「私たちは常にウイルスに囲まれて生きています。その脅威から身体を守っているのが免疫力。これがなければ人間は、この世界で1か月も生きていることができません」
そう話すのは、順天堂大学医学部の免疫学特任教授、奥村康さん。免疫力とは、体内で病原菌やがん細胞などを認識し、それらを殺滅することで病気から守ってくれる身体の“防衛システム”。
ウイルスを迎え撃つ『NK細胞』って?
現在、世界中で猛威をふるっている新型コロナウイルス『COVID-19』に対してワクチンなどの開発が急がれているが、いちばん大切なのは人間の持っている免疫力だと奥村教授は話す。
「免疫のシステムを“軍隊”にたとえるならワクチンというのは、仮想敵国を相手にした軍事訓練です。ワクチン相手に『T細胞』『B細胞』といった免疫細胞がウイルスとの戦い方を学ぶことで、実際にウイルスが体内に入ってきたとき、抗体というミサイルで迎撃します。
この免疫細胞は、人が生まれる前に胎内で母親の胎盤からもらった抗体を使いつつ戦い方を学び、生後3か月くらいすると“軍隊”は強力なものに成長します。この免疫細胞による免疫力は人が死ぬまで弱まることはありません」
しかし“免疫力を上げるには……”といった話をよく聞く。死ぬまで免疫力が弱まることがないのなら、その必要はないと思うのだが─。
「免疫システムは、おおまかに2段階に分かれます。先ほど話した“軍隊”は非常に強力ですが、常時働いているわけではありません。戦争でもなければ、軍隊は動きませんよね? そこで日常生活で異常はないかと目を光らせている“お巡りさん”の細胞があるわけです。
このお巡りさんは常に働いていて、がん細胞やウイルスを見つけると攻撃をします。平常時に活動するので、NK(ナチュラルキラー)細胞といいます。この細胞の活動が弱くなることで病気にかかりやすくなります」
第1陣としてウイルスを迎え撃つのがNK細胞。ここが突破され、感染すると第2陣として控えているのが『T細胞』『B細胞』といった、より強力な免疫細胞。この細胞がウイルスを攻撃するときは発熱を伴う。
「NK細胞は、将棋でいえば“歩”みたいなもの。入ってきたウイルスに歩が切り込んでいき、そこがやられると、金銀飛車角が登場する。なので、歩が強ければ強力な“軍隊”が動かなくてもウイルスに感染することはないんです」
この“歩”が強さを保っていれば安心なのだが、さまざまな要因で活性化したり弱まったりするのだという。実際、自分のNK細胞の強さの目安がわかるのが、写真ページに掲載の『免疫力簡単チェックシート』。簡単に数値化できるので、ぜひ試していただきたい。
設問項目には“ひと晩寝れば嫌なことを忘れられる”“趣味がない”など、免疫力に関係がないように思えるワードも並んでいる。
「NK細胞の活動が下がる要因に、ストレスというものが深く関わっています。いろいろなストレスがありますが、中でも生活の日内変動に弱いんです。簡単に言うと不規則な生活。NK細胞というのは昼に活発に働き、夜に低調になります。なので徹夜をしたり、昼夜逆転の生活を続けると、NK細胞の活性が低くなる人が多いのです」
ほかにも、精神的なストレスも関わっていると奥村教授は続ける。
「例えば、マウスを身動きのとれないくらいの閉所に閉じ込めてしまうと、胃潰瘍になったり、果てには死んでしまいます。これもNK細胞の活動が低調になり、免疫力が落ちたため。
今回の新型コロナの騒動で話題になった『ダイヤモンド・プリンセス号』だって乗客を長期間閉じ込めていましたよね。あんなことをすれば、NK細胞の働きが下がるに決まっています。そのうえ、いつ自分が感染するかという精神的な不安も重なり、まさにウイルスに感染しやすくなる環境をつくってしまいました」
まさに“病は気から”
では、NK細胞を活性化するにはどうすればいいのか。
「あまり激しくない“ちんたら運動”がオススメです。激しい運動をすると、その間は活性化するのですが、終わるとリバウンドで運動前より低調になってしまいます。なので、緑の多い環境の中で少しだけ早く歩く森林浴をすると、非常にNK細胞の働きが上がるといわれています。
あとはよく笑うこと。落語でも喜劇でもいいですけど、大声を出して笑うことで上がっていきます」
NK細胞の活動が落ちる原因には年齢の問題もあるそうだが、日常生活の中で、ちょっとした心がけをするだけで変わってくるという。まさに“病は気から”に思える。
「本当にそうなんです。心の問題が深く関わっているんです。動物実験の面白い結果があります。子育てしている動物から子どもを取り上げてしまうと、そのストレスからNK細胞の働きは、ぐんと下がります。その隣に元気な動物を置いておくと、まるでうつったかのようにその動物までNK細胞の働きが落ちてしまうんです。
このメカニズムはまだわかりませんが、免疫に深く関係している要素だといえます」
食べ物などでも気をつけることはあるのだろうか。
「低調化を止めることができるのは、乳酸菌やキノコなどに含まれるβグルカン。キムチや納豆といった発酵食品もいいですね。あくまでも予防するには有効だということです」
最後に、免疫学の視点から今回の新型コロナウイルスのパンデミックについて奥村教授は、
「今の施策は“頭隠して尻隠さず”だと思います。集会を自粛させても、満員電車に乗っていれば意味はないでしょう。罹患(りかん)してから抗体ができるのに1週間。遺伝学的に抗体をつくる力や免疫力の上がり方が悪い人もいますので、完全にとは言えませんが、1回感染して回復すれば、免疫力でもう感染しなくなります。イタリアでは死者も多く出ていますが、日本とは医療のレベルが違います。
大切なことはストレスをためないで、細かいことは気にしない。それこそコロナウイルスについて過剰に心配しないことです」
チェックリストの奇数の項目の行動を心がけ、偶数の項目を避ければ、免疫力の活性化は間違いなし!
(取材・文/蒔田稔)