今から約1年前、元号が平成から令和に切り替わった頃、日本全体がちょっとしたお祭り気分に包まれていた。宮中行事以外には特に大きなイベントがあるわけでもなく、年末年始ほどテレビの編成がにぎやかになったわけでもないのだが、うっすらとした「おめでたい感じ」だけは漂っていた。
そんな曖昧なお祭りムードの中からヌルッと世に飛び出てきたのが、YouTuber芸人のフワちゃんだ。カラフルで派手な衣装に身を包み、ハイテンションでテレビのスタジオに登場。自撮り棒を持って好き勝手に写真を撮りまくり、目上のタレントにもなれなれしい口調で積極的に絡んでいく。令和に入ったあたりからじわじわとテレビ出演の機会が増え始め、2020年を迎える頃には数々の年始特番にも引っ張りだこの人気者になっていた。
「フワちゃん」に若者たちは憧れている
そんなフワちゃんの勢いはその後もとどまるところを知らない。毎日のようにテレビに出続ける一方で、雑誌では特集が組まれ、『まいにち、フワちゃん』(KADOKAWA)という日めくりカレンダーまで発売された。もはやYouTuberや芸人という枠組みを超えて、そのライフスタイルやポジティブ思考そのものが若者たちの憧れの対象になっている。
私が彼女の存在を認識したのは今から4年前。変わり者の芸人ばかりが集まるというコンセプトのお笑いライブを見に行ったときのことだ。どの芸人もそれぞれ一癖ある芸風だったのだが、その中で特に印象的だった男女コンビがいた。
ネタの内容はよく覚えていないのだが、野性的な雰囲気のギャルっぽい見た目の女性が「乳首、痛えよ!」というフレーズをひたすら何度も連呼していた。大人の女性が大声で叫ぶ「乳首」という単語が、不思議と下品に聞こえなかった。単純にバカバカしいな、と思えた。多くの芸人がライブに出ていた中で、彼女1人だけがギャグ漫画の世界から抜け出てきたような異様なオーラを身にまとっていた。
現場ではそのネタはそこまでウケていなかったのだが、一緒にこのライブを見ていた業界関係者も「あのコンビは売れるかもしれない」と言っていた。私もその衝撃をTwitterで書き残したところ、その女性本人から「なんかよくわかんないけど、アタシめっちゃ褒められてんじゃね?」というような内容のコメント(引用リツイート)が来た。彼女のタイムラインを覗いてみたところ、どの書き込みも期待を裏切らない軽薄さに満ちていた。
その女性芸人こそが後のフワちゃんである。彼女はかつて芝山大補という芸人と「SF世紀宇宙の子」というコンビを組んでいた。だが、フワちゃん自身の話によると、彼女には芝山の作るネタを的確に演じるための表現力が不足していたのだという。そのせいでコンビとしての活動は行き詰まり、解散することになった。
YouTubeで才能発揮
ピン芸人になったフワちゃんはYouTubeという新しい表現手段を見つけて、そこに徐々にのめり込んでいった。もともとInstagramでも自ら加工した「笑えるバカバカしい画像」をアップし続けていた彼女は、映像編集にも同じような楽しみを見出した。
明るさ、勢い、行動力、ファッションや映像のセンスなど、YouTubeの世界ではフワちゃんという人間の本来持っている強みが存分に生かされた。フォロワー数はどんどん増えていき、いつのまにか人気YouTuberの仲間入りを果たしていた。
YouTubeと並んで、フワちゃんが覚醒するもう1つのきっかけになったと思われるのが、新しい髪型と衣装に出会ったことだ。現在のフワちゃんのトレードマークと言えば、お団子ヘアと派手な色のスポーツブラである。
初めてそのスタイルを試したのが、インターネットテレビの企画で台湾に行ったときだった。ロケのために目立つ格好をしようとして、髪型と衣装を変えてカメラの前に現れた。そこで初めて今の見た目になったのだ。性格などは特に変わっていないのだが、見た目と中身が一致したことで、キャラクターが伝わりやすくなった。
テレビは瞬間芸の世界だ。パッと見たときの印象だけで興味を持ってもらえないと、タレントとして生き残っていくのは難しい。中身に合った外見をしっかり固めたことが、今の大ブレークにつながったのだろう。
フワちゃんという人間の最大の強みは、「YouTuber」と「芸人」の要素をバランスよく兼ね備えているところだ。人気YouTuberがテレビに出ているときに意外と地味でおとなしかったり、テレビタレントがYouTubeでは妙に空回りしていたり、といった光景を見たことがある人は多いだろう。テレビとYouTubeというのは似て非なるものであり、初めから両方にきちんと適応できる人は少ない。
でも、フワちゃんにはそれができている。もともとただの明るい目立ちたがり屋だった彼女は、初めから両方の適性を備えていた。コンビ時代には芸人としての自分の才能を生かし切れず、くすぶっていた。だが、YouTubeという表現手段を得たことで自分の面白さをストレートに出せるようになり、一気にその才能が開花した。
「意外と芸人っぽい」一面も
取材などでフワちゃんと直接話したり、インタビュー記事を読んだりすると「意外と芸人っぽいな」と感じることがある。一見するといい加減な感じがするが、実は芸人としての美意識やこだわりも一人前に備えていたりするのだ。大雑把なようで芯のところは意外としっかりしている。でも、そのプライドを人前で振りかざすようなことはしない。その辺もテレビで重宝される理由だろう。
フワちゃんはYouTuberと芸人のハイブリッドという新しいキャラクターを確立させて、令和のニューヒロインとなった。世の中が暗く沈んでいる今だからこそ、フワちゃんにはどこまでも明るく輝いていてほしいものだ。
ラリー遠田(らりーとおだ)作家・ライター、お笑い評論家 主にお笑いに関する評論、執筆、インタビュー取材、コメント提供、講演、イベント企画・出演などを手がける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)など著書多数。