岡幸二郎 撮影/森田晃博

 客席を圧倒するパワフルな歌唱力と華やかな容姿で、ミュージカル界のスター街道を邁進してきたベテラン、岡幸二郎さん。近年は悪役、クセのある敵役でも個性を見せてきた岡さんが、また本領を発揮してくれそう。ミュージカル『チェーザレ 破壊の創造者』で演じるのは、チェーザレ・ボルジアと敵対する枢機卿、ジュリアーノ・デッラ・ローヴェレだ。

「私がやってきた悪役に比べると、ちょっと弱いかな。この物語の中では、何かをするわけではないので。企んでいる、くらいでね。でもこの後、チェーザレに対して酷いことをする人物だから、“この人、きっとエグくなるんだろうな”という片鱗を、幕が下りるまでには見せておかないと。衣装の力や音楽の力を借りながら、声の圧を発揮してがんばるつもりです(笑)」

 惣領冬実の歴史コミックを舞台化する本作で描かれるのは、ルネッサンス期を生きたチェーザレの青春時代。ローヴェレは、悪役としての存在感が圧倒的だ。

「ローヴェレには長いナンバーが2幕にありまして。けっこう後半になって、自分の生い立ちを歌っちゃう(笑)。そこで唐突感を出さないためにどう歌おうかと、いま研究しているところです。私がこれまで演じてきた悪はたいてい高貴な人だったんですが、ローヴェレは残念なことに出が貧しいんですよ。でも、芸術の理解者だというところでは共感できます。この間、稽古場で演出家が若い俳優たちに言ってたんです。“みんな、岡さんの立ち居振る舞いをよく見ておいてね。演じているのは貧しい出の枢機卿だけど、立ち居振る舞いが誰よりも貴族っぽいから”って(笑)。それってもしかして、役ができていないってことじゃないのか!?(笑)」

『レ・ミゼラブル』で一躍スターに

 高校時代に『コーラスライン』を見て刺激を受けてから、ミュージカルを目指した岡さんは、特にレッスンも受けず、独学だけでここまでやってきた。岡さんをミュージカル・スターの座に押し上げたのは、なんといっても『レ・ミゼラブル』のカリスマ青年革命家、アンジョルラス役だ。

「この役でオーディションに挑んだのは、単なる二枚目のマリウス役では面白くないと思ったから。特に思い入れがあったわけではないので、オーディションで歌詞を忘れて“ラララ~”と歌いました(笑)」

 演じるなら、個性の強い役や悪役のほうが断然いい。

「いちばん苦痛だったのは『マイ・フェア・レディ』のお坊ちゃん、フレディ役(笑)。しどころがなくて、どう演じたらいいかわからなかった。それとは逆に悪い人なら、悪くやればやるほど光れるじゃないですか。だから極端な役のほうが面白いんです」

俳優廃業を止まらせた縁と出会い

 アンジョルラス役を初めて演じたとき、稽古場で演出家のジョン・ケアードさんに、ずっと何ひとつ言ってもらえなかった。ダメ出しも、褒める言葉もなし。稽古の打ち上げで演出家と出演者で居酒屋に繰り出した夜、店を出るケアードさんを追って「何か言ってください」と頼んだそう。

「そのとき、ケアードさんから返ってきたのは“君は大丈夫”というひと言でした。だからアンジョルラスをやっている間は、ケアードさんに言っていただいたその言葉だけを胸のうちで信じて、ずーっとやっていたんです。演じているうちに、この役はどんどん好きになりましたね」

 その後のミュージカル人生では「俳優をやめよう」と思ったことも何度かあったそうだが、運命的な縁と出会いに導かれてきた。

岡幸二郎 撮影/森田晃博

「もう『レ・ミゼラブル』でアンジョルラスを演じるのが最後というときに、偶然、おそば屋さんでプロデューサーと出会って“今度はジャベール役でオーディションを受けてよ”と言われたり。もちろん自分が行きたいと思った方向へ行けなかったこともあります。でも、出会うべくして出会い、縁に生かされてきました。私の人生は、不思議な力を感じさせるような、面白いエピソードが満載なんですよ(笑)」

自分が面白いと思う作品に出る

 では、これからの人生に望むこととは?

「今は、“この役がやりたい!”みたいな欲はもうなくて。“求められるところで役割を果たせればいいかな”と思っているんです。あまりセカセカ、ガツガツするのは性に合わない。仕事が空いたときには“和の心”をもって趣味の世界に生き、優雅な生活を送っていますのでね。毎朝お茶を点て、骨董を愛し、床の間にお花を生けたり能を嗜んだりしています」

 絶対に譲れないのは、自分の美意識、そしていい作品を作ろうというこだわり。

「自分が面白そうだと思った作品にしか出たくないんです。例えば、今回の『チェーザレ』は明治座さんが“まじめにいい作品を作ろうとしているな”と思えたから出たいと思いました。昨今、日本はミュージカル・ブームと言われていますけど、世界と比べるとまだまだ。本当にいいものを作っていかないと、ファンを韓国ミュージカルに取られてしまうことになりかねないですよね。この『チェーザレ』のようなオリジナル作品が成功を収められるよう、がんばらなければいけないと思っています」


岡幸二郎 おか・こうじろう 10月10日、福岡県生まれ。大学在学中に『イダマンテ』で舞台デビュー。劇団四季のシーズンメンバーとして3年間活躍後、1994年に『レ・ミゼラブル』のアンジョルラス役をオーディションで勝ち取り、一躍、ミュージカルスターに。同作には'03年〜'09年、ジャベール役でも出演した。そのほかの主な出演作に『グランドホテル』『ミス・サイゴン』『1789-バスティーユの恋人たち-』『ロミオ&ジュリエット』など。フルオーケストラとのコンサートやショーなども精力的に行っている。

ミュージカル『チェーザレ 破壊の創造者』

ミュージカル『チェーザレ破壊の創造者』

明治座が初めてオーケストラ・ピットを使って製作するオリジナル・ミュージカルは、15世紀のイタリアを舞台にした惣領冬実による歴史コミックの舞台化。若き日のチェーザレ・ボルジア(中川晃教)がピサの大学に通っていた青春時代を描く。脚本は、元宝塚歌劇団の荻田浩一、演出は、ドイツ生まれの小山ゆうな、音楽は島健が手がける。4月13日~5月11日、明治座にて上演。問い合わせ:明治座チケットセンター 電話03-3666-6666。詳しい情報は公式サイト(https://www.cesare-stage.com)へ。

【取材・文/若林ゆり】