コロナウイルスの感染が広がる中、SNS上のデマが発端となり「トイレットペーパーや生理用品が品薄になる」と心配し、ドラッグストアなどに長蛇の列を作る人々──。情報の真偽を確かめずに飛びついてしまうのは、がんに関する怪しい情報でも同様だ。
科学的に正確な内容で書かれた本はわずか3冊
しかし、がん情報の場合、患者の命を奪うことにもなりかねない非常に危険なリスクを伴う。SNSなどを通じて、医学的根拠のある医療情報を発信し続けるアラバマ大学バーミンガム校脳神経外科助教授・大須賀覚(おおすかさとる)先生も、
「SNSを介して誰でも情報発信できる時代になりました。それに伴って、不正確ながん治療情報もネットにはあふれています」
と語る。日本医大のチームの調査によると、ネットに広がる情報のうちで正確なものはわずか1割ほどと報告されているという。
「ネットで『がん 治療』と検索したり、書店のがん治療コーナーなどに行くと、それらの怪しい治療の情報が押し寄せてきます。専門医ならすぐに怪しいと判断できても一般の方は見抜くことが難しい。たいへん巧妙に宣伝されています」(大須賀先生、以下同)
と警鐘を鳴らす。不正確ながん治療情報が書かれた書籍も増えている。
「アマゾンのランキング12位(2019年9月12日時点)までに入る書籍をすべて読んで確認したところ、科学的に正確な内容で書かれた本はわずかに3冊だけでした」
まじめに本をたくさん買って勉強したつもりが、とんでもない治療を受けてしまう危険があるのだという。
「がん治療はこの10年で大きく進歩しました。しかし、不正確ながん治療情報がネットや書籍で拡大して、それにだまされてしまい、病院での適切な治療を受けない患者が増えてしまっています。ひどい情報のために病院にたどり着かない患者がいるのです」
日本でのある講演会で、大須賀先生に声をかける1人のがん患者さんがいた。その人はがんと診断された後、うそ情報に影響され、標準治療を頑なに拒否し、がんに効くと謳う食品などをひたすら試していたというのだ。
夫に背を向けて毎日、毎日……
「そんなときに、私のSNSに出会い、自分の大きな思い違いに気がついたと話してくれました。それから標準治療に戻ることができ、現在は安定しているとのお話でした」
標準治療とは、科学的根拠に基づき、現在利用できる最良の方法であることが示された治療を指す。このように怪しい情報に影響され、標準治療を拒否する患者がいるとしたら、これは本当に危険なことだ。それではなぜ、人々は怪しい情報に傾倒してしまうのか。
「私も夫のがん告知後、ネットで見つけた『がんに効果がある』と謳われた15種類以上の方法を試しました」
と当時を振り返るのは『希望の会』理事長の轟浩美さん。金額にしてゆうに500万円以上だったという。
「闘病中、医師からは、厳しい言葉しか出てこないんです。医師は科学的根拠に基づいて話すのですから、いま考えればしかたのないことなのですが……。当時は頭が真っ白で、話の内容もよく理解できなかった。『助からない』ということだけは伝わってきて、突き放されたように感じてしまったんでしょうね」
藁をもすがる思いで、ネット検索を続けた轟さん。
「『がん』と入力すると予測変換で、その後に『治る』とか『消える』という言葉が出る。医師から厳しい言葉ばかりを投げかけられていた私は、自分の聞きたい言葉、自分に優しい甘い言葉を謳う情報を信じてしまいました」
轟さんが最ものめり込んだのは、にんじんジュースだ。アメリカで治療法が存在しているというネット情報がきっかけだった。
「夫に背を向けて毎日、朝昼晩、にんじんジュースを作り続けました」
冷蔵庫の中はすべてにんじん。50本は入っていた。街を歩いていても、気づけば、がんの治療法を探し続けた。血液クレンジングには30万円を投じ、超高濃度ビタミンC治療なども試した。知人や友人からも、さまざまな情報が寄せられ、そのほとんどを試したという。
──しかし、哲也さんの体調は悪化し、食欲もなくなった。それでも夫に、彼女はにんじんジュースを作り続けた。
“僕は君のために飲んでいるんだよ”
「ある日、夫から“科学を理解してくれ”と言われました。もう耐えられなかったのでしょう。おかしくなった私を見るのもつらかったと思う。夫は私のすすめる怪しい治療や療法は一切、信じていなかった。とにかく、抗がん剤治療だけをやりたかったのです」
哲也さんから“誰のためにやってるの? 僕は君のために飲んでいるんだよ”と言われて、ようやく自分の異常さに気づいたという。そして、その日を境に、すべての代替治療をやめた。
自分や愛する家族が難治がんになったとき、冷静でいられる人はいるだろうか。
「当時はパニック状態で正常な判断能力は持っていなかったと思います」(轟さん)
そんなときに“治る”、“克服した”という「甘い言葉」に患者や家族は引き寄せられていくのだろう。
「『希望の会』でも、がん体験者はみんな“自分の病気に対してはある程度、冷静でいられる。でも家族の病気は本当にどうしていいかわからなくなる”と言っています」
特に家族は“患者のために何かしたい”と、確かでない情報にも飛びつきがち。そうならないためにも、正しい情報の見分け方を知ることはとても大切だろう。
まずは疑い、正確な情報を知る人に確認を。
大須賀先生は正しいがん情報を発信するなかで、うその情報がどのように宣伝されているかをつぶさに見てきた。
「怪しいがん治療の宣伝に多いパターンがわかるようになりました」
と、大須賀先生。これを知っておけば、一般の人でもある程度、偽情報かどうかを見抜けるという。
以下に注意が必要な宣伝の文言を紹介している。これらの文言が出てきたときには、まず疑い“怪しいな”と思うことが第一歩だ。
第三者と話し、相談することが大切
そして、患者や家族が独自に判断せず、試す前には必ず医師・看護師・薬剤師などの医療者に相談をすることも忘れないでほしいと語る。
「もちろん、これらの文言が出たら必ず怪しいうそ情報というわけではありません。例えば、がん専門医によっては、患者さんの理解を助けるために3の“免疫力”などの用語を使うこともある。
しかし、まずは疑い、正確な情報を知る人に必ず確認することが大事です。がん患者さんが自分の大切なお金と時間を、自分や家族のために使うことを切に願います」(大須賀先生)
前出の轟さんも、「よかれと思っても、安易に“これ、いいらしいよ”と人にすすめたりすること、すすめられた側もそれを鵜呑みにすることをやめましょう」と語る。
たとえ心からの善意であっても、結果的にその情報に振り回されて、貴重な時間を奪ったり、正しい治療の妨げになることもありうるからだ。また、患者と家族だけでなく第三者と話し、相談することが大切だという。
「国立がん研究センターなどの公的医療機関には、患者や家族の相談や支援センターを紹介してくれる窓口もあります。患者や家族だけで抱え込まず、これらのサービスを積極的に利用することで、正しい情報を知ってほしいですね」
怪しいがん治療を見抜く方法
注意! これらを見つけたら、まず疑う。専門医に相談を! ネット情報や書籍などで謳われる怪しげな宣伝文句。その中で、注意が必要な文言を大須賀先生が8個ピックアップして簡潔に解説してくれた。また、正しいがん情報を知ることができる情報収集先をご紹介!
1.何のがんにでも効く
「がん」と同じ言葉がついているだけで、実際はすべて違う病気。全種類のがんに効く治療はない。
2.個人の感想が根拠
体験談など個人の感想は不正確なことが多い。がんの治療効果は個人差が大きく、正確な評価には数百人規模の検討が必須。個人の感想のみを強調するのは、科学的根拠がないから。
3.免疫力を上げる
免疫力という用語は科学の世界では使用しない極めて曖昧な表現。特定の食品の摂取、特定の生活習慣では、がん細胞の殺傷能力を上げるほど免疫力を上げられないと判明ずみ。科学ではないことの証明。
4.単純な治療方法
「何かの食品を食べるだけ」、「体温を上げるだけ」など、すぐできる単純な方法で治そうとするのは危ない。そんな方法で治る簡単な病気であれば、すでに治っている。
5.オールナチュラル
天然なら効くとは限らない。がんの治療薬でも自然食品から発見されたものもあるが、それらは「有効成分のみを抽出→その化学構造を少し変える→それを大量に精製→体内吸収がよいように変える」などのプロセスを踏まなければ薬のレベルにはならない。食品そのものというアプローチはあまりに無理がある。
6.極端な宣伝文句
「がんが消える!」「魔法の治療」など、そこまで華々しく効く薬はめったになく、普通はがんを縮小させ、拡大や再発を防ぐというものが大部分。極端に効く話には、そんなうまい話はないと疑うこと。
7.有名医師/研究者が推薦
一般的ながん治療というのは、世界のほとんどの医師・研究者がすすめるもの。ごく一部の人しかすすめないのはおかしい。専門家が勧めると信頼する気持ちはわかるが、日本の現状では信頼できない医師・研究者も多い。
8.医師と製薬会社はグル
陰謀論は怪しい治療にうってつけの理論。治療が効くという根拠がない場合によく使われる陰謀論はネットでは大変に好まれて拡散される。効果の証拠も提示せず、陰謀論ばかりを取り上げるものには本当に注意が必要。
(取材・文/松岡理恵)
おおすかさとる アラバマ大学バーミンガム校脳神経外科助教授。新薬開発の専門家。筑波大学医学専門学群卒業。日本で脳神経外科医として従事後、基礎研究者へ。正しい医療情報をSNS等で発信し続ける。共著『世界中の医学研究を徹底的に比較してわかった 最高のがん治療』を4月発刊予定。
とどろきひろみ 2016年、夫の哲也さんから引き継ぎ、スキルス胃がんの患者・家族会「希望の会」理事長に。スキルス胃がんの情報提供や患者・家族の交流会、医師による勉強会・講演会なども開催。'18年から2年間、厚生労働省がん対策推進協議会の委員も務めた。認定NPO法人「希望の会」https://npokibounokai.org/