東京・両国にある国技館

「親方から“通いの人間は控えてくれ”と。ですが、自分も若い衆のことが心配なので、随時状況は聞いています」

 5月8日の昼下がり─週刊女性記者の問いかけに、マスク姿で答えてくれたのは、今年3月に引退した大相撲の元関脇・豊ノ島。彼が引退した3月場所は、コロナの影響で“無観客”で開催された。それでは終わらず、続く5月の夏場所は開催中止、7月に予定されている名古屋場所も開催地を東京に変更し、無観客で行われる予定になっている。

「1場所でも早く通常開催できるように、自粛をしっかりして、コロナの終息を願っています」(豊ノ島)

現役アスリート初の犠牲者

週刊女性記者の直撃に、笑顔を交えて答えてくれた豊ノ島。引退後は部屋付きの年寄・井筒として後進を指導する

 ところが、この豊ノ島の通常開催への願いむなしく、相撲界を揺るがす事態が起きる。5月13日、コロナウイルスに罹患し、闘病を続けていた高田川部屋の三段目力士・勝武士(本名・末武清孝)さんが28歳という若さで亡くなってしまったのだ。

 中学時代、柔道部で勝武士さんを指導した佐々木秀人さんは、教え子の突然の訃報に、電話口で声を絞り出した。

「いや、まさかですよ……。“コロナで集中治療室に入っている”という話は聞いていましたが……。勝武士が付け人をしていた竜電も“入院した後は僕もわからなかった”と電話で言っていました」

 竜電は同じ高田川部屋の幕内力士。勝武士さんと同じ中学の柔道部出身で、ずっと先輩後輩の間柄だ。

「竜電は中学のときから大きかったけれど、勝武士は身長が160センチ台で体重も90キロちょっと。それでも練習を人の2倍、3倍も黙々とやって、中学3年では県大会で優勝しましたからね」(佐々木さん)

 入門後は毎場所、恩師に結果を報告してきたという。

「でも、弱音やグチをこぼしたことは1度もなかった。つらいこともあったんだろうけれど……」(佐々木さん)

 勝武士さんが発症したのは4月4日。38℃台の高熱と血痰の症状が見られ、相撲界初のコロナ感染者として報道もされたが、不運が重なり、入院できたのは発症から4日後。集中治療室で治療を受けるほど重篤な状態に陥った。

「ですが、日本相撲協会は感染発覚当時、高田川部屋という部屋名も勝武士さんの名前も“個人情報”を理由に頑なに公表しませんでした。その後、高田川親方はじめ6名の感染が確認されるクラスターがわかって、渋々、親方と十両の白鷹山の名前だけは公にしました。“隠ぺい体質”と昔から言われていますが、今回も情報開示に積極的ではなかった」(スポーツ紙記者)

場所開催に固執する理由

 勝武士さんの本当の病状も明かさなかった。マスコミだけでなく、竜電はじめ高田川部屋の力士仲間にすら、“容体は安定している”“快方に向かっている”と、最後まで伏せ続けたという。

「協会は亡くなってから“詳しい話を病院から教えてもらえなかった”なんて弁解していますが、本当の病状が協会に報告されていなかったとは考えられません。間違いなく耳に入っていたはずです」(同・スポーツ紙記者)

 そのころすでに全国に緊急事態宣言が発出。協会の外では外出自粛が叫ばれ、内ではクラスターが発生し重篤者まで出していた最中、信じられないことに、夏場所初日を2週間延期しただけで、開催優先の姿勢を崩さなかった。

「5月の夏場所中止を決定したのは5月4日。緊急事態宣言が延長されたことで、ようやくです。野球やサッカーなどほかのプロスポーツが早々に公式戦の中止や延期を決める中、相撲だけが最後まで開催に固執していた印象は否めません」(全国紙記者)

 協会は今回の7月場所の開催予定も変更していない。開催へ向けた安全対策として「希望する協会員にコロナの抗体検査を実施する」としているが、検査をしたから安全だという保証はどこにもない。

 言うまでもなく、相撲という競技自体が人と密着する“3密”状態。力士と親方、裏方まで大人数が同じ建物内での共同生活を送る相撲界独特の生活様式も感染予防の観点からは問題視されている。この状況に、一部の親方や力士から協会に対する不信の声も上がっている。ある相撲部屋関係者が声をひそめる。

「口にこそ出しませんが“ウチの部屋でも感染が起これば、同じような事態が起こりかねない”と、みんな不安です。中には“協会は力士たちをモノだとでも思ってるのか”と憤りをあらわにしている力士もいます。だって7月場所より遅く、広い甲子園で開催される夏の高校野球だって中止でほぼ決まりだと言われているんですよ? “7月場所をやるために勝武士の病状を隠していたのか?”と訝られてもしかたないですよ」

 尊い命が失われてなお、協会側が、場所開催に固執するいちばんの理由は、カネだ。 

「チケットの売り上げが10億円。これにNHKから支払われるテレビ中継の放映権料5億円が加わり、1場所でざっと15億円が協会の懐に入る計算。中止にしてしまうと、これが全部消えてしまうんです」(同・部屋関係者)

協会は潤沢な資金を持っている

 今年度、協会は歴史的な“カネ不足”状態。3月場所の無観客化でチケット収入が消え、5月場所の中止でチケット収入も放映権料も入らなかった。つまり、すでに25億円ものマイナスなのだ。

「7月場所もダメになれば40億円。協会の年間収入は110億円と言われていますから、その3分の1以上が吹き飛ぶのは痛すぎる。さらに転がるように9月場所、11月場所……と、今後も中止に追い込まれかねないという焦りがあるんです」(同・部屋関係者)

 好角家で知られる漫画家のやくみつる氏は「潤沢な資金を持っているはずなのに」と、協会の対応に首を傾げる。

「これほど経営状態のいい競技団体はないでしょう。国技館を無借金で建ててしまったくらいです。いくつか場所が中止でも盤石ですよ」

 むしろ、場所開催よりも大きな課題がある、という。

「まず先に稽古の再開をどうするのか。これは国や都の対策や責任とは直接関係ない、イチ競技団体内の問題。“3密”という問題がある中、協会自らの責任でお達しを出さないといけない」(やく氏)

 1000人近い協会員の命がかかっている中で、だ。

「その線引き、そして決断は非常に難しい」(やく氏)

 これまでも「興行にこだわりすぎて、公益財団としての責任義務を果たせていない」と識者から批判されてきた日本相撲協会。今、彼らは15億円よりも、ずっと重いものを背負っている─。