NHK『東洋医学ホントのチカラ』メインディレクターの山本高穂さん

 いま“ツボ押し”や“お灸”や“ヨガ”などの東洋医学に注目が集まっています。今年2月にNHK総合で放送された特番『東洋医学ホントのチカラ~冬のお悩み解決SP~』も、放送後に多くの反響があったといいます。なぜ東洋医学が話題となっているのか、また、東洋医学と新型コロナウイルス対策との関連性などについて、番組の制作にメインディレクターとして携わった山本高穂さんにお話をお聞きしました。

東洋医学が世界的にブームのワケ

──NHKが東洋医学を大きく取り上げるのは珍しいように思うのですが、今年の2月に放送された『東洋医学ホントのチカラ』が初めてでしょうか?

 いえ、実は2018年9月に、同じシリーズの第一弾を放送しています。その放送後、NHKに寄せられた問い合わせ件数が1300件を超えるなど大きな反響があったので、第二弾も企画し、今年の2月に放送しました。おかげさまで、第二弾も好評でした。

──そんなに反響があったのですね。個人的には、東洋医学は効くのか効かないのか、よくわからない面があるのですが、山本さんが興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?

 私自身も当初は「東洋医学って、ホントに効くの?」という疑問を持っていました。ただ、3年近く前に『クローズアップ現代+』という番組でうつ病の取材をしていたところ、脳科学を専門とする研究者が、東洋医学の鍼灸治療でうつ症状を改善する研究を行っていることを偶然知り、興味を持ったのがきっかけでした。さっそく調べてみると、ハーバード大学や米軍、また、イギリスなどヨーロッパの医療機関でも、鍼灸やヨガなどが治療で使われるなど、東洋医学が世界的にブームだと分かったんです。

──なぜ、いま東洋医学は世界的に注目されているのでしょう?

 ひとつは「西洋医学では解決が難しい痛みや症状の改善が期待できる」ことがあると思います。例えば、更年期障害や慢性痛には特効薬はありませんし、症状や悩みの度合いも人それぞれです。東洋医学は、そうした一人ひとりに向けた改善法を施すことができる強みがあります。

 もうひとつは「西洋医学よりもセルフケアに取り入れやすい」というメリットです。“ツボ押し”や“ヨガ”などは疾患の予防や症状の緩和だけでなく、医療費の削減にもつながると期待されています。実際、欧米での東洋医学の導入には、こうした医療経済的な側面もあるとのことです。

──西洋医学ではなかなか解決しない悩みの代表が、だるさ、手足の冷え、ほてり、イライラなどの“女性の不定愁訴”だと思いますが、東洋医学は効果的なのでしょうか?

 私は医学の専門家ではありませんので詳しくはお答えできませんが、中高年の女性における不定愁訴の主な原因は、女性ホルモンの減少に伴う「更年期障害」だと聞いています。西洋医学的には、ホルモンを補充するなどの治療法がありますが、東洋医学的には、漢方薬や鍼灸による症状の改善を狙います。

 東洋医学の治療の基本として、「身体のバランスを整えることが大切」とよく言われますが、鍼灸の刺激は、ホルモン分泌などをコントロールする自律神経を調節し、改善を図っていると考えられています。

──「女性のツボ」として、『三陰交』や『関元』が知られていますが、それらのツボを押すときのコツのようなものはありますか? 

 セルフケアの“ツボ押し”でもっとも大切なのは、「決して押しすぎないこと」だと多くの専門家から聞いています。ツボを押すとき、「強く押して痛みを感じるくらいでないと効果が出ない」と思いがちですが、“痛気持ちいい”程度の強さで効果が期待できるそうです。

『三陰交』のツボ、場所と押し方 

“舌清掃”が重大な疾患の予防につながる可能性

──東洋医学には、“ツボ押し”以外にどんなセルフケアがありますか?

 例えば、インドの伝統医学『アーユルヴェーダ』の健康法のひとつに、舌に付着する舌苔(ぜったい)を取り除く“舌清掃”があります。番組で紹介したセルフケアは、1日2回、起床後すぐ(朝食前)と夕食のあとに、歯磨きをしてから舌専用ブラシなどで舌の掃除を行うものです。インドでは、お腹の不調を整えるなど健康維持によいとされ、古くから行われています。また最近では、口臭を予防する方法として欧米を中心に広く推奨されています。ちなみに、今回の取材をきっかけに、私も毎日行うようにしています。

“舌清掃”のやり方と注意点 

──舌の掃除がお腹の不調に効くとは知りませんでした。科学的にわかっていることなのでしょうか?

 実は、番組取材がスタートした当初は、お腹の不調を改善する可能性を示した先行研究は見つかったものの、改善のメカニズムについては、詳しく解明されていませんでした。そこで、番組で科学的な効果を確かめることができないかと思い、アーユルヴェーダの専門家と口腔(こうくう)学の専門家に協力して頂き、プロジェクトを立ち上げました。

 まず、お腹の不調を訴える方々12名にご協力を頂き、専門家から舌清掃の指導を受けてもらいました。そして、4週間にわたって自宅で舌清掃を行ってもらい、口内フローラ(口の中の細菌の集まり)の変化を分析しました。その結果、ほとんどの方の口内フローラの環境が改善、つまり悪玉の細菌が減少しました。さらに、お腹の不調に関する自覚症状も同様に改善したことがわかったのです。専門家からは「舌清掃の健康効果を検証していく上で大きな意義をもつ」という評価をいただきました。

──舌の細菌や口内の環境が、お腹の不調と密接に関係していたなんてビックリですね。

 口腔内の細菌と病気との関係は、いま世界で特にホットな医学研究テーマになっているんです。例えば、歯の表面だけでなく舌苔にもいる歯周病菌は、がんやアルツハイマー病を引き起こす原因のひとつであることがわかりつつあります。よって、今回取り上げた“舌清掃”は、お腹の不調だけでなく、こうした重大な疾患の予防につながる可能性もあると、専門家も注目しています。

──東洋医学に関する番組を制作するなかで、いちばん驚いたことは何でしょうか?

 ディレクターとしてもっとも印象に残っているのは、米軍で行われている鍼灸治療の取材です。世界の科学の最先端をリードするアメリカのなかでも、特に先進的な研究姿勢で知られる米軍で東洋医学が行われているなんて、信じ難いものでした。しかし、米軍では鍼灸を科学的に検証し、効果が示された方法を積極的に実践していました。実際の治療現場も取材したのですが、確かに鍼灸は基地で働く人々にとって欠かせない治療法となっていたんです。

 背景にあったのは、米軍のみならずアメリカ全体で大きな問題となっている『オピオイド(鎮痛薬)』の乱用です。全米での死者数が年間数万人以上と深刻化していることから、中毒症状を引き起こしやすい鎮痛薬をなるべく使わない代替手段として、鍼灸やヨガなどに注目が集まっているのです。こうした薬物を使わない治療法やセルフケアを積極的に取り入れていく動きは、風邪でも薬を求めてしまう私たち日本人にも今後、重要になってくると思います。

自粛でたまったストレスは“ツボ押し”で解消を

──最後に、現在の新型コロナウイルスに関することをお伺いします。ウイルスの流行によって、世間では「免疫力」が注目されていますが、東洋医学で免疫力を上げることはできますか?

「免疫力」という魅力的な言葉に、私たちは飛びつきがちです。しかし、これはいわゆる医学用語ではない、と専門家から言われています。身体の免疫の仕組みはとても複雑で、何かの治療で免疫系のシステムが働きやすくなったとか、病気にかかりにくくなる、というような厳密な科学的根拠は限られていて、また、実際の臨床においてもその検証は難しいとされています。

 ただ、一般論としては、過度のストレスや睡眠不足、バランスの悪い食事などが免疫系の働きを低下させることが知られています。ですので、“ツボ押し”でリラックスしたり、ヨガなどで質のよい睡眠を得られたりすることは、免疫系の働きを維持することに繋がるのではないかと思います。

 また、最新の生理学研究では、ツボへの鍼灸刺激がストレス反応をコントロールする神経系を調節し、ホルモン分泌を経て免疫システムに影響することなどが、明らかになりつつあります。日本では、古くから足の『三里』というツボにお灸をすると健康にいいとされてきましたが、その効果やメカニズムは実証されつつあると聞いています。

──新型コロナウイルスにかからないようにするために、人との接触や手洗い以外に、何か注意点がありましたら教えてください。

 私はあくまでも医療・科学ジャンルの番組制作を担当しているテレビディレクターなので、感染症対策については、専門家のお話に耳を傾けていただければと思います。 ただ、この状況が長期化するなかで、心身の健康を保つことが重要なことは言うまでもありません。特に、外出の自粛による運動不足や、閉じこもることでメンタルストレスを抱えてしまうことは、様々な病気を引き起こすリスクになります。

ストレスやうつ症状に効果が期待できる『百会』のツボ、場所と押し方 ※本記事に掲載のイラスト画像はすべて『東洋医学でカラダと心をセルフケア!』(主婦と生活社)より抜粋

 番組で紹介した東洋医学のセルフケアは、こうした健康リスクを緩和する手段のひとつとして期待されているんです。運動不足や慣れない在宅ワークでこわばりがちな筋肉へのツボ刺激やヨガのほか、心理的ストレスに効果があるとされる『百会』などのツボを押すこともオススメです。舌清掃に関しても、口はウイルスの侵入経路のひとつなので、その環境を整えることは大切とのこと。ぜひ、東洋医学のセルフケアを取り入れて、外出自粛を乗り切っていただければと思います。


《PROFILE》
山本高穂(やまもと・たかお) ◎NHKエデュケーショナル 科学健康部 シニア・プロデューサー。1997年、ディタクターとしてNHK入局、NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー、制作局 科学・環境番組部 チーフ・ディレクターなどを経て2019年より現職。
主な担当番組:特集番組『東洋医学ホントのチカラ』、NHKスペシャル『病の起源・うつ病』、同『謎の海洋民族 モーケン』、『クローズアップ現代+』、『ダーウィンが来た!』、『サイエンスZERO』など多数。


《INFORMATION》
 いま、東洋医学の驚きの効果が最新科学で解明されはじめ、世界で注目されています。この本は、冷え症、頭痛、こり、うつ、ストレス、便秘、頻尿、美容などに効果が期待できる東洋医学のセルフケア術をたっぷり収録した1冊です。自粛続きの運動不足によるこりやストレスの解消にぜひお役立てください。

『東洋医学でカラダと心をセルフケア!』(NHK『東洋医学ホントのチカラ』制作班 編) ※画像をクリックするとアマゾンの書籍紹介ページにジャンプします