「志村、ひどすぎるぞお前。いちばん若いお前が、俺たち差し置いて天国に行っちゃうなんてなぁ」
そう悲しみを語ったのは、ザ・ドリフターズのメンバーであり、タレントの加藤茶。3月29日に新型コロナウイルスによる肺炎でこの世を去った志村けんさん(享年70)の追悼番組が1日に放送され、出演したドリフのメンバーは仲間との突然の別れを偲んだ。
若者に「喜劇」を残してあげたい
誰もが予期しなかった志村さんの死は、私たちに深い悲しみを与えた。ばかばかしくてくだらない、けど誰もが元気になる笑いをくれた“コントの神様”。
「芸人は芸で勝負しなくちゃ」。
過去に週刊女性の取材で語った言葉は、志村さんがまっとうした人生そのもの。日本中に笑いを与え続けてくれた感謝を込めて、今その人生を写真で振り返る―。
いっちょめいっちょめ、ワ~オ!
カラスの勝手でしょ
生麦生米生卵
最初はグー!
ひげダンス
だいじょうぶだぁ
あんだって?
だっふんだ
アイーン
……挙げたらキリがない志村さんのギャグの数々。その思い入れは異なれど、日本人の誰もが“志村世代”の自負があるのでは?
ザ・ドリフターズ加入直後から、週刊女性は志村さんを取材し続けてきた。13年前のインタビューでは、こんなことを。
「難解談義の漫才が今の主流になっちゃったけど、ちゃんと喜劇があることを残しておかないといけない気がするんですよ。
僕が子どものときには喜劇や舞台を見て“すごいなぁ”と思っていたので。で、こういう仕事をやってるわけですよ。今の若い人がそれを知らないのはかわいそうだからね」
と、好きだった『アメリカンスピリッツ メンソールウルトラライト』に火をつけた。
まさに、日本人を笑わせ続けるために捧げられた人生だった―。