新型コロナウイルス感染症対策として、3月から休校する学校が相次いだ。先月末に緊急事態宣言が解除され、6月1日をめどに登校を再開した学校も多いが、約3か月にわたる休校期間が子どもだちに与えた影響は計り知れない。
テレビ番組などでは、授業のオンライン化に取り組む学校がよく取り上げられていた気もするが、実は実施できていた学校はほんの一部。文部科学省が全国の公立学校等に対して4月に行った調査によると「同時双方向型のオンライン指導を通じた家庭学習」を導入すると答えた学校はわずか5%。「教育委員会が独自に作成した授業動画 を活用した家庭学習」や「デジタル教科書やデジタル教材を活用した家庭学習」を取り入れていたのも、それぞれ10%と29%にとどまっている。
「学習の遅れを取り戻すため」と国会で導入が議論されていた『9月入学』は、見送られる可能性が高まった。秋田市や福岡市の小・中・高等学校などでは夏休みと冬休みを短縮することがすでに決定しており、全国的にも長期休みを削ったり、土曜授業を行ったりすることで補填を考えている自治体が多いようだ。しかし、もし新型コロナの第2波、第3波がきて再休校を余儀なくされたら、教育現場は悲鳴をあげるだろう。
学習のオンライン化が進んでいればダメージは軽減できそうだが、実態は前述のとおり。その必要性は何年も前からうたわれていたのに、なぜ整備されてこなかったのか。逆に、先行して導入できた自治体はどんな努力をしてきたのか。withコロナ時代における教育のあり方も含め、現場で奮闘を続ける人々に取材を行った。
生徒一人ひとりの環境に合わせた対応を
広島県は、オンライン対応にいち早く取り組んだ。まずは県立学校に通う生徒全員ぶんの『G Suite for Education(グーグルの学習支援サービス)』のアカウントを取得し、4月の始業までに全生徒に配布できる準備を整えた。5月1日には臨時議会で、休校中の学習環境をよくするために使うとして、約8億8000万円の補正予算案が可決。休校中のオンライン学習に必要なPC端末やWi-Fiルーターの確保を進行中だ。また、環境整備とともに、各学校ではオンラインを活用したさまざまな取り組みが試みられている。このようなスピード感ある対応ができた理由を、広島県教育長の平川理恵さんが語ってくれた。
「もともと広島県教育委員会では昨年度から、新型コロナとは関係なく“児童・生徒たち一人ひとりに適した学習を実現するために、タブレットを配備することが必要だ”と考え、準備を進めていました」
実際、昨年の4月には『個別最適な学び担当課』、今年の4月には『学校教育情報化推進課』を新設し、文字どおり個別最適な学びと学校情報化を推進している。
「今まで幾度となく“紙ベースでもやっていけるのでは”という議論が繰り返されました。オンラインを主軸にするとセキュリティの問題や個人情報の管理が大変になってくる、と躊躇(ちゅうちょ)する声もあるわけです。もちろん、個人情報を確実に管理していくことなどは大切ですし、もしオンライン化がうまくいかなければ、最終的には行政が責任をとらねばなりません。その責任をとるために私、教育長がいるわけです。前に進むにはチャレンジが必要です。ならば始めてみようと決断し、施策を進めました」
平川教育長は、オンライン教育には「PCやタブレットなどの端末もしくはスマホなどのデバイス」「Wi-Fiなどの通信手段」「クラウドのアカウント(『Google Classroom』など)」といった“三種の神器”が必要、と考えたという。この3つがあれば、アカウントを持った子どもたちが各自の端末からクラウド上にある仮想の教室にアクセスし、遠隔で学ぶことができる。
そこで、全県立校において4月初旬にアンケート調査をしたところ、11.7%が自由に使えるスマートフォンを持っておらず、12.5%は家庭に使用無制限のWi-Fiが整備されていないことが判明。この結果を受け、臨時の予算を編成したり、個々に向けた支援を進めてきたが、問題は山積みだった。
「'19年12月、文部科学省は“令和時代のスタンダートとして児童生徒向けの1人1台端末環境の整備”と、“多様な子どもたちを誰ひとり取り残すことのない『公正に個別最適化された学び』や『創造性を育む学び』を実現させること”を趣旨とした『GIGAスクール構想』を打ち出しました。これを受けて端末に関しては国からの予算もつきましたが、Wi-Fiの整備にもお金をつけてほしいところです。電波塔が近くにない地域では、校内にWi-Fiを整備するだけで数千万円近くかかることもありますから。
また、臨時議会で補正予算が可決されたので各家庭への貸し出し用デバイスの調達を大急ぎで進めていますが、最近はポケットWi-Fiやルーターの需要過多により、一気に何千台という規模で入手することが難しい状況にあります。ご家庭にある私物の使用もお願いするなどして対応しているところです」
平川さんはさらなる難点も指摘する。
「デバイスがみんなに行き渡ったとしても、例えば障がいを持つ子や低学年の子は、機械の操作が自力でうまくできない場合があります。ひとりで使いこなせる子は成績がどんどん上がるけれど、逆の場合は取り残されてしまうなど、学力格差が広がる恐れがありますから、サポート体制の構築やリテラシー向上のための支援策も必要です」
だからといって、オンライン化をやめるという判断はしないという。
「とにかく“子どもたちの学びを止めない”ことが第一ですから。アフターコロナ、withコロナの学びは、リアルな学びとオンラインの学びのハイブリットになるでしょう。児童・生徒一人ひとりの環境と能力に合わせた対応を模索して格差を生まないようにしながら、いつ来るかわからない(新型コロナの)第2波、第3波に備え、今後もオンライン学習の土壌を耕していきます」
まずは横のつながりを強化することから
また、毎日のように全国の自治体から問い合わせが相次いでいるのが、奈良県教育委員会だ。10年以上前から教育の情報化を推進し、活動の中心を担ってきた委員会メンバーの小崎誠二さんに話を伺った。
「オンライン教育化について、最初のうちは“初めてで不安だ”“セキュリティは大丈夫なのか”などネガティブな声がかなり多く聞こえました。それでも導入して活用が進み始めたのは、横のつながりがあったからです。オンライン上のデータの管理は、各自治体ごとに責任を持たなければならないと法律で決まっています。ですから、同じ県内でも市町村をまたいでのアカウントや個人情報の送付はできません。
かといってオンライン関連の施策を各市町村で勝手にどうぞ、とした場合、自治体ごとに教育内容の質に格差が生まれたり、引っ越しや教師の異動があった場合に業務がバラバラになったりしてしまいますので、自治体の連携を強化しておこうと考えてきました。
8年前に『県内教育委員会情報教育担当者連絡協議会』を立ち上げ、そこで各地の職員らが顔見知りになったことで積極的な情報交換や協力体制が敷かれ、昨年10月には、県域でアカウントが利用できる契約を終えて一部運用を始めました。そして4月になって、県内すべての国公立学校で『G Suite for Education』を同一ドメインで利用し始めることになりました」
幸か不幸か新型コロナの感染拡大が後押しとなり、運用を予定より前倒しで開始することができたという。
「個人情報の管理や運用について、審議会にかけたり条例を変えたりする必要がありましたし、自治体によって規制が違うので奈良県内だけでも統制が大変です。ですから、簡単に“全国一律に”とはいかないでしょう。ここがオンライン授業を全国的に導入することの大きな壁になっていると思います」
一筋縄ではいかない状況だとしても、他の都道府県でもオンライン教育化を推進していくためには、どうすればいいのか。小崎さんは4つの条件があると考えている。
「(1)オンライン学習で何をやるのか・これまでとどう変わるのかというイメージがあるか、(2)一丸となって政策を進め、最後までやりきる組織があるか、(3)個人情報やセキュリティに関する課題がクリアになっているか、(4)児童生徒、保護者、学校の先生たちに“オンライン授業も必要だ”という思いがあるか。
何より、どんな教育をしたいのかというビジョンと、それを実現するための、子どもたちに提供できる優良なプラットフォームやコンテンツがないといけません。ですから例えば“端末を用意すること”をゴールにしてはダメだと思います。どんな授業のために何を使うのか、今までよりも何をどうよくしたいのかを議論し、共有できていなければ無意味。よって、子どもたちと学校、そして教育委員会それぞれの自主性と、オンラインを使った魅力的な授業の展望がないといけないんです」
この言葉を実現すべく、今日も奔走中だという。
最後に、教育のオンライン化を希望するいち市民には何ができるのか、考えてみた。「ニュースでよく見るオンライン授業を、我が子の学校でもやってほしい」と期待する親御さんや「自分のクラスでも取り入れたい」と考える熱意ある先生もいるだろう。しかし、手間や仕事が増えるからと嫌がる人がいるなど、足並みが揃わない場合もある。そんなときは、誰に連絡すればいいのだろうか。
今回の取材をふまえ、効果的だと思うのは「首長の決断だ」。つまり、権限のない学校のいち教師にクレームを入れたり、お願いをしたりするのではなく、PTAなどが旗を振って保護者間の署名を集めるなどし、それを首長に提出する。そして、首長から教育委員会にいってもらうという手段だ。選挙民から言われたら、動く可能性は大いにあるだろう。
子どもたちの声は、政治ではなかなか届かない。新型コロナが学力低下にどれくらい影響したか数値でわかるのも、かなり後のことだ。しかし、伸び盛りの子どもたちを守るためには、悠長なことは言っていられない。9月入学が導入されれば、約6兆円かかるという試算もあった。6兆円とまでは言わない。でも、withコロナ時代を生きる子どもたちにお金がまわり、適切な支援がなされ、質の高いオンライン教育の環境が整えられることを願うばかりだ。
(取材・文/お笑いジャーナリスト・たかまつなな)
※この記事は、私たかまつなな個人の発信です。所属する組織・勤務先とは一切関係ありません。問い合わせは、下記アドレスまでお願いします(infotaka7@gmail.com)
【INFORMATION】
本件についてYoutube『たかまつななチャンネル』の動画「オンライン教育最先端の自治体に取材しました【遅れていると不満の人にできること】」でも話しています。
リンクURL→https://youtu.be/xF11Y1mZanU