世界中で新型コロナウイルスとの先の見えない“戦争”が続いている現在。日本では感染者が約1万人(4月17日時点)と、アメリカの60万人やスペインの17万人という数に比べればかなり少ない。しかし感染者は確実に増えていて、いつ感染爆発が起こってもおかしくない状況だと専門家は警鐘を鳴らす。
日本政府は4月7日に『緊急事態宣言』を発令、17日にはその対象を全国へと広げた。人との接触を8割減らしてほしいと自粛を呼びかけてはいるが、法的拘束力はなく、職場へ向かったり繁華街を歩く姿もいまだ見られる。
フランス在住の日本人が故郷の状態を危惧
このような状況を、感染者数が10万人を超え世界5位、致死率は約15%と世界1位(4月12日時点)のフランスに在住の日本人で、映画プロデューサーの富樫一紀さんは、
「外出禁止を強制しないのは、損害補償ばかり気にしているからでしょう」
と、故郷の未来を危惧する。
「国が国民の命を守るということは当たり前の話。日本政府は国民の命と引き換えに、経済優先を言い続けているのがよくないですね。初めから経済は二の次にして、まずは自国民の命を守るという各国の姿勢と隔たりを感じます」
3月17日、フランスでは外出を制限する措置がとられ、買い物や近所での運動に限り外出できるが、その場合も証明書を持っていないと罰金が科せられる。
「発令された当初は守らない市民も多く、強硬な取り締まりが続き、ようやく守られるようになってきた感じです。ただ、パリ市内でも移民の多い北駅から北側の地域はまだ難しいようです」
医療従事者には約17万円の報奨が
ドイツやフランスなどは、休業補償やフリーランスなどへの金銭的な補償が充実していることが報じられている。パリで料理学校講師を務める佐山さなえさんは、国からの補償について、
「個人事業主に対して、昨年の売り上げを12か月で割った金額の70%を補償してくれます。普段から高額の税金を支払っているので、さすがに速やかに経済対策をしてくれると満足しています」
医療従事者やライフラインのために働く人にも特別手当が約束されたという。前出の富樫さんはこう続ける。
「ウイルスとの戦いにおいて、最前線で命をかけて戦う医療従事者たちには1500ユーロ(約17万円)の報奨。通信教育を続けている教育者、ゴミ収集労働者、スーパーのレジ担当、運送関係の労働者たちにもボーナスが支給されます」
国民に負担を強いるかわりに、相応の補償を国が背負う。そんな対応とかけ離れた今の日本を、佐山さんと富樫さんはどう見ているのか?
「フランスでは警察や軍隊が厳しく規制をしていて、外出する人数を減少させています。日本も外出する人をもっと減らさないと、とても危険な状態だと思います」(佐山さん)
「休業のお願いが出る中で、最後までパチンコ店が営業していたのが異様でした。こういった、ちぐはぐな規制など、政府の言っていることが信じられないというのが根本的な問題かと思います。ただ、その政治家を選んだのが国民なのですから、自業自得と思われてもしかたありません」(富樫さん)
大切な人を奪うのはコロナだけではない
“間接的被害者”を増やさないために今、できること
現在パリ南の郊外、オルリー空港に近い街の友人宅に間借りしている富樫さん。そこで起きた“悲劇”を伝え、日本人に警告したいと、フェイスブックに投稿したものをここに掲載。医療が切迫したとき、起こることとは──。
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《平凡な日曜日(3月29日)の朝が訪れた。野鳥がさえずり、庭の隅に植わる桜の木の花のつぼみが五分咲きのままなのは気温が上がらないからだろう。コロナで引きこもってから2週間が経過した。交通量が激減したおかげで毎日青空が拝める。
家主のレイモンは朝食の後ペダル運動を半時間ばかりやって汗を流し、大工仕事をするために着替えるところだ。今日から夏時間に変わったから睡眠が1時間減った。今日の昼は昨日の11時でまだ空腹を覚えない。それでも奥さんは毎日のルーティーンで昼食を作った。彼はまだ食欲がないというので2人で昼食を終わらせた。
レイモンは気分が優れないので休む、とベッドにもどった。食器の洗い物をしていると「彼がおかしい!」と奥さんの大きな声に呼ばれた。居間にもどるとレイモンがガタガタ震えている。目が充血して真っ赤だ。体温を測ると37度5分。布団を重ねて横になり、われわれは救命救急センターに電話するか躊躇していた。新型コロナウイルスという言葉がネオンのように一瞬脳裏を照らした。
どう考えても、3週間も家を出ていない彼が感染するのは考えにくい。1週間前の食料の買い出しは私と奥さんの2人だ。われわれは近くのスーパーマーケットに行くのにもマスクとゴム手袋で防備している。覚悟を決めて15番(フランスで救急車を呼ぶ緊急番号)を呼び出した。
しばらくして応答があり、急いで最近郊外に新設された対ウイルス感染センターに連れてきてくれという。着いたところは急ごしらえの野戦病院のような体育館だった。出入りする人々は全身白装束マスクの異様な雰囲気だ。
少し待たされ医師との面談が始まった。新型コロナ感染は考えられず、不整脈の兆候から急きょ救急車で総合病院に運ぶという展開になった。病院では人手不足のせいでパニックなのが見てとれる。救急患者はまずウイルス検査をすることが求められるのだ。結果は陰性だったが結果が出るまでに時間がかかりすぎて持病疾患への対応が遅れたのではないかと思っている。
夜遅く医師からの電話で峠は今晩か明日だろうと告げられた。翌朝、看護師から連絡が入りレイモンは危篤だという。南仏から着く娘の到着まで持たせて欲しいと伝え、リヨン駅でTGVで着いた娘を車に乗せ総合病院に急ぐ。彼女は覚悟を決めていた。10年以上前に彼は心臓のバイパス手術を4か所おこない甲状腺も摘出したのだという。
病院に着くとすでにほかの家族のいる緊急治療室に飛び込んだ。現状では新型コロナウイルス対策で院内には親族でも立ち入ることはできないが、残された家族3名だけは面会を許された。手を握ったレイモンの意識はなく、昏睡状態のまま家族は最後の面会をした。その間にも感染の疑いがある患者が運び込まれ、早々に追い出された。
その日の夕方彼は息を引き取ったと医師から連絡が入った。最後の別れができたこのファミリーは恵まれていると言えよう。ブラネス レイモンは心筋梗塞腎臓障害で亡くなった。享年70歳。合掌。
いまフランス全国では死に目にも会えず、葬儀にも立ち会えない多くの家族がいる。家族の希望で遺体は焼いて灰にして欲しいと葬儀屋に相談すると火葬場の約束がとれるのが15日後だそうだ。
私がこのような劇的な3日間の舞台裏を書いたのは、日本にいる無神経な人々へフランスの現状を伝えたいからだ。レイモンは新型コロナ感染ではなかったが、彼のように間接的な被害者が多くいることを知って欲しい。外出せず家にこもることが自分にも他人にも最善のやり方だ。時間を稼ぐことで医療崩壊までの時間を遅らせ、効果のある治療薬の開発に間に合わせることができる。》
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富樫さんが指摘するように、レイモンさんはウイルス検査のために治療が遅れ、結果的に心筋梗塞で命を奪われた。日本でも感染者が病院に殺到すれば「助かるはずの患者が命を落とす」事態が現実になるのだ。
(一部省略、文字使いなどの編集をしています)
富樫一紀さん 映画プロデューサーで、福島原発震災後も地元に住む子どもたちへの支援を目的とした仏NPO法人『ガンバロージャパン』代表も務める。
佐山さなえさん NPO法人『ミートマイママ』唯一の日本人シェフ。パリで料理学校の講師も務める。
(取材・文/蒔田稔)