどりつける人とそうでない人の差がどうしてあるのか」
その後、夫婦で仕事を辞め、引きこもる時期もあったが、哲也さんは、もっと前向きになろうとブログを発信。患者会『希望の会』を立ち上げた。するとさまざまな講演会から声がかかり、車イスに乗りながら自身の体験を語るようになる。
浩美さんもスキルス胃がんの存在や患者が直面する現実を知ってもらう冊子を作り、助かる命を救うため、ロビー活動も始めた。
しかし、'16年8月──。哲也さんは家族に感謝の言葉を遺し、54歳の若さで旅立った。その後、『がん対策推進基本計画』の改正で、スキルス胃がんは『難治がん』として明記された。
「夫の活動の成果のひとつとしてうれしく思います」
哲也さんは“知ることは力になる”と旅立つ20日前まで、患者が正確な情報を知る重要性を講演し続けた。
現在、浩美さんは、自らの経験から、全国胃がんキャラバンのほか“あのときに知りたかったこと”を発信する活動に取り組んでいる。
「1人でも多くの人があふれる情報に惑わないよう、正しい情報の発信を続けたいです」
取材・文/松岡理恵
2016年、夫の哲也さんから引き継ぎ、スキルス胃がんの患者・家族会「希望の会」理事長に。スキルス胃がんの情報提供や患者・家族の交流会、医師による勉強会・講演会なども開催。'18年から2年間、厚生労働省がん対策推進協議会の委員も務めた。認定NPO法人「希望の会」https://npokibounokai.org/