「4月26日の夜のライブは中止にして、東京都の要請に沿って動画配信のライブを私と妻だけで店内で収録していました。その最中に“ライブを自粛しろ”というビラを貼られてしまいました」
そう話すのは、古着店やライブハウスが立ち並ぶ若者の街・高円寺(杉並区)のライブバー『いちよん』の店主・村田裕昭さん(41)。
《次発見すれば、警察を呼びます。 近所の人》
という陰湿な貼り紙をされたことは、テレビなどでも報じられた。
一方的に貼られた張り紙
新型コロナウイルスの蔓延で外出や営業の自粛要請が続くなか、それに従わない人々や店舗を取り締まろうとする一般人による“自粛警察”の存在が問題になっている。
営業中のパチンコ店に猛抗議したり、他県ナンバーの車があると暴言を浴びせたりする自警団的な行為もそのひとつだろう。
各地の飲食店でも嫌がらせの電話を受けたり、誹謗中傷のビラを貼られたり、インターネット上で晒されるなどの被害が広がっている。
しかも、実際には“自粛破り”をしているわけではなく、一方的な誤解や誤認によることが多い。
高円寺では4月23日にも2件の事件があった─。
《態々カーテンで目隠ししてまで営業して協力金請求しようと思ってませんよね?》《これで請求したら詐欺罪か偽証罪になりますよ》
という貼り紙を貼られたのは先のライブバーから400メートル離れた、あるビストロ。
「一見さんはお断りして、いまはほとんど営業はやっていません。それでも近所の常連さんに頼まれたときだけ作って料金をいただき、余った材料で作るときはただで食べてもらっています。
20時以降はカーテンを閉めて、ほんの身内でやっているのに、それを闇営業と言われるのは心外です」
と店主は説明する。この店は5月1日の未明には、ガラス2枚を割られる被害もあり、10万円以上の損害だという。
貼り紙だけでも「威力業務妨害」「名誉毀損」「脅迫」に問われる可能性があるが、窓の破壊は「器物損壊」や「建造物等損壊」も問われかねない犯罪行為だ。
張り紙をしたと思われる人物を発見!
さらに、ビストロから70メートルほど離れたラーメン店「屋台らーめん 健太」も同じ日に自粛ポリスの標的に。
《シャッターを下ろして20時以降営業しないでください》《高円寺の為、ラーメン健太さんが詐欺罪で検挙されないために宜しく》
との貼り紙に店主の横尾健太さん(37)は、こう憤る。
「20時以降は、お客さんは断っています。シャッターを閉めて、近所の同業者と今後のことを話していただけなのに、隠れて営業していると間違われたのかも。
名前をちゃんと名乗れ、卑怯だと言いたい。こそこそやっているのは、どっちなんだと! お前のほうこそ、こういうことを自粛しろ! ですよ」
東京では、営業自粛の協力金が1店舗あたり50万円に加えて、さらに50万円を上乗せすることになったので、金銭面でも神経質になっていたのだろうか。
取材を進めるうちに、ある飲食店店主の存在が浮かび上がったので、週刊女性はそこを訪ね、率直に質問してみた。
あなたが、貼り紙の犯人ではないかと─。
「えっ、それはないですよ」
と笑みを浮かべ反論したが途端に目が泳ぎ、以降は記者と目を合わせないように。
さらに、ソワソワしはじめて、会話を避けてせわしなく手を動かし、仕事のほうへ集中しようとしたが、問わず語りに話し始めた。
「あのビストロと健太さんはひどいですよ。もともと商店街では評判が悪くてね。客層もよくないし、前からワイワイガヤガヤとうるさかったし、いまでも闇営業をやっているみたいですからね。
コロナで大変なときに、感染者でも出たら、隣の店だって営業できなくなるし、この高円寺全体が大変なことになりますよ。
近所の人で、よく思っている人はほとんどいないんじゃないですか。だから、誰があの2店にビラを貼ってもおかしくないと思いますよ」
そして、疲れた顔で深刻な経営状況をこう語った。
「コロナ以前はね、バイトを雇っていたんですが、事態が悪化して雇えなくなって。こうやってひとりで、てんてこ舞いの毎日で、きちんと時間を守ってやっているんですよ。ホントに疲れますよ。それなのに、ノー天気にやっている店があるのかと思うと……」
日ごろから抱いていた不満の増幅か
その後の取材で、この店主のものと思われるツイッターのアカウントを発見。
「#闇営業」「#仮面営業」とハッシュタグをつけながら、前出のビストロやラーメン店を写真や動画つきで紹介。
《こういう店には協力金下ろして欲しくない》
などとつぶやいていた。貼り紙の内容とも重複するので、この店主に改めて尋ねると、
「ええ、ツイッターは認めます。だけど、ビラやガラスを割ったのは、私じゃないですよ。それだけは別人がやったことで、私とは関係ない」
ビストロの貼り紙と同じ「態々」という表現が店主のツイッターにも出てくることを指摘すると、
「えっ、私は使いますよ。日常的に使っている言葉ですけどね」
と驚いたように話し、記者を店から追い出した直後からツイッターをブロック─。
「日ごろから抱いている他者への嫌悪感、妬み、そねみ、近隣トラブルなどが、休業要請がきっかけとなって、増幅されたのかもしれません。
自分のコロナに対する恐怖心や不安感が、一気に外に向けて吐き出されるという構図なんですね」
自粛警察の心理についてそう解説するのは、新潟青陵大学大学院の碓井真史教授(犯罪心理学)。
休業要請という言葉が“錦の御旗”となり、絶対的な正義を得たという気分になるのだという。
「本人は家族やコミュニティー、町、国を守りたいという気持ちが強く、それが過剰で歪んだ正義感となっているという側面もある。
一方では国や自治体、警察などへの不信感から、なぜパトロールしないんだという思いもあるので、こうした行動に出るのでは」(碓井教授)
要請を守らない人や店があることは問題だが、だからといって陰湿な行為が許されるはずはない。
街を歩き回り、パトロールまがいのことをしていることが、不要不急なのではということを考える必要がある。