歯周病とは、歯そのものではなく、歯を支えている歯槽骨や歯肉などの歯周組織が細菌に侵され、破壊される病気です。歯槽膿漏(しそうのうろう)も歯肉炎も歯周病の症状のひとつ。
「歯は、そもそも身体の内部から、歯ぐきを突き破って外部に出てきたものです。その、歯と歯肉の間には“接合上皮”という粘着性のある特殊な細胞が集まって糊の役目を果たし、外界からの菌やウイルスを防いでいます。しかし、この糊はとても弱いため、細菌や食べ物のカスがつくだけで簡単に破けてしまうんです」
と語るのは、歯周病の専門医である宮田隆先生。
口の中には300種類ほどの常在菌が棲(す)んでいます。そのうち7割は善玉菌、残り3割は歯周病菌や虫歯菌などの悪玉菌。この菌の割合が保たれていると、悪玉菌はさほど悪さをしませんが、口腔(こうくう)内が不潔になったり免疫力が低下すると活発に活動を始めます。
「体内に侵入しようとする歯周病菌と免疫担当細胞である白血球が闘うと歯肉炎という炎症状態となります。さらに歯周病菌が増えて白血球が応戦しきれなくなると、歯肉の炎症がさらに進み、深刻な歯周病へと進行します」
重症化すると歯が抜ける要因ともなる歯周病は、実は日本人が歯を失う一番の原因でもあります。例え、歯自体が健康であっても、土台である骨から蝕まれるため抜け落ちてしまうといった状態に。
「歯周病菌の破壊力は、歯周組織だけにとどまりません。歯肉の毛細血管から血液中に入り込んで全身を巡り、さまざまな病気を引き起こします。歯周病は血管の病気でもあるんです」
進行すると深刻な症状に陥ることもある、それが歯周病なのです。
喫煙者と糖尿病患者は要注意!
歯周病を悪化させるいちばんの原因は喫煙です。
「タバコには300種類以上の有害物質が含まれており、肺に入ると肺動脈を介して血液中にどんどん吸収されていきます。すると血管が収縮し、体内に侵入した歯周病菌と闘う戦士でもある白血球が通れなくなってしまいます。悪者をやっつけるための戦士が助けに来られないのですから、結果的に歯周病菌がどんどん増殖してしまうのです」
また、糖尿病も歯周病悪化の要因のひとつだといいます。
「糖尿病の患者さんはもともと血流が悪く、さらに血中に発生するAGE(老化の原因のひとつとされる有害な物質)は、血管に取りつくと血管壁の細胞を傷つけてしまいます。その結果、血管がボロボロになり末端の細胞に新鮮な血液が届かなくなります。そのため、歯周病菌と闘う基礎体力が低くなり、治癒力がうまく働かなくなります」
さらに、更年期も歯周病と大きな関わりがあります。
「私たちは普段、唾液によって口腔内の温度が上がりすぎないように冷やしています。ところが、更年期になると口の中が火照りやすくなります。細菌は温かく湿った場所を好みますから、知らず知らずのうちに歯周病菌が繁殖しやすい環境を提供することになってしまうんです」
「サイレント・キラー」とも呼ばれる歯周病
歯周病の初期は自覚症状が乏しく早期の発見がしにくいため、症状に気がついたときには抜歯が必要な状態になっていることも珍しくなく、「静かな殺し屋」との別名が。さらに、歯周病は“骨をむしばむ病気”でもあります。
「体内に歯周病菌が侵入し勢いを増してくると、歯を支えている歯槽骨という骨組織にまでその被害が及んでしまいます。そもそも、骨は新陳代謝を繰り返して常に生まれ変わっている組織。骨の内部では破骨細胞が骨を壊し、骨芽細胞が骨を修復することを繰り返しながら、骨密度を一定に保っています。
ところが、歯周病になると破骨細胞が異常に増殖して歯槽骨の破壊ペースが速まり、歯の土台となる歯槽骨が失われ、歯が抜け落ちてしまうのです」
歯周病は怖い病気とも密接に関係している
歯周病は命に関わる病気を引き起こすこともある、怖い病気です。その原因を突きつめていくと、大きくふたつに分けられる。
「皮膚や粘膜のガードが崩れ、細菌などの微生物が血管内に入り込んだ状態を“菌血症”といい、病原性の強い微生物に感染し、重篤な病状になるのが“敗血症”です。歯周病菌は、これと同じことを身体のなかで起こします。血液に入った歯周病菌は血管を傷つけ、動脈硬化や心疾患など命を脅かす病気にいたることも」
もうひとつの原因は、“TNFα(ティー・エヌ・エフ・アルファ)”という物質。
「近年の研究ではTNFαが人間のさまざまな病気に影響を与えることがわかっており、その最たるものが糖尿病です。歯肉の血管から血液中へと流れ出したTNFαは毒性を発揮し全身に悪影響を及ぼします」
つまり、さまざまな病いの予防や改善のためにも歯周病の治療は大切です。
また歯周病菌は、“気道”からも体内に入り込みます。口の中にいる歯周病菌が食べ物や唾液にまざり、誤って肺に入ると“誤嚥性肺炎”も引き起こします。「歯周病って、歯ぐきがちょっと腫れる病気でしょ?」と甘くみて放置していると、大きな病気に見舞われる可能性もあるのです。
歯周病と関連深い病状
【糖尿病】
糖尿病になると免疫細胞の働きが落ち、歯周病にかかりやすくなるうえ、高血糖の影響で炎症が強まるために歯周病の症状も悪化しやすくなる。また、歯周病の炎症によって生成されるサイトカインにはインスリンの効きを阻む性質があるため、糖尿病がさらに悪化してしまうという側面も。
【胃潰瘍・胃がん】
口と胃は密接に連動しているため、口腔内の病気である歯周病は胃腸に悪影響を及ぼす。口腔内に歯周病菌が多く存在する人は、健康な人よりヘリコバクター・ピロリ菌(胃がんや胃潰瘍の原因とされる菌)や、キャンピロバクター菌(ピロリ菌の仲間)といった細菌が増えやすくなる。
【動脈硬化・心疾患】
血管壁が厚く硬くなる動脈硬化が起きると血流が悪くなり、高血圧や心疾患といった重い病気の原因となります。近年の研究で動脈硬化は歯周病菌によっても起きることが判明。実際、世界各地で心疾患の患者さんの心臓から歯周病菌が発見されたという報告がなされています。
【リウマチ】
人間の身体は異物が入ってくると、それを排除しようと免疫機能が働く。リウマチは免疫の異常などが原因で、手足の関節に痛みや腫れをともなう炎症が起きる病気。歯周病と同じサイトカインのTNFαが関連しており、リウマチ患者は歯周病にかかりやすいことがわかっている。
【アルツハイマー】
歯周病菌がアルツハイマー型認知症の患者の脳から検出された報告例があり、近年の研究では、アルツハイマー型認知症でみられる脳内老人斑(アルツハイマー型認知症の脳の組織のひとつ)の主成分「アミロイドβ」が歯周病の歯ぐきで産生されていることが明らかになっている。
【潰瘍性大腸炎】
潰瘍性大腸炎は下痢や血便、腹痛といった症状がみられ、主に大腸の粘膜が侵される疾患。原因はまだはっきりとしていないものの、腸管に免疫異常が起こり自分の腸に炎症を起こすとみられている。その炎症に深く関わっているのが歯周病にも関与するサイトカインのTNFαだ。
【PROFILE】
宮田隆先生 ◎宮田歯科医院院長。歯学博士。1977年、日本大学歯学部卒。明海大学歯学部教授、明海大学病院病院長を経てNPO法人歯科医学教育国際支援機構設立。2016年には「日本歯周病学会・学会賞」を受賞。『歯周病の本当に怖ろしいわけ』など著書多数。