新型コロナウイルスの感染拡大が、今年の雇用に与える影響の試算が発表された。世界的な流行の収束が今年末にずれ込む最悪のケースでは、日本全国で最大301・5万人が失業するおそれがあるという。
「パートや派遣社員で働く人たちの懐には、すでにコロナの影響が直撃しています」
そう現状を語るのは、社会保険労務士で、ファイナンシャルプランナーの資格も持つ井戸美枝さん。
「パートで働く奥さんがシフトを減らされ収入が激減したという相談をよく受けます。特に妻の収入を大学生の子どもの学費や仕送りにあてている家庭では、飲食店などサービス業の営業自粛によって大学生もアルバイトができなくなり、仕送りを増やさなければならない状況に。みなさん、お金の工面に頭を悩ませています」(井戸さん、以下同)
経営悪化のしわ寄せを最初に受けるのが、会社に守られていないパートやアルバイト。だが、正社員も会社から突然、解雇される可能性もあるのだ。そんな状況を生き抜くためには、政府や自治体の救済・支援制度を知っておくべき。賢く利用すれば、損失を抑え、家計を守ることができるはずだ。
給料未払い分は最大8割取り返せる
コロナの影響による企業倒産は全国で200件を超えた(6月1日時点)。業種別では宿泊業、飲食店、アパレル・雑貨・靴小売店が上位を占める。
もしパート先が倒産して給料が支払われなかったら、泣き寝入りするしかないのだろうか──?
「『未払い賃金立替制度』を利用する手があります。企業倒産に伴って賃金が支払われないまま退職した労働者に対し、倒産した会社に代わって、独立行政法人・労働者健康安全機構が立て替え払いするという制度です。“会社が倒産する6か月前から、倒産後1年半の間に退職”などの要件を満たせば未払いの給料を請求でき、最大で8割相当の額の立て替え払いが受けられます。年齢によって上限額が異なり、45歳以上では296万円までです」
ただし、倒産して未払いになったという証明が必要で、書類提出後の審査が厳格に行われる。
「そのため実際に申請する人は少ないのが現状です。というのも、例えば小さな個人商店などでは、パートさんに給料を現金で手渡しして、手書きの支払い明細書を渡すというケースもいまだにあります。給与体系や、いつから給料が支払われていないということを証明するものがないため、申請できないのです」
コロナ禍が長引き、倒産する企業は今後も相次ぐ可能性がある。そのとき泣き寝入りしないように準備しておいてソンはない。
「未払い賃金を請求するうえで有効なのが“給与明細”と賃金が振り込まれたことを示す“預金通帳”。事業主に、給与明細の発行と、給与は手渡しではなく振り込みで、とお願いしておく。1人よりもパート仲間何人かで交渉したほうがよいでしょう」
パートも対象になる休業手当の新給付金
コロナの影響で、休業を余儀なくされた労働者の収入確保の策として、政府は休業手当を出した企業に、その一部を助成する『雇用調整助成金』の制度を実施。しかし、パート先の企業が助成金を受けておらず、休業手当がもらえないケースは多い。
そこで新たに登場したのが、休業者本人が直接申請できる給付金制度だ。
「雇用調整助成金を受けていない中小企業で働く人が対象で、パートなど非正規雇用の人も含まれます。休業者が企業を介さず、直接ハローワークに申請し、休業手当相当額の給付金を受け取れるというもの。給付金の額は月33万円を上限に、月額賃金の8割程度になる見込み。安倍総理が創設を表明したばかりで、現段階ではまだ実施されていません。詳細は設計中ですが、雇用調整助成金に比べて簡素な手続きで迅速に支給される見込み。今後の動向をチェックし、対象者は制度が実行されたらハローワークに問い合わせて申請しましょう」
なお、会社の倒産やリストラによって職を失った場合、離職前の1年間に雇用保険の加入期間が通算6か月以上あれば、パート労働者も失業給付を受けられる。
「倒産やリストラなど会社の都合による退職と、自分の都合で会社を辞める場合とでは、支給日数などの給付内容が異なります。前者の場合は、ハローワークに申請して最短7日間の待機期間で給付金の支給が開始され、支給日数が最大330日と長く、最大支給額も約260万円と高い。自己の都合で退職した人より有利な内容です」
まれに会社が解雇したのに自己の都合による退職扱いにしているケースもあるので、
「離職の際は、会社から交付される離職票に“会社の都合である”と書かれているかを確認しましょう」
当面の生活費に困る場合は貸付制度も
ほかにも、コロナ禍で収入が減り、生活が苦しくなった世帯を支援する制度があるので、見ていこう。
「失業して世帯収入が下がった今こそ勉強して仕事のスキルを磨くチャンスです。今後の就業のために活用してもらいたいのが、ハローワークの『求職者支援制度』。雇用保険未加入でも職業訓練が受けられ、世帯収入が月25万円以下などの要件を満たしていれば、月額10万円が支給されます」
職業訓練には、ワード、エクセルなどのパソコン操作、WEBデザイン、介護スタッフ養成、経理事務など多種多様なコースが用意されている(コース内容は各ハローワークによって異なる)。
当面の生活費に困る場合は、無利子、保証人なしでお金が借りられる『緊急小口資金』と『総合支援資金』という貸付制度を利用する方法も。
「コロナの影響で、収入の減少や失業などにより日常生活の維持が困難となっている世帯が対象です」
緊急小口資金は、緊急かつ一時的な生計維持のための貸し付けで、20万円まで借りられ、返済期限は2年以内。総合支援資金は、生活を立て直すことができるようにするための貸し付けで、最大60万円まで、返済期限は10年以内。
「両方とも返済時にまだ所得が低く住民税非課税世帯であれば、返済を免除されます。申請場所は各地の社会福祉協議会。お金に困ったら、高金利の貸金業者に借りるより、まずここに相談しましょう」
申請しないと支援は得られない!
家賃の支払いが困難になったときの救済制度が、『住居確保給付金』。
「家賃相当額を原則3か月、最長9か月を自治体から家主に支給されます。これを利用すれば家賃滞納に陥ることを防げます」
夫など生計を維持している者が離職から2年以内、あるいは休業などによって収入が減少し、離職と同程度の状況にある場合が対象。その他、世帯収入や預貯金に一定の基準額が決められていて、それを超えないことが条件だ。
大学生や高等専門学校、専修学校に通う子どもがいる家庭では、コロナによる家計急変によって、『給付型の奨学金』を得られる可能性がある。貸与型と違って、給付型は原則返済の必要がない。
「奨学金の窓口は各学校で、今は給付型奨学金を出すところも増えています。子どもが通う大学が対象となっているか確認して手続きしましょう」
給付には、世帯所得と資産が基準額以下という条件があり、支給額は親の所得によって幅がある。国公立大学・短大で自宅外通学の場合で、月2万2300円から6万6700円が給付される。
なお、大前提として、どの制度も基本的には自己申告制。自分で調べて必要書類をそろえて申告しないことには支援を得られない、と心得ておこう。
時給制のパートでも残業は25%割り増しに
3月から続くコロナによる不況によってお金に対する意識が大きく変わった人も多いだろう。パート代など給料に対してもシビアになった。
“労働の対価としてお金をもらうのだから、1円たりとも取りっぱぐれてはいけない”という思いが強まっているようだ。この機会に給料明細をじっくり見てみよう。
「チェックポイントは、まず残業時間。1日の労働時間は、原則として8時間、1週40時間と労働基準法で定められています。それを超えた分を雇い主は残業手当として25%の割増賃金を支払う必要があります。残業手当は雇用形態にかかわらず、すべての労働者に支払わなければならないもの。パートタイマーやアルバイトなど短時間労働者ももちろん含まれます」
ちゃんと残業時間が合っているかをチェックするため、自分で勤務時間を把握しておくことが大事だ。例えば、出社・退社時間をメモする、スマホでタイムカードを撮っておくなど。
ただし、労働基準法で定められている“法定労働時間”ではなく、会社が“所定労働時間”を設けている場合も。
「所定労働時間は法定労働時間の範囲内で定めます。例えば1日7時間を所定労働時間と定めている場合、8時間働いても法定労働時間内なので、会社は残業代を支払う必要がありません。
ですが、所定の労働時間を超えたら残業代を支払ってくれる会社もあります。法定か所定か、どちらの労働時間を基準に残業が発生するのかは、雇用されるときにもらう就業規則などに記されているはず。1度読んでおくとよいでしょう」
本来、残業時間は1分単位で計上するのが正しい方法だという。
「ただし1分、2分という端数は1か月まとめて計算する際に30分未満は切り捨て、30分以上は1時間に切り上げてもいいことになっています。会社によっては10分単位で残業代を計算しているところも。残業の端数処理についても就業規則などを見てみましょう」
次に、給与明細の有給休暇の日数を要チェック。ちなみにパートであっても“勤続期間が6か月以上”“契約上の全労働日数の8割以上出勤”などの条件を満たせば有給休暇を取得できる。
「コロナの影響で、会社から休むようにと言われたのに、有給休暇として扱われてしまったという苦情を耳にします。給与明細の有休日数に数字が記入されていれば、有休として処理されたことになります。有休は旅行とか自分の楽しみのために使いたいですよね。本来は、会社の都合によって休んだら、休業手当が支払われるべきなんです」
タイムカードは着替え前に押せ!
スーパーや飲食店などで働いたとき、雇い主から「制服に着替えてからタイムカードを押してください」と言われたことはないだろうか──。着替えの時間は、労働時間に含まれない?
「いえ、制服に着替える準備行為は、事業主や店主など使用者の指揮命令によってなされているわけですから労働時間にあたります。着替える時間も給与の対象です。
ただ、事業主も、労働基準法にもとづくルールを知らないのかもしれません。悪意があって“制服に着替えてからタイムカードを押せ”と言っているわけではなく、これまでの慣例に則って行っているのでしょう」
雇用される側も、ルールを知らないでタイムカードを押しているとソンをしてしまう。だからこそ知識は大切だ。出勤したら私服のままタイムカードを押して、退社するときは私服に着替えてからタイムカードを押す。もし、事業主などに注意されても、これは労働者の正当な権利なので堂々と行ってOK。
ここまでいろんな制度や規定を見てきたが、会社側の違反や落ち度で正当な給料が支払われていないことが判明したら、どうすればいいのか?
ちょっとした計算ミスなら、経理担当者などに直接かけあって修正してもらうことはできるだろう。しかし何年にもわたって不正が行われていたり、不当な未払いが発生していたり、問題が大きいと、ひとりで会社に立ち向かうのは相当ハードルが高い。
「交渉するためには、必要書類を集めるなど多大な労力がかかり、もし弁護士などに依頼したらその費用もかかります。パート代の未払い分より高くなってしまうかも。ですので、会社に社会保険労務士がいる場合は、まずそこに相談してみるとよいでしょう。社労士がいない場合は、各地の労働局の総合労働相談コーナーや、法に違反することなら労働基準監督署に相談を。会社側に問題があれば、監督署から注意勧告や指導が入ります。会社側は改善に取り組むでしょう」
コロナ不況下だからこそ、今まで見過ごしてきたことに目が向き、法律や制度への関心も旺盛に。この機会に情報や知識を蓄えておくことは、今後の働き方や収入に好影響をもたらすだろう。