「就職も決まってるなら大ごとにしたくないよね?」
──昨年、20代の女性が愛媛県警に誤認逮捕された問題で、警察の取り調べでは自白を強要するかのような言葉を投げかけられたという。今年も警視庁が男子大学生を誤認逮捕する事案が起こった。防犯カメラの設置が増えている今、現場にいただけで犯人扱いされる可能性も。
誤認逮捕の原因とは
タクシーにも搭載され、運転手への暴行など決定的な証拠になるドライブレコーダーの映像。そこに映っていた犯人に“似ている”という理由で、女子大学生(当時)が窃盗の疑いで逮捕されるという誤認逮捕事件が昨年7月、愛媛県で発生した。
同県警トップの松下整本部長(当時)が、共同通信社の取材に、
「結論ありきの捜査と言われてもしかたない」
と全面的に非を認めたお粗末な捜査案件。
誤認逮捕事件を手がけたことがある赤坂山王法律事務所の牛田喬允弁護士は「そこが怖いですよね」と、映像が持つ魔力を指摘。
「ドライブレコーダーの映像は捜査側から見れば、楽な証拠。現場で起きたと思われる時間のデータが残っていて、そこに映っている人が犯人だと思い込んでしまえば、その人を探せばいいわけです。犯人の特定はしやすくなっているけれども、逆に違う人を捕まえてしまったら(その人に与える)ダメージが本当に大きいと思います」
と、映像に頼りすぎるだけの捜査には警鐘を鳴らす。
刑事は足で稼ぐ。現場百遍と言われた泥臭い捜査手法は遠い昔のこと。映像があれば、力強い証拠として十分な威力を発揮する。
その証拠を過信しすぎた愛媛県警の捜査員は、女子大生が犯人だと目星をつけた。
折しも今年2月、東京・東村山市で男子大学生が公然わいせつ罪で誤認逮捕される事件が起こった。逮捕の決め手となったのは、被害女性の「間違いない」のひと言。
また、先月31日、滋賀県東近江市の病院の元看護助手の西山美香さん(40)が、やり直し裁判(再審)の判決で、無罪を勝ち取ったばかり。検察側は上訴権を放棄して西山さんの無罪が確定した。当初の裁判では、捜査段階で犯行を認めたとされる自白調書などに基づき、懲役12年の大津地裁判決が確定。西山さんは無実の罪で12年も服役するハメになった。
誤認逮捕のうえに誤認判決が連なる失態。司法制度そのものが、よってたかって生み出したかのような冤罪。
前出・女子大生も手記で、
「逮捕直後、もし勾留されたら取り調べに耐え切れずにやっていないことを認めてしまうかもしれないという不安な気持ちがあったのも事実です」
と告白している。
その“不安な気持ち”は、逮捕前の取り調べで、取調官に嫌というほど注入されていた。女子大生は最初の取り調べから一貫して容疑を否認した。だが、刑事は柔軟な捜査を放棄していた。「犯人を捕まえてください。こんなの何の解決にならない」と訴えても、取調官は「犯人なら目の前にいるけど」と、耳を傾けることはなかったという。
そればかりか「タクシーに乗った記憶ないの? 二重人格」「罪と向き合え」と決めつけられ、就職先が内定していたことにつけ込み、「就職も決まってるなら大ごとにしたくないよね?」と脅迫まがいの言葉まで投げつけられたという。
早く罪を認めると、早く出られる?
女子大生は、取り調べが終わるたびにすべてを日記につけ克明に記録していた。それをもとにした手記には、
「君が認めたら終わる話」「懲役刑とか罰金刑とか人それぞれだけど早く認めたほうがいいよ」「ごめんなさいをすればすむ話」「認めないからどんどん悪いほうへ行っているよ」「今の状況は自分が認めないからこうなってるんだ」と、次から次に思考をうばい、追い詰めていく様子が詳細につづられている。
前出・牛田弁護士は、
「警察も冤罪をつくろうと思ってやっているわけではないと思うんです。
いちばんかわいそうなのは誤認逮捕された人です。警察は自分たちが逮捕した人が犯人だという気持ちは強いと思うんですが、それで進めてしまうと本当の犯人が捕まらないリスクがどんどん高まってしまう」
と問題視する。
牛田弁護士は'16年に誤認逮捕され、起訴された中国籍の会社経営者の弁護を担当したことがある。ここで救ってくれたのは、タクシーのドライブレコーダーの映像だった。女子大生のケースとは打って変わり、
「逮捕した人が犯人ではないことがわかる証拠だったんです。そういう客観的な証拠があったにもかかわらず、逮捕までの間、それを集めず誤認逮捕した。いま振り返っても、捜査のずさんさはあったと思います」
この事件では、逮捕されてから100日近く身柄を拘束された。
「想像していただければわかると思いますが、身柄拘束が肉体的にも精神的にも与える影響はすごく大きい。仕事もできない。司法の手続きだけがどんどん進んでいって、自分たちはどうなるのか、ということをすごく悩んでいましたね。
私の場合は、証拠が見つかり本人に報告をしているから多少、希望は持てたでしょう。ただ、そういう証拠が見つからない事件は多いです」
証拠が見つかる以前、誤認逮捕された男性から、心細い心境を打ち明けられたことがあるという。
「『もう認めてしまったほうが早く出られるんじゃないか』と言ってました。でも、やっていないことをやったことにして弁護することは私にはできないから、嫌だと断りました」
女子大生が愛媛県警に求めたもの
前出の女子大生は、百戦錬磨の刑事の取り調べにも屈せず、心を折らなかった。
「私には前歴・前科もなく、本当にまじめに生きてきたつもりです」という女子大生が誤認逮捕されるという現実。女子大生は実名報道までされた。われわれ一般人にできることはないというが、
「弁護士が捜査の適法性については争っていくべきだと思うし、一般の方も逮捕報道を見ても犯人だと思わずに懐疑的な目で見てほしいと思います」(牛田弁護士)
女子大生は手記で、
「私のような思いをする人を2度と出さないためにも、口先だけの謝罪ですませるのではなく、今後どのような指導を行い再発防止に努めるのか具体的に公表してほしいです」
と要望している。
誤認逮捕から約9か月たち、愛媛県警は、
「犯人性を確認する捜査および裏づけ捜査の徹底。捜査幹部によるチェック機能の強化。警察本部によるチェック機能の強化。適切な取り調べ指導や教養の徹底をしている」
と、4つの改善点をあげた。頻繁にあることではないが、決してゼロにもならない誤認逮捕。警察だけでなく、われわれ一般人も正しく情報を得ることが必要だ。