「せやろがいおじさん」こと榎森耕助

 ムダに(!?)壮大なドローンを使った映像の中、沖縄のエメラルドグリーンの海をバックに、赤いTシャツとふんどし姿で時事問題を叫ぶ男がひとり─。これが社会問題などをわかりやすく、面白く伝えてくれると話題の、せやろがいおじさん。

「キャラ設定はふわふわしているんですけど、ふんどしを締めて海に向かって主張するおじさんです」

 こう話すのは、せやろがいおじさんとして動画をアップしている榎森耕助(32)。沖縄を拠点として活動するお笑いコンビ『リップサービス』のツッコミ担当だ。

 “せやろがい”とは関西弁で「そうだろうが!」という意味。辺野古への基地移設、緊急事態宣言下での外出自粛といった社会問題をネタに、所属事務所の芸人たちのYouTubeチャンネル『ワラしがみ』で配信。チャンネル登録者数が29万人(21日現在)を突破している。

「だいたい3分強の動画ですが、今は週に1本のペースで制作しています。毎週金曜日にTBSの番組『グッとラック!』でコーナーをいただいてまして“今週はどうしてもコレが言いたい”という動画を流してもらっています」

 ネタ探しから台本を作り、撮影・編集の日々。そのネタの選び方はというと、

「タイムリーな話題はもちろんですが、自分の中で問題意識を持てたもの。さらにその中で、面白いフレーズが浮かぶかどうかがベースです。

 僕はお笑い芸人なので、ただ問題を伝えるだけではなく、自分自身が面白いと納得できる部分を作らないとあかん、と思っています」

沖縄の海を背に、でも出身地は

 沖縄発の動画なのだが、おじさんの叫ぶ言葉は関西弁。

僕自身が奈良県出身なんです。入学した大学が沖縄で、学生の間はお笑いをやろうと 思っていたんです。サークル感覚で入れた事務所がありまして、それが今の所属事務所なのですが、ちょこちょこと学生のときから仕事をいただけていました」

 大学に入学したときは、国語の教員志望。しかし、お笑いの魅力に惹かれて卒業後は芸人という仕事を選択した。それから今年で14年─。

 昨年から、せやろがいおじさんとして全国で注目されるようになったが、

「周りがどんどん就職し、結婚して子どもができてマイホームを買った、なんて話を聞いていると、いまだに4畳ひと間のアパートで原付に乗って貯金ゼロの自分、大丈夫? とは思いました(笑)。でも、芸人はすごく好きな職業でやりがいもあるので、あのとき教師の道を選んでいれば……という後悔はありません」

 榎森のお笑いのスタイルは“誰も傷つけないお笑い”と紹介されることが多い。

「そういった言葉がひとり歩きしちゃっているかなって。僕の言葉で傷ついている人はいるだろうし、少なくとも、安倍総理は傷ついているんじゃないかと(笑)。

 ただ、動画の中ではいろいろな目線、考え方を想定して、そこに対して気配りした言葉を入れるようにしているので、そういう部分を評価していただいているのかなと思います」

 今はコンプライアンスが厳しい時代。ネタの中に人を傷つける表現があると、悪気がなくとも、すぐに批判の声が上がる。

YouTubeチャンネル『ワラしがみ』で物申すせやろがいおじさん

「昔はネタ作りがおおらかでよかった、と言う方もいます。でも、昔のおおらかさの中に埋もれてしまっていた人の声というのもあると思うんですよ。それがSNSなどで表に出るようになってきた。問題意識を共有できる人が増えてきたことなのではないでしょうか。

 このことで窮屈になってきたと感じる人がいるのは僕はむしろ健全な部分があるのかなと思います。本当に面白いものって、差別的とか誰かを下に見たりして、その落差で笑いをとるものとは違うところにあると思います。自分もさんざんそんなお笑いに手をつけてきたので、自戒の念も込めて“本当の面白さ”を自分なりに追いかけたいです」

批判を受けても時事ネタ続けるワケ

 ネタとして社会問題や時事ネタを扱うと、反発するコメントや批判も多くなる。榎森も例外ではなく、さまざまな声が飛び込んできたという。

「もちろん、批判コメントはたくさんいただきます。でも、それ以上に“私もここに問題意識を持っていました”とか“あなたはこう言っているけど、こういう考えもあります”と建設的な意見をいただくことで僕自身が気がついたりすることもあるんです。なので、マイナス部分よりプラスのほうがはるかに大きいと感じています」

 社会ネタのお笑いといえば『爆笑問題』や『ザ・ニュースペーパー』といった先駆者がいるが、芸能界で政治に関する発言はあまり聞くことがなかった。

「その原因は、世の中では、政治のことを話した時点で“イタいやつ”という空気になる風潮がベースにあると思います。芸能人だと賛否両論を生んで、“否”の人たちがその芸能人のスポンサーになっている企業のイメージを下げるようなことをするので、発言してほしくないという背景もありますよね。

 でも、若者の政治離れや選挙時の投票率の低さに問題意識を持っているなら、その若者に対して絶大な影響力を持つ芸能人が自分のリスクを顧みずに、世の中のことを伝えてくれるのはありがたいことだと思いませんか?」

 確かに、安倍政権が進めていた検察庁法改正案に対して抗議の声を上げた芸能人が多くいる。その言葉がきっかけになり"民意”といううねりを生み、与党が今国会での採決を先送りにした要因のひとつともいえるだろう。

 その中で歌手のきゃりーぱみゅぱみゅに対し“歌手だから知らないだろうけど……”と、ある政治評論家が彼女を小バカにしたようなコメントをしたことが批判の的になった。

「“アイツ、こんな政治的発言をした”と騒ぐのではなく、自分のリスクをとって紹介していてスゲぇなと。それでタレントの価値が高まってスポンサーもついてくれるような流れになればいいなと思います。もちろん、発言に間違いや情報不足があるのなら、批判や補足は必要です。それに関しては芸能人とかは関係ないのですけど」

 ちょっとした発言が大きな影響を与えることは、榎森自身も体験している。それは、自分の動画制作に臨む姿勢を考えるきっかけにもなったネタだという。

「昨年アップした『動物愛護法』の改正についての動画がありますが、僕の中での怒りのエモーションがものすごく高まってしまって……。ツイッター上で、今まででいちばん拡散した動画なんですけど、一部のペット産業のあまりにひどい状況に対して、ただ怒りだけをぶつける、特に笑いどころのないものになってしまったんです。

 たくさん拡散したのはよかったのですが、マイナスのハレーションもすごく多くて。感情に任せて煽るだけでは、健全な議論にも発展しませんし、何より僕はお笑い芸人ですから、コメディーで噛み砕くことを忘れてはいけないな、って」

政権批判よりもよほど怖いこと

 これからも、いろいろな社会問題をネタにしていきたいと語る榎森。動画で視聴者たちに何を伝えていきたいのだろうか?

「政治的なことを発言しない、興味がないというスタンスの人が増えています。でもこれって、今の政権にすべて委ねますという、すごく政治的な姿勢なんです。政治のことを話したり政権批判をすることは、すごく怖いことって思っていませんか? 政治について話すことは全然怖くなくて、もっとフランクに話せるような風潮を作れればと思っています。

 政治に無関心というのは、声をあげることよりも、よっぽど怖いことなんですよ、と伝えていきたいですね」